第153話 きのこのソテーと二人の会話

 閉店後のヴェスティビュール。ソラノとデルイが並んで座るカウンター席から少し離れたテーブル席でレオとバッシ、そしてスカイの三人が座っていた。テーブルの上にはきのこのソテーがででんと乗せられている。

 きのこの種類は、様々だ。

 夏から秋口にかけて王都近郊の山で採れるという松茸に似た形のきのこ、ゼップ茸。十センチほどの大きさのこけしに似たきのこ、クペリーナ。そして日本でもおなじみのマッシュルーム。

 それらがレオによって調理され、バターとエリヤ油滴るソテーとなって皿の上に並んでいた。にんにくと胡椒の香りが相まって食欲をそそる匂いが立ち込めている。


 バッシがフォークを伸ばして、ブスリとゼップ茸に刺した。


 まずは香りを確かめ、それから口に入れてもぐもぐと咀嚼をしてよくよく味を確かめる。ごくりと飲み込むと大きく首を縦に振った。


「どうですか、バッシさん」


 レオが真剣な眼差しで問いかけていた。


「肉厚なきのこのプリプリとした食感、纏った油とバターのこってりとした味わい、そしてあと引くにんにくと胡椒の旨味。全てがきのこの良さを引き出しているな。一つ言わせてもらうなら、もう少し焼き色をつけたほうがいい」


 親指をぐっと立ててバッシがレオにサムズアップをかます。途端にレオの表情が明るくなった。


「ほら、お前も食ってみろ」


「おう!」


 ばくばくときのこを食べるレオとバッシをスカイが心底嫌そうな顔で見ていた。


「なんできのこが苦手って言ってるのに、きのこそのものの見た目と味わいの料理を出して、それを俺の目の前で食べてんすか?」


「きのこ仕入れ過ぎて余ったんだよ、食わねえと勿体無いだろ」


「それにしたってもうちょっと調理を工夫して欲しかったんすけど」


「食うのは俺たちなんだから別にいいだろ、気にすんな」


 ガーリックペーストをたっぷり塗りこんだバゲットも添えてあり、店内は暴力的なまでににんにくときのこの香りで満ち満ちている。

 接客前ににんにく料理は食べられないので、接客から解放された閉店後はやりたい放題だった。

 

「一仕事終えた後のにんにくが効いた料理はどうしてこうも美味いんだろうな」


「レオは才能があるとは思うが、作るのがにんにく料理に偏り過ぎてる。明日は他のもん作れ」


「はい、すんません。ところでこのクペリーナ茸は中が空洞になってるから、なんか詰めても良さそうだな。食感もシャキシャキしててきのこっぽくないから、肉詰めとかチーズ入れたりとか」


「いいな、今度やってみるか」


 すっかり師弟となった二人の会話を聞きながらソラノはごくりと喉を鳴らした。

 働き通しだったソラノの胃袋に、二人が食べるにんにくと炒めたきのこの香ばしい香りが直撃する。

 今すぐ食べたい。しかしソラノの前にはソテーはない。閉店後の賄いにありつく前にデルイと話すべきことがあり、だからこそこうして気を利かせてもらって二人で座っている。まあ会話は筒抜けだろうけど、それでも席を設けてもらっただけでも十分とするべきだろう。


 ソラノは隣に座るデルイに話しかける。昨日にはなかった痣が右目の周りにくっきりはっきりと出来ており、見ているだに痛々しい。家族との話し合いと聞いていたのだが、殴り合いにでも発展したのだろうか。


「ご家族との話し合いはどうなりました?」


「うん、縁談を白紙にする条件として森竜の討伐に行くことになった」


「えっ? 森竜って竜ですか? ドラゴン?」


「そう」


「それってめちゃくちゃ強いんじゃないんですか?」


「スライムよりは強いよ」


「さすがにそのくらいのことはわかります」


 きのこのソテーの事など瞬時に頭から吹っ飛んで思わず聞き返す。スライムなどソラノだって倒すことができた。一匹倒すのに十分くらいかかったけど。

 混乱するソラノを見て、デルイが頭をポンポンと撫でる。


「騎士団の魔物討伐部隊に同行するんだけどね、まあ十日くらい休みをもらってパパッとやっつけて戻ってくるから待ってて」


「そんな簡単に済むことなんですか」


「どうだろう。倒せないことはないと思う。空港と違って力を制御する必要もないし、全力でやれば一体くらいならいけんじゃないかな」


 顎に指を当てて思案するデルイは嘘を言っているようには見えない。おそらく本当に倒せると思っているのだろう。

 こんな時、全く役に立たない自分がもどかしい。

 懇切丁寧にデルイに魔法を教わった結果、ソラノには微塵も魔法の素質がないことが証明されてしまった。武器は握ったことがないので言わずもがな。ソラノを守る手段をとして魔法石のピアスを渡した時から、デルイはソラノに魔法を教えることを止めている。防御手段ができたので良しとしたらしく、それ以来ソラノも積極的に生活に必要な魔法以外を教わることをしていない。

 

「あの、今度は私もデルイさんの実家に行って一緒に説得するというのはどうですか?」


「うーん、気持ちは嬉しいけど止めたほうがいいよ。貴族社会って特殊で、かなり面倒だから」


「私が貴族的な社交術を身につけるとか……」


 なんとか役に立ちたいと考えるソラノはそんなことを提案してみる。テーブルマナーも努力の末に体得できたわけだし、頑張ればなんとかなるんじゃないか。二人の今後の事であるのに、デルイが一人で森竜討伐へ赴くのをひたすら待つというのは申し訳ない気持ちがあった。

 そんなソラノの気持ちを見破っているだろうデルイは少し困ったような笑みを浮かべた。


「大丈夫だよ、ソラノちゃんにはそのままでいて欲しいんだ。俺がなんとかしてくるから」


「でも……」


 なおも納得できずに何か言おうとするソラノの頭をデルイが再び優しく撫でる。


「信じて待ってて欲しい。それで、帰ってきたらまた肉じゃが作って」


「……はい」


「そうだ、お土産に森竜の肉持って帰って来るからさ、バッシさんに焼いてもらって皆で食べよう。竜肉、美味いんだよ」


 努めて明るく振る舞うデルイにソラノは頷くことしかできない。

 大人しく待っているしかないのだろうか。己の無力さが痛いほど身に沁みて、彼の優しささえも少し痛かった。

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