第139話 冒険者とパンペルデュ②

本日のオススメ

ガレット・コンプレット

パンペルデュ・サレ

シルベッサを使ったデザートタイプのパンペルデュ


「いらっしゃいませ」


 店に入ると長旅の疲れも吹っ飛ばすような明るい笑顔と朗らかな声で給仕係の娘が出迎えてくれる。


「三名様ですか?こちらのお席へどうぞ」


 空いているテーブル席へと案内され、座る。ハーフリングの斧使いには足りない身長差を埋めるために椅子の高さを調整してくれた。


「本日のオススメは黒麦と卵、ハム、チーズを使ったガレット・コンプレットとパンペルデュです。パンペルデュは甘くないサレとシルベッサを使ったデザートタイプの二種類用意がございます」


 メニューと水を渡すと再び笑顔を浮かべ、去って行く。店で使われているのと同じ、モスグリーンのワンピースの裾がその軽快な足取りに合わせて揺れていた。

 ひとまず手にとって水を口に含み、三人は目を見張る。

 適度に冷えた透明な水の中でかすかに主張する、爽やかな柑橘類の味。

 一口飲めば後を引くその上品な水は、果実水だ。


「果実水なんて二年ぶりだわ……!」


 魔法使いが感動して言った。


「本当、冷えてるってだけでもご馳走なのに、その上果実が入ってるなんて贅沢」


「これが王都の標準だなんて、いいところに生まれついたわよね」


 斧使いと回復師も頷きながら言う。

 実際には果実水が標準なのは王都でも上流階級のみでそこらの庶民向けレストランでは出てこないのだが、それでもこうして気軽に入った店で提供されるというのは西方諸国ではまずあり得ないことだった。それどころか水が冷えていることもない。

 止めることがままならず、三人は一気に水を飲み干した。

 トンとテーブルにグラスを置き、ふうと息をついた。


「で、何頼もうかしら」


 メニューを見ながら回復師が他の二人に声をかけた。


「せっかく帰ってきたばかりだから無難なところをいきたいわよね」


 魔法使いが真剣にメニューを見ながら言う。


「うーん、迷うわねー。全部美味しそうなんだもの」


 斧使いも上から順にメニューを眺め回しながら一人ブツブツ呟いている。こうなるともはや自分との戦いだ。魔法使いも同様にメニューから顔を上げようとしない。

 回復師もどうしようかとメニューにじっくりと目を走らせる。

 先ほど聞いた話では、黒麦を使ったガレットとパンペルデュがオススメということだったけれど。


「黒麦料理は……なしよね」


「ええ」


「当然よ」


 この二年間毎日毎日、黒麦を食べてきた。かの国では主食が黒麦で、小麦はほとんど作られていないから仕方がないのだが、独特な味わいのそれはあまり毎日食べたいものではない。おまけに調味料も乏しい地域なので、塩で味付けて粥にして食べるくらいしか方法がなかった。正直見るのも嫌な食材だ。

 王都で黒麦は食べられていなかったはずなのだが、いない間に何か変わったのだろうか。いずれにしても食べるという選択肢はあり得ない。


「となると、デザート系のパンペルデュかしらね」


 今現在が夕方近くという時刻を考えても妥当な選択肢だろう。ここでパーっと飲んで食べてもいいのだが、この後ギルドに寄って西方諸国に関する報告をすることを考えると、お酒は飲めない。

 派手に飲み食いするならアルコールは必須であるし、それなら降りたところの行きつけの店でどんちゃん騒ぎをしたかった。


「シルベッサのパンペルデュ、いいわね」


「甘い食べ物なんていつぶりかしら……!」

 

 魔法使いも斧使いも深く頷く。夢に出る程に焦がれた小麦のパンと、甘い果物の組み合わせ。これを頼まない手はなかった。


「ご注文はお決まりですか?」


 頃合いを見計らったかのように先ほどの給仕係がやって来た。手には水差しを持っていて三人の空になったグラスに果実水をなみなみと注いでくれる。


「パンペルデュを三つお願い」


「かしこまりました。お飲物はよろしいでしょうか」


「う……」


 喉を詰まらせる。本当はワインを飲みたい。それはもう、飲みたい。

 王都で出される上質なワインの味は西方諸国でたまに飲んでいたものより格段に質がいいのだ!けれど、一杯飲んでしまったらきっと止められなくなるだろう。

 三人は酒豪だった。三人だけではなく冒険者には酒好きが多い。

 しかしここは理性を総動員して、断るべきだろう。

 そう考えていた冒険者パーティ静謐の雫の思考を読み取ったのか、給仕係はこんな提案をしてきた。


「アルコールをお控えでしたら、最近オルセント王国より輸入を始めました林檎のソーダなどはいかがでしょうか。そこまで甘くないので、シルベッサのパンペルデュにもよく合いますよ」


「あ、じゃあそうしてもらえるかしら」


「かしこまりました」


 魅力的な提案を一も二もなく受け入れると給仕係は頷いた。


「シルベッサ、西方だと超高級品だったわね」


「ええ、ここじゃ普通に食べられるのに。物価が違うと今まで普通に食べていたものも食べられなくて大変だわ」


 ピンクと白の縞模様が美しいシルベッサという果物は南方の国の特産品だ。王都では一年を通して安定供給されているが他の国ではそうもいかない。

 長らく冒険者をやっていると食糧事情に贅沢など言ってられないが、それでも美味しいものを食べたいと思ってしまうのはもう、人族共通の宿命だろう。


「お待たせいたしました、林檎ソーダとシルベッサのパンペルデュです」


「「「わぁ……!」」」


 三人は思わず歓声をあげた。

 皿の中央には卵液と牛乳をふんだんに含んだ、スライスバゲット。その上にはなんとバニラアイスが丸く盛り付けられていた。熱々のバゲットに触れた部分からとろりと溶け、滴る様はなんとも食欲をそそる。

 肝心のシルベッサはその美しい縞模様の断面を余すところなく見せるようにくし切りにされており、バゲットの周りに品良く散りばめられている。一見多すぎにも見える量で、これほど豪華なパンペルデュは王都でもなかなかお目にかからない。

 シェフのセンスの良さを感じる一品だった。


「ごゆっくりどうぞ」


 三人は早速、脚付きのグラスを持ち上げて乾杯をする。喉を通る林檎ソーダは果実の甘みと弾ける炭酸が絶妙だった。黄金色のしゅわしゅわと湧き立つ泡、そして店の雰囲気と脚付きグラスで飲んでいるという状況から、まるでアルコールを飲んでいるかのように錯覚する。


 アイスが溶け切ってしまう前に三人はナイフとフォークを急いで握ると、上に乗ったアイスごとバゲットを一刀両断した。冒険者らしくそのナイフさばきにはいささかの迷いもない。

 適度な大きさになったバゲットを頬張る。


「〜〜〜っ!」


 それは、名状しがたい味わいだった。

 表面がカリッと焼けたバゲットを噛んでいくとじっくり染み込ませた卵と牛乳がジュワッと染み出し溢れてくる。バターを引いて焼いたのだろう、芳醇なバターの香りが鼻腔から抜けた。

 そして上に乗ったバニラアイスのふんだんに砂糖を使ったまったりとした甘み!

 温かいパンペルデュと冷たいアイス。相反する二つが口の中で混じり合った時、三人に至福の時が訪れた。

 だがこれで終わりではない。シルベッサのくし切りへとフォークを伸ばした。

 みずみずしい果物の甘みは、このパンペルデュのどっしりとした味わいを程よく中和してくれた。酸味がある果物だからこそ相性は抜群だ。


 

「アイスが乗ったパンペルデュなんて……初めて食べたわ」


 ポツリと斧使いが言う。残る二人も頷いた。


「画期的な組み合わせね」


「普通、温かいものの上に冷たいものを乗せないわよね。でもこんなに美味しいなんて!」


 冷たい、温かい。そして甘い。まったりしたヴァニーユの甘さとさっぱりしたシルベッサの甘さ。甘みにこんな種類があったなんて、忘れていた。甘くて幸せだ。


 三人は黙々とパンペルデュを食べ、時折林檎ソーダを飲んだ。

 ギルドからの依頼によって長らく西方諸国へと身を置き、魔物との戦いに明け暮れてきた。死にゆく同胞たちを何度も目にし、自らも死線を紙一重でくぐり抜けてきた。魔物の襲撃に備えて眠れない夜もあったし、空腹に耐え忍んだ日は一度や二度ではない。

 それでも、こうして王都へと帰ってきて美味しい料理を食べていると全てが嘘のように感じる。ここは平和そのもので、お金を出せばこれほどの料理を食べられるのだ。


 王都の中心街にも似たこのダークブラウンとモスグリーンの落ち着いた雰囲気の店内でパンペルデュを食べる三人は、ああようやく故郷へと帰ってきたのね、としみじみ感じていた。

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