第146話 五年越しの再会
本日のオススメ
コーンスープ
炒り豆とかぼちゃのサラダ
サーモンのバジル風味
鶏モモ肉とマッシュルームのフリカッセ
魔物というのは人を捕食する生物の総称だ。多種多様な魔物は世界の至る所に生息し、その身に宿した魔素の多少により、あるいは筋力量や賢さにより強さが分類される。
魔物の中で最も有名なのが竜だろう。
一口に竜とは言っても様々な種類が存在し、
そしてこのグランドゥール王国は長きに渡り、とある種類の竜種に悩まされ続けていた。秋口の始め、繁殖期に当たる時期に雄の竜
はまだ小さな雛とそれを守る雌のためグランドゥール王国の北方の森から飛び出し、餌を求めて街々を襲いに来る。
魔物にとって一番のご馳走は、人の肉とその身に宿す莫大な魔素。良質な栄養を必要とする雛の餌とするべく竜は縦横無尽に空を翔び、人を攫っていった。
強力な個体である竜種は生殖能力が低いため、襲撃の頻度はそれほど多くない。来る時期も大方決まっているため時期に合わせて王都の騎士団、魔物討伐部隊の精鋭で編成隊が組まれて討伐が成される。よって人的被害は最小限に抑えられていた。
漆黒の闇夜に翼を羽ばたかせて襲い来るそのドラゴンの名は、
襲撃頻度は五年に一度。
ーー折しも今年は、その年だった。
「で、お前の家の人間は森竜討伐に駆り出されるのか」
店のカウンターにデルイと並び腰掛けているルドルフが問いかけた。珍しく勤務が同時刻に終わったので飲みに繰り出している。ルドルフは本日のオススメのサーモンのバジル風味を、デルイはソラノの賄いと同じくフリカッセを食べながらの談笑だ。
「どうなんだろ、全然連絡とってねーからわからないけど兄貴どっちかが行くんじゃないか。何せ大きな事案だし」
魔物と人間の境界線がはっきりしており、平和なグランドゥール王国においてこの森竜討伐は重大事項だ。巣がはっきりしていれば根絶やしにできるのだが、生憎北方の大森林は人が立ち入るには深過ぎて全貌が把握できていない。襲い来るところを街の近くで待ち構え、騎士団が返り討ちにする以外に方法がなかった。
「まあ、あんまり俺たちには関係ない話だけどな。魔物討伐部隊が森竜を迎え撃つのはここから最速の
デルイの言葉は最もだ。森竜が王都にまで到達することはここ百年の歴史の中でも無く、もはやドラゴンのドの字も市井の人の口の端にも上らない。
「それより何か最近変わった情報とかないのか?」
デルイがマッシュルームを口に入れながら気軽にルドルフに問いかけた。少し眉をひそめ、白ワインで口の中を洗い流してからルドルフが言った。
「今度西方諸国から商人のイオナット・ドゥミタレスグを乗せた船がやって来る」
「げ……」
ルドルフ同様にデルイも顔をしかめた。
イオナット・ドゥミタレスグ。
西方諸国で成り上がった豪商の名前だ。
情勢が不安定な西方諸国で武器商人として名を挙げた彼は巨万の富を築き上げ、貴族諸侯にも負けない発言権と影響力を有している。
「なんでも船には先般討伐に成功したデスビリウス火山のキマイラをテイムした
「キマイラが? 勘弁してくれ」
デルイががくりと頭を項垂れる。強力な魔物であればあるほどに使役するのが難しいが、加えて狭い飛行船に乗って旅をして来る魔物というのは相当にストレスがかかった状態にある。魔物使いがかなり優れており、完全に支配下に置いていたとしてもーー少しの刺激で魔物本来の獰猛さを取り戻すことなどよくあることだ。
この空港で、そして下の王都で暴れられては由々しき事態になるだろう。
「そこんとこわかってて連れて来るのかね」
「さあな。イオナットは敵が多い。暗殺や襲撃に備えて護衛を厚くしているんだろう」
「にしたってやりすぎだろ。西方諸国ならともかく、この国の王都でキマイラなんぞ連れ歩いたらどんな目で見られるか」
広い王都にはテイマーだってそれなりの数がいるがキマイラを使役している人間などいない。ライオンの頭にヤギの胴体、蛇の尻尾を持ち翼まで備えた魔物であるキマイラが街中を闊歩したら、普通の人間ならば恐れ
分別をわきまえた人間なら中心街に魔物を連れて行くようなことはしないが、外国からきて王都の常識に疎い人間がどんな行動をしでかすのかなど誰にもわからなかった。護衛で連れてきたというならば、行動を共にするのが当然と思うかもしれない。
「キマイラが来んのか?」
話を耳にしたレオが二人の間に割って入る。ただでさえ目つきの悪い顔がますます険しくなっていた。赤ワインを飲みながらデルイが相槌を打つ。
「そうみたいだな」
「乗船許可出して大丈夫なのか? キマイラっつったら凶悪で有名だろ。船ん中とか、空港で暴れねえのか」
「国際飛空法ではキマイラは搭乗禁止になっていないし、乗船許可を出すのは出国する国の規定に
「ふーん……」
ルドルフの説明に何か言いたそうにしているレオ。そんなレオにワイングラスを傾けつつデルイが声をかけた。
「もしかしてレオ君、その足の怪我はキマイラにやられた?」
「なっ……っていうか俺、足を怪我してることデルイさんに言いましたっけ!?」
「聞いてないけど、見てればわかるよ。
「そうだったか? こっち帰って来てからは他の奴にんなこと言われたことねえんだけど」
「まあ見る人が見ればわかるよねって話だ」
「はぁ……」
観察眼が鋭いデルイは初見で見破ったが、確かに普通の人間にはわかるまい。そこのところを含めてのこの言い方にレオはなんだか感心したような声を上げる。
店内には夕食を求めて客が来ており相変わらず盛況している。ソラノとレオは接客に勤しみ、バッシが厨房で腕をふるっていた。デルイとルドルフはくつろぎながら食事を楽しみつつ会話を交わしている。
今この瞬間まで、店はなんの問題もなく営業していた。
そうーーこの瞬間までは。
「デルイさん!」
店の出入り口から、黄色い声が聞こえた。
あまりの声の大きさに一体何事かと店中の客が一瞬会話を止め、そちらを見やる。
黄色い声の持ち主は少女だった。
ふわふわにカールした金髪をなびかせ、頰を紅潮させてデルイのところへ一気に駆け寄る。
「お久しぶりですわ!」
隣の席に自然に座ったこの少女の正体がわからず一瞬呆けたデルイだったが、続く言葉で思い出す。
「覚えておいででしょうか?私、システィーナ・シャインバルドと申しまして……五年前、空賊に攫われそうになったところを助けていただきましたの」
そう言ってキラキラした熱っぽい視線を向けるシスティーナに対して、デルイは頬が引きつるのを抑えられなかった。
なんかもう、面倒なことになりそうな予感しかしない。
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このお嬢様についてもっと知りたい方は、別枠連載の
『異世界空港のお仕事!〜保安部職員は日々戦う〜』を是非どうぞ。
デルイとシスティーナの出会いが詳細に書かれています。
また、デルイとルドルフの会話に出て来たデルイの兄もチラリと出て来ます。
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