第147話 縁談話
「五年ぶり、ですわね! この日を待ちわびていました。来る日も来る日も勉強に明け暮れていたのはこうしてデルイさんに会えることを心の支えに頑張っていたからです。本当は邸に帰ってから正式に訪問してお会いする予定だったのですけれど、お姿を見かけたらいてもたってもいられなくなって!」
デルイの隣に座り、システィーナ・シャインバルドと名乗ったこの少女は勝手にまくし立て続けた。
名前を聞くまでその存在すら忘れていたが、この少女に関してはデルイもルドルフも非常に深く関わったことがあった。
五年前にエア・グランドゥールで起こった世界最悪の空賊「
空港で攫われたのだから助けるのは職務上当然のことであるし、デルイとしてはこの少女に欠けらも興味を抱いていなかったのだが、相手はそうではなかった。多感な年頃に誘拐されそうになり、そこを颯爽と助けてもらったとあっては惚れない方が難しいだろう。
しかもデルイは、顔がいい。
陥落しない方が無理というものだ。
金髪に愛らしい顔立ちの少女はソラノよりは年下で、おそらくレオと同じく十六、七歳ほどだろう。潤んだ瞳、紅潮した頬で積極的にデルイに話しかけるその様は、完全に恋する乙女のそれだった。
しかしデルイはそんなシスティーナを快く思っていないどころか、内心では早くどっか行ってくれないかなくらいの気持ちでいた。この店でこうしてよくわからない人間に話しかけられることはほとんどなく、それもあって気持ちよくお酒を飲めているというのにこれでは台無しだ。
社交界に出ていた時はこうした手合いをごまんと相手にして来たが、最近はそれもなく平和に過ごしていたというのになんということだろう。
そしてこの少女は、あろうことか爆弾発言を投下した。
「ねえデルイさん、もうご存知かしら。私とデルイさんに縁談話が出ていること」
「はっ?」
あまりに唐突な話に持っていたワイングラスをひっくり返しそうになった。
「縁談?」
「そう、家格も同等、年頃も近くて、リゴレット家は騎士の家系、シャインバルド家は召喚術師の家系でしょう? 武芸を嗜み国を守る家系同士で婚姻を結び繋がりを持つのって、とても大切なことだと思うんです。それに私とデルイさんならお似合いだと思いますし。ねっ?」
輝かしい瞳でそう語るシスティーナはこの思い描く未来を現実のものとして捉えているようだった。
寝耳に水すぎて呆れる。
デルイは諭すように言った。
「あのさ、悪いんだけどその縁談、俺は受ける気は無いよ」
システィーナは目をパチクリとさせ、小首をこてんと傾げた。ふわふわした金髪が揺れる。
「何故ですの?」
「俺には恋人がいて、その子以外と結婚する気がないから」
一言一句をはっきりと言うデルイに、システィーナはますますその顔に疑問の色を浮かべた。
「他家との縁談話は無いと伺っていたんですけれど」
「縁談じゃないよ。俺が好きで付き合っている子だ」
「……何かのご冗談ですの?」
「俺は冗談なんか言っていない」
やや鋭い目つきをしてシスティーナを見やる。この夢見がちな少女に現実をはっきりと告げておかないと厄介な事にしかならない。
デルイにはソラノがいる。
他の娘との縁談などお断りだ。
しかしこのシスティーナという娘もなかなかにしぶとかった。
「我がシャインバルド家よりも高貴な家柄なのかしら。もしくは商家の方ですとか」
「全然」
「では魔術に優れているか、武芸に秀でているんですの?」
「そんなことはない」
「錬金術師や官吏の類のお方ですか?」
「ごく一般的な子だよ」
「デルイさん、ふざけているんですの? そんな何の取り柄もなさそうな方とお付き合いをしているから、私との縁談を断るっていうんですの?」
ここに来てシスティーナは機嫌を損ね声色を変えた。目を釣り上げ、怒りでその可愛らしい顔立ちを歪ませる。
「ふざけてなんかいないよ。俺はその子がいいんだ。だから君との縁談は受け入れられない」
「冗談じゃありませんわ!」
やや大きな声を出し、システィーナはカウンター席をバシンと叩く。客の注目が再び集まっているのをデルイは感じたが、そんな事にもシスティーナは気がついていないようだった。怒りに任せて声を張り上げ、デルイに詰め寄る。
「私はデルイさんとの縁談話を支えに、この五年間頑張って来ましたのよ。それなのに、そんな言い草はあんまりですわ。私の気持ちをお考えになって!」
「君こそ俺の気持ちを考えて欲しい。恋人がいる状態で縁談を受けるわけがないだろう」
切々と訴えるシスティーナにデルイは冷静に切り返した。グッと喉を詰まらせるシスティーナ。目を泳がせ、唇がわなないた。
納得できない。
彼女の顔にはそうありありと書いてあった。
しかしデルイとて退く気は全くない。こんなところで余計な横槍を入れられるわけには行かなかった。
視線の圧に屈したのか、それともこの張り詰めた空気がいたたまれなくなったのか、沈黙を破ったのはシスティーナだった。
「誰だというんですの」
目尻に涙さえ浮かべ、キッとデルイを睨みつける。
「そのお付き合いしている方というのは、一体誰だというんですの!」
「私です」
デルイがどうにかはぐらかそうと言葉を紡ぐ前に、予想外の方向から声が飛んで来た。
客が食べ終えた皿を持ちカウンターの中に入って来たソラノは、皿を流しに置くとデルイとシスティーナの前へと立つ。
システィーナが虚を突かれてソラノを見ると、ソラノははっきりと告げた。
「デルイさんの恋人は、私ですよ」
デルイは珍しく冷や汗が背中を伝うのを感じた。
ド修羅場になる予感しかしなかった。
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