第124話 ズッキーニの肉詰め
「えらいことになりました」
「そうだなぁ」
閉店後の店でソラノは頭を抱えた。バッシも相槌を打ってくれた。
ガレットを作ると言うのは最初はちょっとした思いつきだったはずだ。
それがなぜか今や国家が関わるプロジェクトの一端へと変貌している。
「こうなったらガレットを完璧に再現するほかありません」
「お二人が楽しみにしているからなぁ」
王族の二人が、この店の料理を好いてくれているお客様が期待して待っている。ならば作り上げなければならない。それが店に課せられた使命であり、料理店としての宿命だ。
「とりあえず黒麦が尽きているので、アーノルド君のところへ行ってもらってこないと……」
「明日の勤務前に行っちまうか」
二人で閉店作業をしながら話し込んでいると、閉められている扉をノックする音がした。
「誰だ? 常連客か?」
閉まっている扉をわざわざノックするなど常連客だってしない行為だ。
扉を叩く音は継続的に続き、なかなか止む気配がない。何かよほどの急な用事がある人間なのだろうか。
「デルイさんかな?」
彼は夜勤と言っていたような気もするが勤務時間が変わったのかもしれない。切羽詰まったように叩かれ続けているし、とにかく音の正体を確かめなければと扉を開くと、立っていたのは意外な人物だった。
「アーノルド君のお父さんですか?」
狐顔のその人物はアーノルドの父のものだった。
「閉店しているところを申し訳ありません。実は折り入ってのお願いがありまして」
「はぁ」
「ひとまず中に入れていただいてもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
請われるままに店内へと促すとカウンターの一席に座りバッシとソラノを見つめた。
「私はアーノルドの父でアルジャーノンと申します。お願いというのは黒麦のことでして」
「黒麦ですか」
またしても。なんだかこの二日間やたらに黒麦話題が出てくる。
「はい。王都でいくつか商談を交わしたのですが、どうにも難航しておりまして。しかしそのうちの一つの商会で、こちらのお店のことが話題に出たのです」
話題に出たのはシャムロック商会との商談中のことであったらしい。フロランディーテ王女とフィリス王子が邂逅したことで話題となったこの店は未だ王都で噂になっているという。そんな店で黒麦の料理を提供するようになれば、食べる人が増えるのでは・・・という藁にもすがる気持ちでここまで来たという。
「こんなことをお願いするのは厚かましいとわかっております。しかし我々はどうしても黒麦の販路を確保したいのです。国では年々収穫量が増える黒麦に、市場での値崩れが起きかけております。値が下がれば農民の生活は苦しくなる。祖国の窮状を救いたい一心で私共商会は遥々空を渡ってここグランドゥール王国までやって参りました。どうにか、お力添えいただけないでしょうか」
カウンターに手をつき、深々と頭をさげるアルジャーノン。
これは偶然なのだろうか。それともフィリスがこの国に来たことで起こった必然的な出来事なのだろうか。ともあれソラノとバッシは顔を見合わせ、そしてソラノから話を切り出す。
「実は同じようなことを、今日フロランディーテ王女殿下とフィリス王子殿下にお願いされまして」
「えっ、殿下がこのお店にいらっしゃったんですか?」
「はい、数時間前までいらしてました」
「何と! お会いしたかった」
アルジャーノンが非常に悔しそうな顔を浮かべた。
「実はフィリス殿下には故郷の治水事業でお世話になった恩がありまして。そうですか、殿下が……」
しみじみと言うアルジャーノン。
「で、その殿下が黒麦についてのお願いをしたと?」
「はい、この国に普及させるために自分たちが宣伝塔になるから美味しい料理を用意してくれと頼まれまして」
「何とそれは」
アルジャーノンが晴れやかな表情になる。そしてソラノとバッシに深々と頭を下げた。
「ご助力いただきありがとうございます。この御恩は決して忘れません」
「いえ、まだなにも始まっていませんが」
「そうでしたな、早とちりはいけませんね」
「ひとまず何か召し上がって帰りますか?」
「ですがもう閉店の時間では」
「何、いいんだ。メニューは限られるがよかったら食っていってくれ」
バッシの言葉にアルジャーノンが控えめに頷く。
「ではお言葉に甘えまして」
「かしこまりました!」
アルジャーノンはフウとため息をつき、やっと落ち着いたように店をキョロキョロと見回す。
「こちらの店に殿下が……どちらの席にお座りになったのですか?」
「窓際のテーブル席です」
「ほほう」
アルジャーノンは振り向き、見やる。ふさふさのしっぽが左右に振られた。
「アルジャーノンさんはフィリス王子様と親しかったんですか?」
「親しいといいますか、先も言ったように治水事業で指揮された方でして。泥と汗にまみれて作業夫とともに働くその姿は皆の心を打ったんですよ」
言ってから何かを思い出したようで、ピンと伸びだヒゲをピクピク揺らしながら笑い出す。
「どんな時でも決して日に焼けないように細心の注意を払っておりましてね。「焼けてしまって姫に嫌われたら困る」とおっしゃっていました」
そういう話を聞くと、王子は王女のことを本当に好きなんだなと思う。
「たとえ日に焼けたとしても、そんなことで嫌いになるような方じゃないと思いますけどね、王女様は」
二人の様子を見ていたソラノはしみじみと言う。昔会った時から好きだったと言うし、どんな見かけだろうと好きなままだろうと思う。しかし惚れた相手にはよく見られたいと思う気持ちもわかる。要するに二人ともいじらしく可愛らしい。
「ほい、待たせたな」
「おお」
バッシがカウンターまで出て来て料理を置く。
「ズッキーニの肉詰めだ」
細長いきゅうりのお化けのような見た目のズッキーニ、それを縦半分に切り、中身をくり抜いてぎっしりとひき肉が詰め込まれている。この季節ならではの逸品だ。
「ロゼワインでいいか?」
「はい」
アルジャーノンはナイフとフォークをその毛で覆われた手で握る。フォークで押さえて、真ん中から縦に割る。じゅわり、と肉汁が溢れ出した。
一口大に切ってから、カプリ。
「オホッ」
熱かったらしくハフハフと食べ、ゴクリと飲み下した。
「うん、美味しいです」
いい笑顔を向けてくれた。ロゼのワインを手にとってキュッと口にする。
「故郷だと林檎酒ばかりですが、ワインもいいですね」
そしてもう一口、ズッキーニの肉詰め。
「うん、中に詰まっている、と言うのが実にいい。淡白なズッキーニの味わいが肉のしつこさを中和させてくれる」
「ズッキーニはこの時期にしか収穫できないからな。陽の光をたっぷりと浴びて育った野菜はそれだけでご馳走だ」
そうバッシが言うと、アルジャーノンは頷いた。
「美味しい料理を、ありがとうございます」
ポツリとアルジャーノンが言う。
「黒麦の件、何かお役に立てることがあればいいんですが。もちろん試作中、材料は無償で提供させていただきます」
「アルジャーノンさん、黒麦を薄く伸ばして焼いたガレットという料理に聞き覚えはありませんか?」
「ガレット、ですか?」
ソラノの問いかけにアルジャーノンは腕を組んで首をひねる。
「うーん、ありませんねぇ。黒麦といえばパンにして食べるか粥にするのが一般的でして」
「そうですか……」
「お役に立てずに申し訳ありません」
「いいえ、とんでもない」
ともかくやってみるしかない。黒麦の未来はヴェスティビュールの手に委ねられている。
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