第133話 ガレットと代わりの料理①

 店の中は黒麦のガレットを頼む客が昼夜を問わずひっきりなしに訪れている。

 客の数が多くなり店の中に入りきらなくなってしまったため、急遽店前に椅子を並べて待ち場所を作ることになった。これに並ぶのは庶民ならば本人が、富裕層ならばお付きの人々と相場が決まっていた。

 人に並ばせて自分は優雅に待つというのはソラノからすれば信じられないようなことだったが、身分が高い人にとってはそれが普通のことらしい。


 ランチにガレット。

 ティータイムにガレット。

 食前酒と一緒にガレット。

 メインディッシュにガレット。

 飲んだ後の〆にガレット。


 重さのないガレットはどんな時間に食べるにもぴったりで、一度は食べてみたいお客達がこぞって同じものを注文する。

 クレープパン四台そっくりそのまま店へと持って来ており、マキロンを除いた四人が作れるために提供も素早かった。レオは勤務時間を過ぎても残って夜のお客のためにガレットを焼いていた。おかげさまで現在、レオは店内でガレットを焼くのが一番上手くなっている。

 均一に伸ばした生地、真ん中に乗った卵、折りたたんだ時の四角四面な形。全てにおいてパーフェクトだった。ちなみに一番下手くそなのはソラノだ。ソラノは給仕係としての仕事を優先しているためガレット作製にはあまり参加していない。

 ソラノが言い出して作ることになった料理なのに一体どういう事なのだろうかと思わないでもないが、こればかりは仕方がない。世の中には適材適所という言葉があり、看板娘のソラノはガレットを作るよりもやらなければならないことがある。ちなみにレオも基本的には接客担当だ。若くて見た目がいい二人は店の前面に出て頑張っている。

 

 このガレットフィーバーにより何が起こるか。カウマンはある昼下がりの店の中で腕を組み、渋い顔を作っていた。


「バゲットが余る」


「これだけガレットばかりが売れるとそうなりますね」


 ソラノは相槌を打つ。店内でパンを頼む人々がほとんどすべてガレットに流れているのだからそうなるのも当然だ。ちなみにライスはもともと少数派なのでそこまでの痛手を被っていない。お弁当は相変わらずパンもライスも売れているし、店では注文が入る度に土鍋で焚いているので問題はなかった。


「焼く量を減らしているんだが、それでもまだ余る」


「翌日に販売を回したらどうでしょうか」


「ダメだ! 俺のパンは焼いたその日が一番うまい。翌日に回したらパサついて味が落ちちまう」


「そうですか……」


 料理人としてのプライドがそれを許さないとあれば仕方がない。何か他の方法を考えるべきだ。

 そしてカウンター席には、ガレットを美味しそうに食べる管制塔勤務の課長ヴィクトーとそれを羨ましそうに見つめるローズの姿があった。少し遅めの昼休憩中の二人は昼食を取りに店へと来ている。


「黒麦がこんなに美味いとは思わなかったよ。ソラノちゃんのお手柄だね」


「お気に召していただけて何よりです」


「毎日のランチがこのガレットでも構わないくらいだ」


「ちょっとヴィクトーさん、それは黒麦が食べられない私に対する嫌味?」


 第三ターミナルに勤務する空港案内係グランドスタッフのローズはすこぶる機嫌が悪そうに赤く紅を塗った唇を尖らせる。


「ねえソラノちゃん、本当に食べたらダメなのかしら。せめて一口」


「ローズさんは薬液で反応が出てしまいましたから……一口でも具合が悪くなる方もいますし、やめておいたほうがいいですよ」


「もうーっ」


 至極残念そうな顔をして目の前の林檎ソーダのグラスを持ち上げる。

 ヴィクトーもガレットに合わせて林檎ソーダを頼んでいた。

 午後も勤務があるので二人ともノンアルコールである。

 こればかりはどうしようもないことだ。この空港には回復師が常駐しているとはいえ何かあったら取り返しがつかないし、毅然とした態度で断る他ないだろう。


「カミさんと娘にも食べさせてやりたいな。今度の休みに王都の中心街の方に行ってみるか」


「本当に行くんでしたら、他のお店がどんなガレットを出しているのか教えてください」


「お安い御用だ」


 空港に妖樹を乗せた船が着港した時と花祭りで連日船の発着が激しかった時には激務でヨレヨレしていたヴィクトーだったが、今は空港が落ち着いている時期なので余裕がありそうだった。これからしばらく、冬になるまでは空港は比較的閑散とした状態が続くそうだ。どこの世界のどんな場所にも繁忙期と閑散期がある。

 しかしこの店に関して言うのなら、職員と、今はガレット食べたさに王都からも客がやって来るため相も変わらずの繁盛具合だった。嬉しい悲鳴である。


「ねえ、せめてガレットが食べられないなら代わりのもので私を満たして頂戴……」


 切なげにため息をつきながらローズが言った。眉間にしわを寄せて長い睫毛を伏せってカウンターに載っている自身の料理を見つめている。ローズが頼んだのはビーフシチューで、この店の看板料理だ。


「ビーフシチューも美味しいけれど、私は今話題のお料理が食べたかったのよ。それが無理なら、何か他の目新しい料理を食べたいわ」


 彼女は三十代という成熟した大人の色気を持つ美女で、こんな風に悩ましげな表情でそう言われたらなかなかに断りづらい。

 それに今後もこういったお客様が出て来るだろうし、対処を考えたほうがいいだろう。


「お、思いついた」


 話を聞いていたカウマンが突如として言う。


「ローズさん、代わりのものを用意しておくから明日また来てくれないか」


「あら本当? じゃあ楽しみにしているわ」


 途端に期待した表情になったローズはご機嫌でビーフシチューを食べる。隣のヴィクトーは味わうようにガレットを噛み締めていた。

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