第134話 ガレットと代わりの料理②
「約束通りに来たわよ」
「いらっしゃいませ、ローズさん。お待ちしていました」
翌日の昼下がりにソラノはやって来たローズを迎え入れた。
「さあ、ガレットの代わりに何を出してくれるのかしら?」
ワクワクした表情で席へと座り、期待を口にするローズ。
「あれ、ローズさんガレット食わないんだ?」
「意地悪ね、スカイ君。私はガレットを食べられない体質みたいなのよ」
「あー、それは残念っすね。うまいのに。ねえ先輩」
「ああ。ソラノちゃんが焼いてくれるっていうのがもう最高」
先に店で昼食を取っていたスカイとデルイがカウンターの並びに座ったローズに向かって声をかける。ローズは少し気分を害したように眉をひそめた後、ふいと前を向いた。
「いいのよ、代わりのものを用意してくれるって昨日カウマンさんと約束したんだから」
「へー、あ、俺ガレットもう一枚お代わり」
「俺も。ソラノちゃん焼いて」
「はーい」
ソラノを直々に指名して作らせるのはデルイただ一人だ。クオリティで言えばソラノが作るものが一番低いが、愛する彼女の手作り料理が店で食べられるのだからそんなことは関係がない。おたまで生地をすくってクレープパンに流し入れ、じゅうっと音を立てるそれを真剣な眼差しで見つめるソラノ。そしてそんなソラノをカウンター越しににこにこと見つめるデルイ。
そんな二人を横目で見つつ、ローズはカウマンが何を出してくれるのかと期待して待つ。カウマンは店の奥の冷蔵庫代わりの箱から金属のバットを取り出した。
「あら、それは何?」
「バゲットを卵液と牛乳を混ぜたものに浸しておいたんだ。これをフライパンで焼いていく」
カウマンは卵液と牛乳をふんだんに吸い上げたバゲットをふた切れトングでつまむとバターを引いて熱したフライパンに乗せた。
じゅうじゅうと音を立ててバゲットが焼けるいい音がする。
弱火で焼かれたそれが段々と香ばしい香りをあたりに漂わせると、ガレットのおかわりを頼んだはずのスカイが興味津々で覗き込んでいた。
「めっちゃ旨そうな匂いがする……」
「スカイ君もガレットやめてこっちにしたらどうかしら?」
ローズが肘で小突きながらスカイを誘惑していた。
「まだスカイさんの分は作ってないので、注文変えられますよ」
フライ返しを片手にソラノも相槌を打った。
「そうしようっかな、いや、どうすっかな……」
スカイは真剣に悩み始め、ひとまず今作っている料理の正体を見極めようと厨房を吟味し始める。デルイはソラノが焼き上げた二枚目のガレットに取り掛かっていた。
片面が焼けてカウマンがバゲットをひっくり返した。ところどころにいい焼き色がついたバゲットのもう片面もじっくりと火を通し、頃合いを見計らってお皿へ。そして同じフライパンで厚めに切ったハムを焼く。上にはチーズも乗せて、チーズがとろけ始めたらハムもろともにフライ返してすくい上げてバゲットの上へと乗せた。
付け合わせのサラダを盛り付けたら完成だ。
「お待たせしたな、パンペルデュ・サレだ」
「わあ、そう来たのね!」
ローズが歓声をあげる。
「パンが余り気味で困っていたんだが、これならちょうどいいと思ってな。作りたてのパンよりも少し乾燥しているパンの方がパンペルデュには向いている」
パンペルデュ・サレ。
日本で言うところの甘くないフレンチトーストだ。
ソラノが「フレンチトーストですよね?」と聞くと、「これはパンペルデュ。甘くないからパンペルデュ・サレだ」と答えが返って来たので、ここではフレンチトーストをパンペルデュと呼ぶらしい。
「早速いただきまーす」
ローズがパンペルデュにナイフを入れる。ふわっと柔らかい感触のパンを切ると、ジュワッと染み込んだ卵液の香りが一層あたりに漂った。
赤い口紅を塗った口に入れ、噛みしめる。
目を瞑ってその味を存分に堪能すると、ローズは悶絶するような表情を浮かべてカウマンを見つめた。
「カウマンさん、このパンペルデュ最高よ!」
「そりゃよかった」
「液の浸り具合がね、丁度いいのよ。グズグズしすぎてなくて、けどしっかりと卵の牛乳の味が染み込んでいて。上に乗ったチーズとハムにもよく合ってるわぁ」
ローズがあまりにも美味しそうに食べるので隣で見ていたスカイはゴクリと喉を鳴らした。
「カウマンさん、俺やっぱりパンペルデュにするわ!」
「残念、スカイ。もう戻る時間だから行くぞ」
「ええっ!?」
「じゃ、ソラノちゃんまたね」
「はーい、ありがとうございます。お仕事頑張ってください」
いつの間にやら二枚目のガレットを食べ終えていたデルイは代金をカウンターに乗せながら無情にもそう言った。
スカイは時計を見つめ、ローズの食べるパンペルデュを見つめ、そして空になっているデルイの皿を見つめて肩を落とした。
「ああ……俺の昼飯」
「一枚食っただろ」
「じゃ、せめてサンドイッチ買って行かせてください。道すがらに食べるんで!」
食い下がるスカイにデルイは片眉を上げ、「早くしろよ」とだけ言うとさっさと店を出る。レオが用意したサンドイッチを受け取るとスカイも後を追って店を出て行く。
「ガレットにパンペルデュ。ランチメニューが決まりましたね」
「ああ。具材を変えれば飽きもこないだろうし、当面これでいけるな」
ソラノは空いたお皿を片付けながらカウマンに話しかける。これでこの国には当面、黒麦が供給され続けるだろう。上手く料理が根付いてくれればいいが、それはまた別の話だ。
ひとまずガレットづくりが落ち着いたところでソラノはカウマンに提案をする。
「実は私、黒麦を使った料理でもう一つ作りたいものがあるんです」
黒麦を見た瞬間から、絶対に作ると心に決めていたことだ。ガレット作りの話が大きくなりすぎて言い出せなかったがもう大丈夫だろう。
「お、何だ何だ。今度はどんな料理だ?」
興味津々といった様子で問いかけて来たのはレオである。
「それはね……麺! 蕎麦って言うんですよ」
「麺? ソバ?」
「そう!私のいた国の郷土料理でそれはもう美味しいんですよ。こういう暑い季節には冷やして食べるのがピッタリで!」
「へえー。で、レシピ知ってんだろうな」
「知らない!」
「またそれか!」
レオの呆れた顔のツッコミにも負けずソラノは自信満々に言った。
「大丈夫、今度は勝算があるから。ガレットと違って何度も食べたことのある料理だし、ノブ爺さんとカイトさんも連れてくれば多分作れるから」
「いや、その二人が作り方知ってるとは限らないだろ」
「でもやってみないとわからないし。最悪、伸ばした生地を細長く切ればそれっぽいものが出来上がると思うし!」
「いやぁ、全然信用できねぇ」
ジト目で見つめるレオをよそにソラノはやる気に満ち溢れていた。
蕎麦を作り、そばつゆで食べる。
絶対にやり遂げてやるという確固たる信念がそこにはあった。
蕎麦は素人が安易に作れる代物ではないということも、そもそもめんつゆもソラノには作り方がわからないということも知ったことではない。
やると決めたらやる。
その道がどんなに険しくとも必ず到達してみせる。
両拳をグーにしてみなぎる決意を表明するソラノ。
息を巻くソラノがこの後店にガレットを食べに来たカイトとノブ爺を巻き込んで蕎麦作り騒動が巻き起こるのだが、それはまた別の話であった。
----
お読みいただきありがとうございます。
これにて夏編の本編は完結となります。
お気軽に感想などいただけると作者は飛び上がるほど喜びます。
番外編を三つ挟み、次は秋編です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます