第122話 ガレットづくりは難しい

 熱したフライパンにそば粉と少量の塩を水で溶いた生地を流し入れる。

 ジューッと音がして、ふつふつと小さな穴が空いて生地が盛り上がる。

 じっと見つめて頃合いを見計らい、フライ返しをフライパンと生地に差し込んだ。


「えいっ」


 ひっくり返ったガレット生地にハムを置き、真ん中に素早く卵を落とし入れる。裏にも火が通ったら丸い生地を四角くなるように端をパタンと折りたたむ。のだが。


「「「「「ああーっ!」」」」」


 五人の悲鳴が木霊した。


「だめだっ、どうしても生地が割れちゃう!」


 カリッカリに焼けたガレットは折りたたんだ部分が見るも無残にボッキリと折れ、ぐちゃっとなった。とても人に食べさせるような代物ではない。


「なんでこうなるんだろう……」


 哀れな見た目のガレットをお皿に取り、ソラノは半泣きになった。

 トライ&エラーを繰り返すこと数十回。ガレット作りは一進一退の様相を呈していた。


「生地を厚めにすると生焼けになっちゃうし、薄くするとうまくひっくり返せないし……」


「しかも生地に焼きムラがあんな」


「到底うまそうには見えないんだけど」


 カウマンとレオに突っ込まれソラノはしょげた。

 どうにも生地作りがうまくいかない。黒麦と水、塩の分量を色々と変えてみているものの、ソラノが食べたことのあるカリカリの生地が焼き上がらない。

 こんなことでは、美味しい黒麦の料理を食べさせて皆の黒麦に対するイメージを変えるという野望は果たせそうにない。

 ひとまずこのガレットもどきをつついて食べてみると、まあそれっぽい味わいにはなっているのだが何かが違った。生地が馴染んでいないというかなんというか。卵とハムは美味しいんだけれど、これで本日十回目ともなるとさすがに飽きがくる。カウマン一家とレオも食べてくれるのだが、これがガレットというイメージを持たれると嫌だった。

 ガレットはもっと美味しい。

 こんなにも難しい料理だとは思わなかったけれど。


「レシピの知らない料理を再現するなんて無理なんじゃね?」


「いやいやレオ君、諦めたらそこで試合は終了なんだよ」


「何だそれ」


「私のいた世界で有名なセリフ。胸が熱くなるよ」


 ここにカイトさんがいたらきっと理解してくれるはずなのに。それはともかくとして、この状況を打破するには第三者の手を借りるしかないだろう。


「よし」


 ソラノは両手をパチンと合わせた。


「アーノルド君が泊まっている、瑠璃色るりいろ柘榴亭ざくろていに行ってみましょう」


「あぁ……」


「黒麦を常食している国の人なら、作り方を知っているかもしれません。行きましょう!」


「ぞろぞろ押しかけるのも迷惑だろうから人数を絞ろう」


 バッシの一言でメンバーを決めることになる。バッシは翌日の仕込みをするということでパス、マキロンも休日なので養生するために行かないこととなった。

 カウマンとレオ、ソラノで行く。レオは料理に興味を持っているので積極的について来た。王都の中心街のことをよくわかっていない上に、地図を見ても場所を間違えるソラノにとっては同行者が増えることは有り難い。


「瑠璃色の柘榴亭って……どこにあんだろ」


「レオ君も知らない?」


「この王都にどれだけの宿があると思ってんだ。よっぽど有名な……紅の枳殻<カラタチ>亭とか夜明けの金盞花<キンセンカ>亭とか、そういう豪華な宿か、冒険者がよく使う低俗な宿なら知ってっけど。中流商人が泊まる宿なんかわかるか」


「そっかぁ。カウマンさんは?」


「俺も知らねえなあ。まあ商談に来ているなら中心街付近に泊まるだろうから、観光案内所で尋ねよう」


 そんな訳で電車のような箱型の乗合馬車へと乗り込んで中心街へと向かう。ソラノは基本的に郊外で過ごしているので、行くのは花祭り以来だった。季節が進んだこともあり、あの時とは違う花々が街には咲いている。ラベンダーやクロッカスのような花が見え、濃い緑で建物は覆われている。沢山の人が住まう都の中心地であるというのにマイナスイオンが溢れるこの都の中心街がソラノは好きだった。

 カウマンは種族特性上大柄であるし、レオは背が百九十センチもあるものだからこの二人に挟まれて歩くソラノは子供のようである。

 行き交う人々は相変わらず多様な人種が混ざっているが、夏であるせいか帽子を被った女性が多い。帽子をかぶった上で日傘まで差している人も多く、みんな日焼け防止に熱心なのかなと思った。ソラノも気をつけたほうがいいかもしれない。


「瑠璃色の柘榴亭でしたら、中央通りから東、宿が並ぶヴェリウス通りにございます」


「ありがとうございます」


 お礼を言って三人でその場所を探す。


「ヴェリウス通り、あ、ここだね」


 観光所でみた案内図の記憶とそこかしこに出ている通りの案内板を頼りに歩くこと数十分。見つけたヴェリウス通りに入って目当ての宿を探す。


「お、ここじゃねえか」


 ソラノより頭三つぶんほど背の高いレオがいち早く看板を見つけて指を指す。見上げてみると確かにそこには紫を帯びた濃い青で柘榴の実が描かれていた。


「ねえ、柘榴って……青いんですか?」


「うん? そうだが」


 ソラノの疑問にカウマンが答える。


「柘榴って言ったら赤だと思ってた」


「ああ、赤色もあるな。どっちもメジャーだけど、瑠璃色柘榴の方が味が濃いぞ」


「そうなんですか」


 どんな味なんだろう、と不思議に思う。そもそも青色の食べ物が天然で存在していること自体が驚きである。世界は不思議に満ちているなぁなどと思いつつ目当ての宿へと入り、受付の人にレェーヴ商会の人が泊まっているのか尋ねてみた。

 受付の人はニコリと接客用のスマイルを浮かべて、言う。


「申し訳ございません、宿泊している方について言及することは禁じられておりますので」


「ここまで来たんだ、なんとかなんねえのか」


「お客様の情報に関しては一切お答えできません」


 何度か押し問答を繰り広げても結果は同じだった。ロビーの椅子に腰掛け、作戦会議。


「冒険者用の宿だとすぐに教えてくれんだけど」


「それはそれで問題じゃない?」


「まあ、借金取りが追いかけて来たり色恋沙汰でもめた女が押しかけて来たりはよくしてたな」


「ほらぁ」


「中流の宿ともなると情報管理が厳しいなぁ」


 ここまで来て無駄足かなと諦めかけた時、


「あ、ソラノさん」


「アーノルド君」


 探していたアーノルドが出入り口からやって来た。店でアーノルドを迎えに来た母親と共にいる。相変わらず狐そのものであるもふもふの全身に子供向けセレモニースーツのような紺色のジャケット、赤い蝶ネクタイ、半ズボンを纏っている。


「こんなところでどうしたんでしょうか?」

 

「アーノルド君たちに会いに来たの」


「私たちに?」


 母親が不思議そうな表情を浮かべる。


「はい。黒麦の調理方法を教えていただきたくて」


 手早く事情を説明したソラノに対し、アーノルドの母は難しそうな顔をした。


「ガレットですか……正直、そのような料理は初めて聞きました。私たちの祖国では小麦のパンのようにして食べるか、粥にして食べるのが一般的なので」


「そうですか……」


 ソラノはがっくりと肩を落とす。なんでこの世界では蕎麦もガレットも普及していないのだろうか。これだけ似通った食料事情で無い方が謎であるが、ないならば仕方がない。


「お役に立てずにすみません」


「いえいえ、急に押しかけてこちらこそすみません」


「王都にはまだまだ滞在予定ですので、また何かあればお訪ねください」


「はい」


 挨拶をして去っていく三人に、アーノルドと母は手を振って見送った。


「無駄足になっちまったなぁ」


「うん……」


「まあそういうこともある。ソラノちゃんがそんなにも美味しいというガレットってやつを俺は食べてみたかったが、まあ仕方ないわな」


 カウマンにフォローを入れられつつも家路に着く。

 なんだかモヤモヤした気持ちを抱えたままに、もう少しだけ頑張ってみようかなぁとソラノは思った。

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