第126話 似て非なる食べ物
あれから結局ガレット作りは頓挫している。
店では一応の完成形が見えたのでこれでよしとしよう、という雰囲気が漂っていた。
しかしソラノには微妙に引っかかる事がまだ残っている。
こんなことになるなら、フランスでガレットの作り方を聞いておけばよかった。せめてネットでレシピの検索くらいはしておくべきだった。そんな後悔すらも胸の内を支配する。
せっかくお出しするのであれば、もっと納得のできるものを。そう考えてしまうのはいけない事だろうか。だってここで出したものが、この世界でのガレットの基本形になるのだ。そんな責任重大なことも早々ないだろう。
ソラノの脳内はいつしかガレットに関する事でいっぱいになり、夢の中にまで出てくるようになってしまった。
ガレット、ガレット、ガレット。
レシピを知らない料理を再現するのがこんなに難しいだなんて、思ってもみなかった。
今のままでも提供できるレベルにはなっている。
何せ一日を費やして生地の配合を見つけ出したのだ、「これがガレットです」と言って出せば、「これがガレットか」と言って食べられるものにはなっている。しかし、「これがガレットでいいのかな?」という思いがソラノの中にないとは言い切れない。何故なのだろう。
「お待たせいたしました。夏野菜のグリルです」
そんな思いを胸のうちに抱えながら夏の定番メニューをカウンター席に座るデルイへと差し出すと、彼は少し困ったように眉尻を下げてソラノに声をかける。
「ありがとう、だけどこれはさっき食べたよ」
「え?あっ」
言われて思い出してみると、確かに先ほど提供した料理と同じだ。ソラノは慌てて料理を引っ込める。
「すみません、別のメニューをお持ちするので少々お待ちください」
「いいけど、ソラノちゃんがミスをするなんて珍しいね」
「すみません……」
ガレットのことを考えていたせいで仕事に支障が出てしまった。こんな事ではいけない。たまたまデルイだったので笑って許してくれたが、これが新規のお客様だったらどうなっていたかわからない。
そんなソラノの様子を見て、デルイはワインで口を湿らせてからやんわりと聞いてきた。
「なんか悩み事?」
「はい、ちょっと」
手を動かしながらもソラノは曖昧に答えた。
「役に立つかはわからないけど、話くらいなら聞くよ」
閉店間際の時刻とあって、お客の姿は他にふた組のみ。音楽も無い店内では静かな時間が流れていた。バッシが裏で翌日の仕込みをする音と、ソラノがグラスを洗う音だけが響いている。
「実は黒麦を使った料理を作っているんですけど、満足ができなくて」
洗ったグラスを丁寧に拭きながらもポツポツと悩み事を相談してみる。
「黒麦の料理? ソラノちゃんが作ってるの?」
「はい、私がと言いますか皆で作っているんですけど。私のいた世界に美味しい黒麦の料理があるんですけど、肝心のレシピを知らないせいで中々再現できなくて・・・」
「どんな料理なのかな」
「黒麦を丸く薄焼きにしてからハムと卵を真ん中に落として、生地の両端を折りたたむんです。生地がすごく薄くってパリパリに焼けたところが美味しいんですよ。いい出来にはなっているんですけど百パーセント満足しているのかと言われたらそうでもなくって」
「なるほどね」
「生地を丸く薄く、均一に焼くのが難しいんですよ。弾力はあるけどパリパリで、紙と同じくらいの薄さなんです」
「うーん」
ソラノの話を聞いたデルイはその長い指先を顎に当て、思案顔になった。
何か知ってる事があるのだろうか。藁にもすがるような思いでソラノはデルイが何かいうのを待つ。
やがて顔を上げたデルイは、ソラノに言った。
「俺は料理のことはよくわからないけどさ、この間花祭りでソラノちゃんが食べていたケーキに似てるんじゃないかな」
「花祭りの時に?」
「うん、カイトさんの屋台カフェで食べていたやつ。薄い生地が何枚も重なってなかったっけ?」
言われてソラノは気がついた。
「あ」
そうだ、そういえば。どこかで似たようなものを食べたと思っていた。
カチリとピースが嵌るような感覚。頭の中がすっきりとした。
薄くて丸くて均一に焼けた生地を何層にも重ねたあのケーキ。
「ミルクレープ!」
思わず声に出し、カウンター越しにデルイの両手を握る。
「そうだ! ありがとうございます、デルイさん!」
「役に立てたようでよかった」
急にテンションの上がったソラノに笑みを返すデルイ。
「はい、バッシさん!」
ソラノは後ろを振り返り、厨房で料理を作っているバッシを呼んだ。
「明日、仕事の前にカイトさんのカフェに行ってきます!」
「おう、ヒントを掴めるといいな」
「はい!」
親指をぐっと立てながらバッシが言う。ソラノも同じポーズを返した。
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