二年目・秋編
第138話 冒険者とパンペルデュ①
間も無くエア・グランドゥール空港へと着港致します。この度は当飛行船をご利用いただき誠に有り難うございました。皆様の良き旅を心からお祈りしております。
「ああ、やっと着いた!」
大きな斧を背にくくりつけた女冒険者の一人が伸びをしながら船とエア・グランドゥールをつなぐ接続ゲートを通り抜けていく。茶色い髪を三つ編みにしたその冒険者は背が低く、普通の人間の腰くらいまでしか身長がない。これでも立派に成人しており、いわゆるハーフリングという種族だ。小人族はもっと小さいがそれよりは大きい、小人族と人間の間くらいの種族とされている。
「船での生活って退屈で退屈で、もう死にそうだったわ」
「何言ってんの、しばらくは血なまぐさい生活から離れられるって嬉しそうだったじゃない」
ピシッと指摘をしたのは長旅の割に恐ろしく荷物が少なく、手には杖が一本だけという軽装な魔法使い。ブーツのかかとを空港の床に叩きつけて反響させている。
「二人とも船ではだらけきっていたけれど、大丈夫かしら? これからギルドへ赴いて報告があるのよ」
祖国についたことで気が緩みきっている二人を
三人は「
「わかってるわよぉ」
ハーフリングの斧使いが頬を膨らませて抗議する。魔法使いの方も斧使いの味方らしく援護射撃を出した。
「久しぶりの王都よ、テンション上がらない方がどうかしてるわ。美味しい料理に美味しいお酒! お洒落な服だって見たいじゃない」
「はいはい」
回復師の女はため息交じりで抗議を流した。
まあしかし、無理もないかと思い直す。
西方諸国へと赴いて丸二年。やっとここ王都へと戻ってこられた。
「にしても西方諸国の事情は聞いていたよりも酷かったわね。治安も何もあったものじゃないし、魔物の数が多すぎるわ」
「討伐依頼が出されて行ってみたら、ワンランク上の個体が混ざってたりするんだもの。酷い話よね」
斧使いの話に魔法使いが相槌を打つ。回復師も深く頷いた。
「バジリスクの退治は骨が折れたわね」
「でも一番酷かったのはデスビリウス火山に巣食っていたキマイラじゃないかしら。個体数がどんどん増えていて、強力な亜種まで混じっていたし」
有翼魔獣キマイラ。一個体でも高ランク冒険者が苦労するそれが二十体は存在した。数が増えれば増えるほどに魔物は食料を、人がその身の内に宿す魔素を求めて人里を襲撃する。
しかし西方諸国は魔物の数が多すぎるため人手が圧倒的に足りていなかった。一度ならず二度三度、徒党を組んだ冒険者たちが討伐に向かったのだが返り討ちにあっている。火山という場所も人間にとって不利な地形だった。危険だとわかっていても放置されていたのがこのキマイラ達だ。
「討伐までに丸二年、随分と手こずらせてくれたわ」
数々の討伐依頼をこなし、静謐<せいひつ>の雫が西方諸国最後の活動として選んだのがこのキマイラ討伐だった。入念な準備をし、他の高ランクパーティーを誘っての戦いはまさしく最終決戦と呼ぶにふさわしい戦いだった。
激闘の結果、キマイラ達は討伐された。但しここには一つの懸念事項が生まれている。
「大丈夫かしら……キマイラをテイムしてた奴がいたけど」
同じことを思い出していたらしい斧使いが眉を
基本的に
勿論味方になるならばこれ以上に頼もしい存在はいないし、強力な魔物は強力な戦力になる。
「なんかあの魔物使い、西方諸国のお偉いさんがバックについているらしいんだけど。珍獣コレクターみたいな趣味の悪い人間」
「豪商で名を馳せるイオナット・ドゥミタレスグね」
魔法使いが顔をしかめる。
治安の悪い諸国ならではの問題がここにある。古くは人魚を水槽で子飼いにし、今では魔物使いを傭兵に雇って凶悪な魔物を屋敷に侍らせていると聞く。金にモノを言わせてやりたい放題だというのは周知の事実であったが、取り締まるような人間はいなかった。
金と権力と力を持つものに逆らえる人間は、いない。
「あーあ、嫌なこと思い出しちゃったわ。せっかく帰ってきたっていうのに!もっと楽しいことを考えましょ。下に降りたら何する?とりあえずカフェでお茶でもする?」
斧使いは雰囲気を変えるように明るく振る舞った。魔法使いもそうねえ、と人差し指を一本頬に当てて考える。
「ケーキに焼き菓子、小麦のパンに肉料理、魚料理も捨てがたいわね。アフタヌーンティーに行くっていうのも手だわ」
二人の頭が食べ物でいっぱいなことに回復師は苦笑した。
まあ、仕方がないわね。しばらくは好きなようにさせましょうとこのパーティーで一番年齢が高く、経験も豊富な回復師は一人頷いた。
「でも、まずはギルドに行くのが先決よ」
「ええー、もう。相変わらず真面目なんだから」
「そうよ、ちょっとくらい寄り道したっていいじゃない」
「終わったら好きにしていいから」
落胆する二人をなだめて第一ターミナルへと入った。
ここから飛行船に乗って下降すればようやく王都だ。あの花と緑が溢れる美しい都を思い出し、三人とも胸が高鳴った。
「あ、ちょっと待って」
「どうしたのよ」
「なんか隅っこにお店がある。ほら、あそこ」
魔法使いの言葉に残りの二人は足を止めて指差す方向を見た。
確かにそこには店がある。ガラス張りの店内からは暖かいオレンジ色の光が漏れ、ダークブラウンを基調とした店は落ち着きがあった。所々にあしらわれたモスグリーンがアクセントになっている。
三人は吸い寄せられるように店前へと近づいて行った。距離が縮まるにつれ、その開け放たれた扉からはなんとも美味しそうな香りが漂ってきて三人の鼻腔を刺激した。
緑の庇<ひさし>には店名が書かれていた。
ビストロ ヴェスティビュール。空港という王都と世界とをつなぐ場所にあって「玄関」と名をつけるそのセンスだけでも店の品の良さが窺い知れる。
片方の壁面には所狭しと、それでいてセンス良く料理の絵が描かれている。
ハンバーグ、オムライス、ビーフシチュー。スライスされたバゲットにパテ・ド・カンパーニュ。
どれも王都では定番の料理だが、それは一般に食べられているものと比べて格段にお洒落な盛り付けだった。
その絵と店内から漂ってくる香り、そして時折聞こえる客がカトラリーを使う音。
長らく王都を離れ、食糧事情の悪い西方諸国から帰ってきたばかりの三人の胃の腑を暴力的なまでに刺激した。
三人は示し合わせたかのようにゴクリと生唾を飲んだ。
そして目線で合図をする。
「ちょっとくらいなら寄り道したっていいわよね」
斧使いが言う。
「まだここは空港で、正確には王都へと入ってないわ」
魔法使いも頷いた。そして二人は回復師の言葉を待つ。回復師は少し迷った挙句に、結論を下した。
「まあ、空港で少し休憩して行くくらいならいいんじゃないかしら」
中心街にある店ならいざ知らず、こんな空の上にある店にはこの機を逃したら来ることは難しい。今しかチャンスはない。高ランク冒険者の三人はそういった機会を逃さない。
今までの経験則から、見過ごしてはならないと本能が告げていた。
そして三人は開かれている扉をくぐる。
溢れんばかりのオレンジ色の光が三人を出迎えてくれた。
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