第149話 作戦会議

 最近のヴェスティビュールは閉店後も人が居座る事が多い。これを良いとするかどうかは店側の判断に委ねられるところだが、今回ばかりは急を要する事なので特に問題はなかった。

 店員はソラノとバッシとレオ。

 客は当事者であるデルイと成り行きで居残ることになったルドルフ、それに野次馬根性丸出しで居座るアーニャ。

 六人による作戦会議が決行されていた。


「なんか凄まじいのが来たな。全然ソラノに敵わないで帰って行ったけど」


 レオが腕を組んで言う。


「ソラノに口で敵う人なんてそうそういないわよ、なんせ部門長相手に一騎打ちができるんだもの」


「それにしても失礼な奴だったな、何なんだあの態度は」


 思い出しているのか歯を剥き出してバッシが言う。鼻息で机の上のナフキンが吹き飛んだ。ソラノがそれをキャッチして、きちんとたたみ直しながら言った。


「確かに大分失礼な人でしたね……キャビア・ド・オーベルジーヌの良さも知らないようでしたし。是非食べて帰って頂きたかったんですけど」


「いやそっちかよ」


「私たちはソラノとデルイさんの事を話してるのよ」


「それは勿論、腹立たしさはあったけど。そうじゃなかったらあそこで名乗り出ないし……」


 畳んだナフキンのシワを無駄に伸ばしながらソラノが言う。若干耳が赤くなっているのは、「恋人は私です」なんてらしくないセリフを吐いた事を思い出しているからだろう。普段どちらかというとデルイの方からのアプローチが多いので、あれはあれで珍しくデルイとしては嬉しくもあった。

 まあしかしそんな悠長な事を言っている場合ではない。


「それでどうするつもりなんだ」


 口火を切ったのはルドルフだった。システィーナの嵐のような襲撃から小一時間ほど経ち、全員がワイングラス片手に円座を組んでの話し合いだ。ソラノとデルイの二人で話せば良いような気もするが、お節介と本気の心配が半々となり何だか皆が残っていた。


「どうするもこうするも断るに決まってるだろ」


 こめかみを人差し指で抑えつつデルイははっきりと言った。絶対に断る、それは揺るぎの無い意思だ。しかしそんなデルイに対してルドルフは快く思っていない顔をしている。

 その理由もデルイにはわかっていた。


「仮にこの話を潰せたとしても、そんなのはこの場しのぎに過ぎないだろう」


「んな事わかってるよ」


 仮にこの縁談話を潰せたとしても、また新たな縁談話がデルイの元に舞い込んでくるだけの話だった。そうやって何度も何度も無視していれば縁談を持ちかけてくれた家との関係にヒビが入り、リゴレット家は敵を作る。それはあまり良くない状況だ。

 社交界に顔を出していた時にはそれとなくそういった話を出されることもあったが、デルイは全部をうまいことかわしていた。空港で働き始めてからは実家と疎遠になり、結婚話は持ちかけられた事がない。てっきり諦めたのかと思っていたし、先般ではデルイの方で牽制をかけた。


 つまり、ソラノと中心街のレストランへと行った事だ。

 あそこに彼女を連れて行ったのにはれっきとした理由がある。正装が必要な格式高い店へと女性を連れて行く事。それはデルイに「きちんとした相手がいる事」を示したかったからに他ならない。

 貴族連中は噂の種に飢えているし、ここ六年ほど社交界はおろか中心街にすら姿を表さない自分が女性と連れ立って歩いていればそれだけで注目の的になることは容易く想像出来る。デートの邪魔をされたくないので花祭りの時には姿を隠したが、一度派手に姿を見せておけば効果は十分だ。

 外堀は埋めたと思っていたが、まさかここに来て縁談が舞い込むとは。


 ちらりと目の前に座るソラノを見る。彼女は神妙な面持ちで座り、目があうと言葉を発した。


「デルイさんも大変ですね、一人前に働いて稼いでるのにいきなり親の決めた相手との縁談が持ちかけられるなんて」


「何いい子ぶってるのよ、ソラノにはもっとガツンと言う権利があると思うわよ。『デルイさんの馬鹿!』くらい言ってやりなさいよ」


 エアノーラに絞られているせいで鬱憤が溜まっているらしいアーニャが過激なことを口にした。レオもバッシも、ついでにルドルフまでが「そうだそうだ」と言っている。その勢いに押されたのか、それとも腹に据えかねるところがあったのか、ソラノは「じゃ、じゃあ」と言うと、唇を尖らせてデルイの方を目尻を釣り上げて見ながら、意を決して口を開いた。


「デルイさんの、ばかっ!」


「ごめん」


 その言葉が終わるか終わらないかくらいでテーブルに手をついて頭を下げた。ハーフアップにしてある髪がはらりとテーブルに触れる。即答だった。言い訳すらできないし、しようとも思わない。そもそもソラノにシスティーナを追い払ってもらってしまった時点でデルイの面目は丸つぶれだ。

 外野はそれで満足したらしく、話を元に戻す。


「しっかしマジで貴族連中ってどうなってんだ?自分の人生なんだから結婚相手くらい自分で決めりゃいいじゃねえか」


「そうもいかないのが貴族ってヤツなんだろう。まあ、理解はできんけど」


「でもあんな子と結婚したら大変そうね……ソラノと真逆の子だったじゃないの」


 レオとバッシとアーニャがそれぞれの見解を述べ、デルイは苦笑する。こういう話を聞くと、階級によって常識がずいぶん違うのだなと実感させられた。


「貴族的な常識からすれば、いい歳して婚約者も決めないでフラフラしているコイツの方が非常識という考え方になる」


 そこをわかっているルドルフがフォローを入れた。上流階級での常識に当てはめると、ルドルフの言う通りにデルイが悪い。これで恋人が同じく貴族や豪商の娘、或いは実力ある魔法使いなんかであれば話は簡単だったのだが、ソラノはごく普通の女の子だった。ごく普通の女の子故に、恋愛ひとつとっても障害が非常に多い。


「どうするんだ、デルイ」


 再びルドルフの冷ややかな目線と叱責めいた言葉が飛んだ。


「ソラノは私の友達なんだから、裏切ったら容赦しないわよ」


「ソラノは俺の家族だ、泣かせたらぶん殴るぞ」


「ソラノのパフォーマンスが落ちると俺の料理修行に回す時間が減るんだから、余計な事すんなよな」


 アーニャとバッシとレオからもデルイへの非難めいた言葉が投げかけられてくる。

 確かに今回の件は根回しができていなかったデルイが悪い。付き合うのであればもっとこのややこしい問題をクリアにしておくべきだった。

 ソラノは何と言っていいのかわからずに困ったような笑顔を浮かべている。

 わいわい騒ぐ外野を無視して、デルイはソラノだけを見てはっきりと告げた。


「不快な思いをさせてごめん。これは俺の家の問題だ」


「はい」


「だからソラノちゃん、ちょっと待ってて欲しい」


「……はい」


 今回戦うべき相手はシスティーナではない。デルイの実家であり、この縁談を取りまとめた両親だ。


「お袋と、親父に会って……話をつけてくる。今後一切、俺の結婚相手について口出ししないように」


 エア・グランドゥールに入職してから丸六年帰っていない実家に、顔を出す時が来た。

 

+++


 ソラノは断じて恋愛脳ではない。だからといって、自分の恋人に縁談話を持ちかけてくる人間に愛想よくしてやれるほどの大人な余裕も持ち合わせていなかった。

 結果があの「デルイさんの恋人は私です」発言であり、うっかり口をついて出たその言葉にソラノは後悔していた。

 ソラノには店員としての矜持がある。扉をくぐって店へと入り、席に座ったらそれはもうお客様だ。全てのお客様には美味しい食事を楽しんで満足して帰ってもらいたい。その手伝いをするためにソラノは店にいるはずだった。

 

 なのにだ。

 

「あぁ……やっちゃったなぁ」


 全員が帰った店の中でレオとバッシに向かってため息をつく。 

 あんなことを言わなければ、いちお客様として接していればもう少し違う結果になったかもしれない。いや、直前に大分デルイと揉めていたから怪しいものだが、それでもあそこまで怒らせる事にはならなかったはずだ。

 しかし、それが出来なかった。偏<ひとえ>にソラノが未熟だったせいだ。


「はぁ……」


 己の未熟さに珍しく意気消沈するソラノ。落ち込みながらも閉店作業を進めた。


「そんなに落ち込むなよ。冒険者同士だったらあそこで殴り合いの喧嘩に発展してもおかしくないんだぜ、ソラノはよく耐えたと俺は思う」


 見かねたレオが励ましの言葉をかけてくれる。バッシはどう思っているかと横目で見ると、視線に気づいて腕を組み意見を発した。


「まあいくら腹が立ったとはいえ、就業中にあの台詞はダメだがな」


「ですよね、すみません」


 素直に謝罪する。


「もうやるなよ」

 

「はい」


 即答した。仮にもう一度システィーナが来たら、今度はきちんとお客様として接しよう。口先で撃退するような真似はもうしない。

 人は失敗と反省を繰り返して成長する生き物だ。ソラノは決意を新たにした。


「できればキャビア・ド・オーベルジーヌを食べてもらいたいなぁ」


「アレはにんにくたっぷりな料理だから、淑女が食べるにはハードルが高いぞ」


「確かに……」


 それでもいつかは食べてもらいたい。そして美味しさを理解してほしい。

 そんな思いを胸に抱きながらも、本日の終いの作業に従事した。



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グルメ小説コンテスト用に番外編をもう一本投稿しました。

是非どうぞ。

https://kakuyomu.jp/works/16816927861421823302

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