第156話 メニューを考える


「ライオネル・リゴレット伯とその奥様であるリリアーチェ・リゴレット夫人のお二人が、三日後に来店を所望しております。つきましては本日は予約をしに参りました」


 営業中の店内にやって来て厳かな声でそう言うのは、リゴレット家の使用人と名乗った人物だった。

 それに対してソラノはお辞儀をし、「承りました」と述べる。店は完全予約制では無いが、こうして予約に来たお客様に関しては承る事にしていた。

 来訪日時をノートに書き付け、「何かお料理のご要望などはございますか?」と尋ねた。苦手な食材、黒麦の様に特定の人が体調不良をきたす食材、逆に好物で食べたい物などなど、個人によって千差万別だ。せっかくの予約なのでこうして予め聞いておくのは礼儀であり、店側としては要望には最大限応えたいと考えている。

 すると使用人は挑戦的に口の端を持ち上げると、こう言うではないか。


「リゴレット伯夫妻はこう申しておりました。『食べられない食材は特に無い、お店がお薦めする料理を出してくださればいい』と。予算も特には決めておりませんという事です」


 なるほど、これは店に対する挑戦状だろう。自分の主人たちの舌を満足させるものを作って喜ばせろ、という明確な意図をビシビシと感じる。普段はこうした個人のお客様に向けて一からメニューを作るという事はしないのだが、事前に予約を受けてこんな事を言われてしまえば、受けて立たないわけにはいかない。

 ソラノは恭しく礼をする。


「かしこまりました」 


「では確かにお伝えいたしました」


「はい、ご来店をお待ちしております」


 笑顔で見送るとソラノはペン先に顎を乗せた。さて、何をお出ししようか。閉店してから考える事になるだろう。


+++


「というわけで、メニューを考えましょう!」


 勢い込むソラノの前に座るのは、バッシにレオ、そしてルドルフまでもがいた。店にやって来たところで事情を説明したところ「では俺もメニュー決めに参加します」と言って参加してくれたのだ。とても頼もしい。


「リゴレット伯夫人は社交界で散々に美味しいものを食べ慣れていますので、味は勿論見た目も美しく、旬の食材を取り入れた料理がいいかと思いますよ」


「お、じゃあウチの料理はぴったりだな」


 ノートにメモをカリカリ書き付けながらバッシが言う。


「この季節のものだと、茸、にんにく、ナス、アーティチョーク……パイ包みにするかな」


「ちなみにご婦人は社交界の女王と影で呼ばれる人物です」


「なんだその二つ名は。絶対姑にしたくないタイプだな」


 レオがゲエッと顔を歪め、同情するよな顔でソラノを見る。ソラノはといえば、あまり噂で人を判断するのは好きではないため二つ名は気にしていない。バッシがパチンと指を鳴らす。


「じゃあ、前菜はブーシェ・ア・ラ・レーヌにしよう。別名女王様の一口パイ、中にクペリーナ茸と鶏肉のクリーム煮込みを詰める」


「いいですね、美味しそう」


「スープはどうするかな」


 旬の食材が一覧で書かれたリストを皆で眺め、ソラノがそのうちの一つを指差す。


「ビーツはどうですか?」


「ビーツか」


 バッシが顎に手をあててふんむと考える。ソラノはルドルフに話を投げかけた。


「デルイさんのお母さんは見た目がデルイさんとそっくりなんですよね。て事は髪の色も……」


「一緒ですね」


「じゃあ、ビーツの色を牛乳で薄めてポタージュにすれば近い色が出せるんじゃないでしょうか」


「ああ、なるほど」


 手を打つバッシにソラノは頷いた。様々な人種が集い、髪色だって多種多様なこの世界だがあの髪色は非常に目立つ。鮮やかで、艶があり、陽に当たると輝きを増す。ソラノは自分の黒髪にはないあの髪色が好きだった。

 同じ色をデルイの母が持つのであれば、それを再現したい。

 バッシも頷く。


「ビーツは色味が綺麗だからスープにすると映えるな、やってみよう」


「メインの魚と肉は高級食材を使う方がいいですが、この店のコンセプトと合いませんよね」


 ルドルフの質問に店側の三人は頷いた。値段の張る希少な食材を使うのはこの店の方向性とは異なる。


「いつもの食材で、料理で勝負しよう。ブロッシェがいい頃合いだから、すり潰したクネル。それと尾長鴨なんかがいいな」


「ソースはベリーがいいかもな、なんかこのレシピ帳にそう書いてある」


 レオが書きためたレシピを眺めながらそんな意見を出し、バッシはそれに同意した。


「こうやってお客様に合わせてメニューを作るのは初めてなので、なんだかワクワクしますねぇ!」


 テーブルに手を伸ばして楽しげな顔でそう言うソラノに、同席している三人はやや呆れた顔を見せた。


「ワクワクって、ソラノなぁ。普通そこは緊張したりちょっと嫌だなって思うもんだろ」


「バッシさんの言う通りだぞ。社交界の女王なんてあだ名される人間がやって来るのがわかってて、ワクワクするものか?」


「ちなみに父親のライオネル伯爵は竜殺し<ドラゴンスレイヤー>の異名を持つ厳しい武人ですよ。騎士団での大団長直々の訓練は地獄のようだと称されているようです」


「えっ、武人さんですか。ミルドさんみたいな感じですかね?」


「背丈も体格もうちの部門長の倍はあります」


「それはまた、人間にしては大きいですね!」


 ミルドだって結構大きな部類に入るのだが、それを超えるとは。細身のデルイとはずいぶん違うようだ。しかし別に稽古をつけてもらうわけではなく、食事をしにくるだけなのでまあ大丈夫だろう。いきなり殴りかかられるわけでもあるまいし。

 ソラノはテーブルに肘をつき、両頬を手で包んでにんまりした。レオが怪訝な顔をする。


「お前はなんでそんなに楽しそうなんだ……」


「いやぁ、やれることがあるって、いいなって思って!」

 

 何も出来ずに待ちぼうけをくらうより、こうしてできることがある方が断然にいい。ソラノは心が高揚していた。三日後が楽しみ!


「ところでルドルフさん、どうしてこんなにデルイさんのご両親について詳しいんでしょうか」


 デルイのあの様子からすると家族のことを話すとは考え辛いし、不思議だ。


「ああ、俺の婚約者がよく社交界に顔を出しているもので。そういった事情に詳しいんですよ」


「ルドルフさんにも婚約者さんがいるんですね」


「いるのが一般的ですから」


 至極当然に言うルドルフにソラノは首をかしげる。


「その婚約者さんのこと……お好きですか?」


 直球ストレートな聞き方にルドルフは眉尻を下げて困った様な笑いを漏らした。


「ええ、好きですよ」


「あ、そうなんですね」


「ちゃんとそうしたお相手と婚約をしたので」


 それは健全で何よりだ。ソラノは安心する。


「そのうちここのお店に一緒に来ようと思っているんですけどね、何分貴族の屋敷街からここまで遠いもので、なかなか果たせずにいるんです」


「確かにここは王都の外れですからね。いつかお越しになった時にはめいいっぱいおもてなしさせて下さい」


 今日のお礼も兼ねて。そんな風に思っているとルドルフは頷いた。


「じゃ、明日早速市場に行って試作品を作ろう」

「おう」


「はい!」


 バッシの声にレオとソラノが返事をした。

 ともかくこのおもてなしを成功させなければ。

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