第130話 城での会話

グランドゥール王国王都には中心に巨大な城がそびえている。

 その城は長きに渡り栄えている国にのみ許される装飾性の強い城で、諸々の事情により情勢が不安定な国に見られる様な軍事的機能を一等に考えた無骨さは全く見られない。

 白亜の城は庭園に囲まれ、城自体にも蔦が絡まり花と緑が青々と茂り、鳥や蝶が舞い飛んでいる。地上の楽園のようなその場所はこの国の中枢であり、大陸一の大国の王がおわす場所であった。

 そしてその一角には王女であるフロランディーテの私室があり、そこには婚約者のフィリスが現在、フロランディーテと向かい合って座っていた。

 黒麦に関する諸々の手筈は整いつつある。

 フロランディーテとフィリスは国の貿易府と農政の大臣と話す場を設け、そこで黒麦の輸入を国で管理する話を切り出した。新たな食物である黒麦の輸入がグランドゥール王国側にもたらす恩恵は少なくない。特異体質の問題をクリアにし、安全な食べ物であることをアピールできるのであれば、新たなる食材の流入は歓迎すべきところだ。

 それにより国内にもたらされる利益は計り知れない。

 それに大国グランドゥールが黒麦の輸入に乗り出したとあれば他国も黙ってはおるまい。

 王女と王子の婚約を機に黒麦の輸入が活発化すれば、それまで黒麦に興味のなかった国々の注目を集める事ができる。黒麦の輸入を求める声が多くなれば、フィリスが先だって店で言っていたように貧困国からの輸出が増え貧民に少しでも潤いをもたらす事ができるだろう。

 豊かな国もあれば貧しい国もあるのはどこの世界においても必然的な事柄だ。

 世界の安寧のため、大国たるグランドゥール王国は筋道を示す義務があった。


「黒麦の国庫管理は承認されました。薬液も共に買取り、卸す時は同時に卸す様に指示がされております。貿易府と農政府、両方の大臣と話し合い決めたことになりますわ。ひとまずはオルセント王国からのみの輸入となりますので、エア・グランドゥールを介してこの国へと持ち込まれた黒麦は専用の倉庫へと持ち込まれます。そしてそこから各商会へと卸される手筈ですわ」


 紅茶を飲みながら十三歳の娘が話すとは思えない様な内容の話をスラスラとそらんじていくフロランディーテ。対するフィリスも微笑みながら話に耳を傾けていた。


「オルセント王国からの黒麦輸入に関しては僕の方で差配をつけておいた。ひとまずはブランデル地方のレェーヴ商会の商人がこの国へと来ていたから、輸入の話を持ちかけたよ。貨物船が国を出立してから既に結構な時間が経過しているから、もう直ぐこちらの国に着くはずだ」


「ええ、肝心の卸先ですけれど、国が信頼の置ける大商会にのみ卸すということになりました。ビュイス商会、ヴァレリアン商会、ジェラニオム商会、シャムロック商会」

 

 フロランディーテは指折り数えて王都でも屈指の商会の名を挙げていく。


「黒麦の危険性については王都民であれば一度は聞きかじった事がありますけれど、それでも知らない者もおりましょう。この薬液を事前に必ず試していただく、という条件の下に黒麦を店へ卸して頂きたいと言い含めております」


「で、実際のところこの計画に賛同した商会はどれほどあったのかな」


「四大商会全てに承諾を頂きました」


 フロランディーテは少し自慢げに言う。


「それは凄い。大商会ともなれば色々と腰も重いものもいるだろうに」


「大商会であるからこそ、王家の関わる事業となれば諸手を挙げて賛同するのではないでしょうか?」


「大商会であるからこそ、リスクの高い商売に手を出すのはためらうものだと僕は思うよ。特に黒麦は、悔しいけれど王都ではマイナスのイメージが強いみたいだからね」


 足の上で手を組み、淡々とフィリスは述べる。


「まあ前回のフリュイ・デギゼの反響を鑑みて黒麦の買い付けを決めたのだろう。無名だった店の名前が唐突に王都中で囁かれる様になったんだから、商会としても手をこまねいて見ていては利益獲得の機会を失ってしまう」


「今回は公式訪問という形で、王家お抱えの記者も同行してお店へ参ります。いつものお忍びのスタイルもいいけれど、それはそれで楽しみですわ」


「君はいつでも楽しそうだね」


「それはもう。フィリス様と一緒でしたらどこで何をしていても楽しいんです」


 花が綻ぶ様な笑顔を浮かべてそう言われてしまってはフィリスとしても反論の言葉など出てこない。年単位で会えずにいたのに、たった一度会っただけの自分を忘れておらず、こうして婚約者として再会して話が出来るというのは実に嬉しい事だった。


「黒麦が流行ってくれればオルセント王国としても非常に助かる。輸出先にグランドゥール王国が挙がれば、他国も参入に興味を示してくれるだろうから。今回の件が落ち着くまではこちらに滞在出来る様に調整をしてあるから、是非とも成功させたいところだね」


「ではとびきりのおめかしをして参りましょう。いつもなら帽子に隠しているこの銀糸も波打たせて、ドレスは贅の尽くしたものを身に纏って。殿下の衣服も仕立てましょうか?」


「やりすぎては顰蹙<ひんしゅく>を買うよ」


「あら、宣伝塔になるんですもの。目立ったほうがよろしいですわ」


 黒麦を食べて、それが美味しく安全であるという事をアピールする。そのためにはいつも店に行く時とは異なり、目立つ必要がある。記者を引き連れ、護衛を増やし、思い切り着飾れば嫌が応にも人目を惹くだろう。事前にある程度の情報を流布することも忘れてはならない。

 奇しくも第一ターミナルに居合わせた人々は突如現れた王族たる二人の一挙手一投足に目を配り、何をしに来たのか確かめ、何を食べたのかこぞって見やる。そうすればまた噂になり、噂が噂を呼び、やがてまた流行となるのだ。


「流行を作り出しますわよ」


「気合が入ってるね。僕としてはあと一つ、懸念事項がある」


 フィリスはすっと人差し指を一本立てた。


「あら、何ですの?」


 もったいぶった様子のフィリスにフロランディーテが前のめりになって尋ねる。瞳は好奇心で揺れていた。


「店へ確認しておきたい事があるんだ。ガレットのレシピを公開してもらえるかどうか」


「あぁ……」


 確かに、ヴェスティビュールで二人がガレットなる黒麦料理を食べたとして、そのレシピが一般に公開されなければ流行は限定的になってしまうだろう。またしてもあの第一ターミナルにある店だけが大混雑になり、そしてそこから広がる事なく流行が去ってしまう。

 フリュイ・デギゼに関して言うならば、王都のレストランでも扱う店が爆発的に増えたのだが苺の季節が終わった途端に流行も終わりを告げた。人の関心というのは移ろいやすい。一度灯した火をどこまで継続させられるのか、それが実は一番難しい事だ。


「だから僕たちが店へ訪問する前にね、そこはきっちり確認しておかなければいけないよ。黒麦と薬液とともにレシピも配布できるならしたほうがいい。どこでも食べられる、となれば客足も分散するだろうからね」


「そうですわね。私、考えが足りませんでしたわ。大臣たちにお話しした際にも、「黒麦料理を食べて皆に安心と安全をアピールする」とだけお伝えしていましたし・・・珍しい料理であればそれをきちんとお話ししなければなりませんわね」


「店へ確認を取った後に僕もまた大臣たちのところへと行くよ」


 金髪から覗く緑の瞳でフロランディーテを見つめて優しくフィリスは言った。

 フロランディーテもしかと頷く。


「早いに越した事はありません。早速使いの者を出しますわ」


 下準備は着々と進んでいる。ヴェスティビュールと連絡を取り、レシピの公開を快諾していただけるといいんだけれど。お店には色々とお世話になっており、同時に迷惑もかけている。

 あの人の良さそうな店の面々を思い出しながら、祈るような気持ちでフロランディーテは思った。

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