第128話 クレープ生地の作り方②
カイトの店には開店前からちらほらとお客の姿が見え、入口の前で列を作っている。
「中心街からは少し外れているのに、もうお客様の姿があるんですね」
「花祭りで話題をかっさらった私たちのお店はちょっとした話題になってるのよ。知っていた?」
マノンが自慢げに言うその話にソラノは首を横に振った。基本的に店のある空港から出ないので、街の情報には相当疎い。この辺りはアーニャにでも聞いたほうが詳しいだろう。
「カイトの淹れる見た目も味も一級品のカフェラテと、それに合うスイーツを求めて貴族から観光客から皆一度は訪れたくなるお店って、この間雑誌の取材も受けたのよ」
「確かにカイトさんのカフェラテもマノンさんのミルクレープも美味しかったです」
「でしょでしょ?」
マノンが金色の大きな瞳を輝かせながら相槌を打ってくる。
ソラノは店の掃除の手伝いをしながらも店内を見回した。花祭りの出店の立地といい一つ気になっていることがある。
「カイトさんって、この世界に来てそんなに経ってませんよね。どうやってお店をやるほどのお金を手に入れたんですか?」
ソラノが改装資金を手にするまでにはかなりの期間を要したが、カイトはその四分の一以下の時間で店を構えるまでに至っている。
「うん? そりゃ勿論、借金してだよ」
「借金したんですか?」
モップ片手に驚いたソラノは思わずカイトを二度見した。
「最初の説明でさ、異世界人は無利息無期限で借り入れができるって話、聞かなかった?」
「あ、あー……そういえばそんな話もあったような」
遠い彼方の記憶を掘り起こしながら答えた。初期も初期、本当にこっちに来てはじめに受けた説明の中にそんな話もあったような気がする。
「上限いっぱいに借りてさ、それを元手に開店準備を進めたんだ」
「なるほど、そんな手がありましたか」
「信じられる? カイトってば一千万も借金していたのよ! まだ返し切れるほどには利益が取れてないし、もうっ、何考えてんのって感じよね!」
マノンは激昂しているようだったが、ソラノはそうは思わなかった。モップに寄りかかり真剣に考える。
「私も借金していたら、もっと早くにお店が改装できたのに思いつかないなんて不覚です」
「!? 何言ってんのよ、あなたみたいに若い子に、店の人が借金背負わせるわけないでしょ!」
「そう言われればそうですね」
カウマン一家は誠実な人たちなので、ソラノが借り入れを提案したら真っ青になって止めるだろう。しかし最初に資金を借りるという手法をとる辺りカイトは社会慣れしているというか何というか、ともかくソラノには考えもつかなかったことをやってのけている。ソラノとは別のベクトルで実行力が優れていた。
「何なの、異世界の人って皆こんな考え方なの? 私がおかしいのかしら……」
マノンが我が目を疑うかのようにカイトとソラノを見比べた。
「まあおかげさまで客足も順調だし、借金の件は近々片がつくからいいとして、ソラノちゃんせっかくだからコーヒー飲んで行きなよ」
「いいんですか? ありがとうございます」
「うん、店に来てくれたからには是非どうぞ」
言いながらカイトは慣れた手つきでカフェラテを作ってくれる。マノンは店を横切って扉を開け、お客様を迎え入れている。
「おはようございます!お待たせいたしました、中へどうぞ」
開店と同時にぞろぞろと人が入ってくるので、ソラノはソーサーとカップを受け取ると接客モードに入った二人を邪魔しないよう端っこの方に寄った。
並々と溢れんばかりに縁まで入れられたカフェラテは、カップを通して手のひらにじんわりとした暖かさが伝わってくる。本日のラテアートは猫だった。カイトは以前会った時にハートとリーフしか描けないと言っていたが腕を上げたのだろう、カップの中からは可愛らしい顔をした猫がソラノを見上げている。
「いただきまーす」
小さく言ってから一口、ミルクとエスプレッソの優しい味わいが口の中に広がる。ぐいっと吸い寄せられたラテアートの猫はちょっと形が歪んでしまっていて、何ともいえない気持ちになった。しかしこれは飲み物だ。それも極上の味を持つカフェラテだ。ならば飲まなければ、このかわいそうな形になってしまった猫にも失礼だろう。
そんな葛藤を抱きながらカフェラテを飲み干したソラノ。
「ごちそうさま、今日はありがとうございました」
「お安いご用よ、また来てね」
「ガレットができたら食べに行くから教えてくれ」
「はい!」
店には次々にお客様が来店していて、返却台にカップをそっと戻したソラノは接客で忙しそうな二人に挨拶をして店を後にした。
中心街に設置されている時計を見ると、時刻は午前過ぎ。ここから郊外に戻る時間を考えると寄り道をしている時間はない。
「明日は出勤前にクレープパンを買いに行こうっと」
ヒントは得た。道具に、生地作りのポイントに、焼き方。
出来上がりまではあと少し。
ソラノは来た時よりも大分晴れやかな気分で、初夏の陽が照りつける道を急いだ。
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