第121話 難航する商談②

 アルジャーノンがこの日最後に訪れたのはシャムロック商会という名の商会であった。

 一つの葉が黄色く塗られた三つ葉のクローバーシャムロックの看板を掲げたその商会の門扉を潜り、応接室で待つこと数分。

 現れたのは顎髭をたっぷりと蓄え、たくましい上腕二頭筋を持つ中年の男だった。今まで王都で面会してきたいかにも大商会の商人といった風情とはまるで異なる。男は豪快に口を開けて笑顔を作ると、どら声で言う。


「お待たせして申し訳ありません」


「こちらこそ、予定時間より早くにお訪ねしてしまい申し訳ありません」


 男はどっかりと大股を開いてソファへ腰を下ろした。


「シャムロック商会の代表を務めております、ウィリオと申します」


「レェーヴ商会代表のアルジャーノンと申します」


「オルセント王国より遠路遥々お越しいただきありがとうございます。いかがですかな?グランドゥール王国の王都は」


「さすが聞きしに名高い世界一の大国の王都とあって、見るもの触れるもの全てが新鮮でございます」


「いやいや、オルセント王国もなかなかの技術力をお持ちだと聞いております。治水事業にかけては他の追随を許さないとか」


「何せ土壌の状態が芳しくありませんので、向上させざるを得ないのですよ」


 はっはっはとビジネスライクな笑い声が響き、会話が途切れる。ウィリオが前のめりになって本題を切り出した。


「で、早速ですが品物を見せていただけませんかね」


「はい」


 皮の鞄から林檎酒と林檎ソーダの瓶数本と黒麦の袋を取り出して机の上に置いた。もう何度も述べた口上を再び繰り返し、相手の反応を待つ。


「ふむ」


 立ち上がったかと思うと扉を開いて呼びつけた家の者に何がしかを言付ける。


 ややあって召使が陶製のコップとコルク抜き、そして木製のボウルとスプーンを持って来た。

 林檎酒のコルクを男が手づから開ける。ポンッといい音を立ててコルクが放たれ、トクトクトクと林檎酒が注がれる。

 口に含んで味を確かめるために舌の上で転がす。

 それを持参した本数分、全て確かめる。

 数拍の間があって一言。


「いい酒ですな。黄金色で微発泡、林檎の味を感じられる。ものによって甘口、中辛、辛口と分かれておりますね」


「はい。自信を持ってお勧めできる一品です。辛口であっても度数がワインよりも低いのでお酒が苦手な方でも気軽にお召し上がりいただけるかと」


 続いて黒麦の袋を開き、粉をボウルに入れた後に薬液を垂らし入れる。それを自分の掌に塗ってじーっと見つめ、その後に黒麦をそのまま掌に出して匂いを確かめた。


 アルジャーノンはゴクリと喉を鳴らす。

 ややあってからウィリオは眉間に皺を寄せてこちらを見る。


「これをどれほどの量、いくらでお売りするつもりですかね」


 量と値段を耳打ちすると、左右に首を振った。


「いくら安かろうとその量を売りさばくにはかなりの努力が必要になりますよ。いちいち体質を確かめるというのもネックです」


「やはりそうですか……」


 アルジャーノンは落胆した。王都に来てからというもの商談のたびに落胆し続けている。林檎酒がいい手応えを感じるのに、黒麦ときたら評価があまりにも低すぎる。


 しかし、中心街で市場調査を行なっている妻と子のためにも何かしらの成果を持ち帰りたい。アルジャーノンはうつむいた顔をしかとあげる。

 

「何かきっかけがあれば売れる、ということはないでしょうか。例えばあっと驚く料理方法を提案したりですとか、皆が知っている方に宣伝を依頼するですとか」


「ちなみにお国ではどのようにして召し上がるのが一般的で?」


「小麦のようにパンにするか、もしくは粥にするのが普通です」


「あまり面白みはありませんね」


 ウィリオが逞しい腕を組みながら言う。


「いや」


 ふと、思いついたようにウィリオが呟く。


「私が配送を担当している店で一つ、面白い店があります」


「これほど大きな商会の代表役がわざわざ配送まで担当しているのですか?」


「体を動かすのが性に合っておりましてね。一日に数時間、必ず運搬に従事することにしているのです。現場を見なければわからないこともあるでしょう」


 随分と親しみの持てる人間のようだ。アルジャーノンはウィリオの次の言葉を持つ。


「で、その店というのが先だってフロランディーテ王女とフィリス王子が非公式でお会いした店だということで、大層話題になったのですよ。店でお二人が召し上がったなんとかデギゼとかいう食べ物を求めて、都中の女性が殺到したのです」


「それはなんとも大騒ぎですね」


 これほど大きな都中の女性が殺到したというのはあまり現実的ではない話だが、王女と王子が利用した店とあれば話題になるのも当然だろう。

 ウィリオも頷く。


「その店というのがなかなかに面白い料理を出しておりましてね。未だに人々の口の端にはのぼっているようですし、もしよければ助力を願ってみるのも面白いかもしれません」


「おお、それはいい案です。して、その店の場所と名前は?」


 ウィリオがニヤリと口ひげを蓄えた唇を捲り上げる。


「エア・グランドゥールの第一ターミナルにある、ビストロ ヴェスティビュールという店です」

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