第150話 六年ぶりの実家

 その日の仕事終わり、デルイは珍しくソラノがいる店には行かずにまっすぐに飛行船に乗り込むと、王都の中心部へと向かった。 

 行き先は実家だ。騎士学校を卒業し、親の期待とは裏腹に勝手にエア・グランドゥールへと就職を決めたデルイはその後一度も家へ顔を見せていない。

 今後もできれば顔を合わせたくなかったのだが、そうもいかない事態になったのだから仕方がない。


 散々公言している通りデルイは両親の事が好きではなかった。

 今でこそデルイは剣と魔法の腕前に優れて武術は一流、女性に対しては非常にスマートな振る舞いができる完璧な人間のようになっているが生まれた時からそうであった訳ではない。鬼のような両親の過酷な訓練により、今のデルイが出来上がっている。おかげさまでデルイは実の親であっても顔を見たくないほどに嫌いになった。


 男に生まれついたからにはと父には武芸を叩き込まれたが、体格に恵まれなかったデルイは年の離れた兄二人に比べて剣術の腕前が一段劣っている。模擬戦では兄達に常にボコボコにやられていた。三歳から二十歳までで、大小様々な勝負を合わせてもデルイが父と二人の兄に勝った回数はたったの十一回だ。ちなみに三人ともデルイに各々千回以上は勝利している。

 幼い頃には父に認められたく、どうにかならないものかと魔法でカバーしながらの戦い方を覚えたが父にはあまり快く思われなかった。剣術のみでの強さを覚えられない、姑息だと言われた時には愕然としたし虚しささえ覚えた。散々努力してもそれが報われる事がなかった。


 おまけに母親の美貌を受け継いでしまったがために、兄二人には最低限しか教えていなかった社交術を熱心に叩き込まれ、夜ともなれば母の随伴で社交界へと駆り出される日々が幼少より続いていた。貴族社会は権力欲や出世欲に塗れており、或いは年頃の令嬢が見目のいいデルイへとすり寄って来ては色目を使ってくるために全くもって楽しいところではなかった。

 母としてはできるだけ高貴な令嬢と親しくなって欲しかったようなのだが、知った事ではない。


 結局のところ両親は都合よく動いてくれる息子が欲しかったという事だ。兄二人は父の望んだ通りに剣術を磨いて騎士団に入り、順調に出世をして親の決めた相手との婚姻を結んだ。結構な事だ。しかしデルイはそんな兄達を冷めた目で見つめていた。


 俺の人生だ、俺が決めて何が悪い。


 敷かれたレールの上を何の疑問もなく進んで行く貴族連中が多い中、反発するようにいつしかそう考えるようになったデルイは実家から一刻も早く逃れる方法を考え続け、結果家から最も遠く離れた場所にあるエア・グランドゥールで働くことに決めた。

 

 長年束縛されていた家から解放されたデルイは羽目を外しまくった挙句にブチギレたルドルフに社会のなんたるかを教わることになったのだが、それはまた別の話だ。


 身分の上下に関係なく様々な人間が働く空港では、上流階級以外の考え方に触れる機会が必然的に多くなる。働くにつれて自分の考えがそれほどおかしいわけではないのだと感じるようになった。

 市井に降りれば自分で働き先を決め、自由に恋愛をし、婚姻を結ぶ人の方が多い。

 勿論家の仕事を継ぐ者も多くいるが、冒険者になって広い世界へ飛び出す者、学者になって世の真理を研究する者、或いは自ら志願して騎士になる者など様々だ。

 貴族の考え方は未だ視野が狭く時代に合わないものも多い。


 それを知ってしまった今、もはや両親が勝手に決めた縁談を受ける気などさらさらなかった。ましてやデルイにはソラノという存在がいる。いつでも目的に向かって全力で頑張り、明るく、裏表がなく、誰にでも等しく笑いかける彼女はデルイが初めて出会うタイプの人間だった。ドロドロした貴族の人間関係や小狡い犯罪者ばかりを相手にしていたデルイにとって彼女は唯一の癒しだった。

 ようやく手に入れた可愛い恋人だ、他の女に目をくれている暇はない。

 

 王城を挟んで南、貴族の邸宅が立ち並ぶ一角へ足を踏み入れる。夕餉も近い時間帯、往来では馬車が行き交い帰路につく人々がそれぞれの家へと吸い込まれて行った。

 もはや一生近寄りたくもなかった自身の生家に足を向けると、門番が慌てたような顔をして頭をさげる。


「デルロイ様!」


「帰った、開けてくれるか」


「それはもう、勿論でございます」


 門扉を開けて中へと促される。無駄に広大な敷地をまっすぐに歩いて玄関まで行くと、門番から連絡を受けたであろう使用人達が信じられないものを見るようにデルイの姿を見て硬直している。

 その中で使用人達をかき分けるようにして執事服の老男がやって来る。年に似合わぬ俊敏な動きでデルイの前までやって来ると、感極まった様子で叫んだ。


「お帰りなさいませ、デルロイ坊っちゃま!」


「いい加減その呼び方もうやめてくれ」


「なんと冷たいお言葉を! 旦那様奥様及び使用人一同、この六年間坊っちゃまの帰りを今か今かと待ちわびておりましたというのに!」


「俺の事なんて忘れてくれて構わなかったのに」


 直角に頭を下げて帰りを出迎える老執事にデルイは冷ややかな声で答えた。常日頃の愛想の良さはこの時ばかりは完全に鳴りを潜めている。

 この老執事は母と一緒にデルイに社交ダンスをスパルタ指導で仕込んだ過去があり、あまり好きな人間ではない。

 普通の指導ならまだしも、デルイが父親によって沼地に放り込まれ、リザードマン狩りをやらされて帰ってきた直後にも「さあ、ダンスのレッスンが遅れていますぞ!」などと言ってダンスレッスンをやらせる鬼畜ぶりを見せた事で完全にデルイの中で敵と認定された。


 というかこの屋敷にデルイが好意的に思っている人間など一人たりともいなかった。実家なのに完全アウェーである。デルイのメンタルが異常に強靭なのはひとえにこの家のせいだ。


「親父達はいるか?」


「ええ、それはもう! 夕食が終わったところで、サロンの方におります」


 言われてすぐにサロンへと足を向ける。突如帰って来たデルイを出迎えるべくバタバタする邸の中には目もくれず、目的の部屋の扉を大きく開け放った。


 そこには優雅に食後のティータイムを楽しむ両親の姿があった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る