第111話 レオの決断②

「……ちわ」


 本日ずっと話の主役となっていたレオがそこには立っていた。


「おお、レオ、来てくれたのか」


 一番に反応したのはカウマンだった。


「おう」


「待ってたんだよ、嬉しいねぇ」


「遅くなってすいません」


 レオが頭を下げた。いやいやいいんだよ、もう雇用期間は昨日で終わったわけだしとマキロンがしきりに話しかけていた。よほど嬉しかったらしい。

 ソラノもミートローフの皿にスプーンを置いて裏に佇むレオに声をかけた。


「レオ君、おはよう」


「ああ、はよ」


 言ってからソラノの食べかけのお皿に視線を注いだ。


「それミートローフか」


「うん」


「レオも食べるか」


 そこでバッシがそう尋ねるとレオがコクリと頷く。

 二人で並んでミートローフを食べる。マキロンは店内へと接客へ向かい、カウマンとバッシは調理に戻った。


「ミートローフ旨いな」


「うん。美味しいよね。肉って感じがする」


「昨日のサンドイッチも旨かった。あれソラノが考えたのか?」


「考えたって言うほどじゃないよ。向こうの世界にあったレシピを伝えただけ」


 料理はカウマンとバッシがするため、ソラノは基本何か提案するだけである。


「向こうにはいろんな料理があるんだな」


「まあこっちより色々と進んでるかなぁ。でもそれが必ずしもいいってわけじゃないと思う」


「そうなのか?」


「うん」


 思えばあちらは様々な食文化が入り乱れすぎていて飽和状態にあった気がした。こちらはまだ発展途上と知った様子でやりがいがあるし、食材も微妙に違うので面白い。魔物の素材を使うというのもまたソラノにとっては新鮮で興味深かった。

 そんなソラノの言葉にふーんと言いながらレオは口を動かしている。


「今日さ」


「うん」


「ギルド行って冒険者証書返して来たわ」


 ミートローフを食べようと開いた口がそのままの形で固まった。


「冒険者続けてもこの足じゃ芽がねえし。ダラダラ続けてもつまんねえなって」


 だから返して来た、そのせいで来るのが遅れてすまねえな。そう続けるレオの表情には一切の後悔というものが見られない。

 高位の冒険者になりたい、その夢が過酷な現実を前に潰されたという話は前に聞いた。しかし実際に冒険者の証書を返すというのは並の覚悟ではないだろう。


「返したらもう冒険者にはなれないって事なの?」


「んー。ギルド通じて依頼を受けられなくなるって感じだな。剣の腕がゼロになるわけじゃないから魔物狩りたきゃ狩れるし、薬草だろうが鉱石だろうが獲りたきゃ獲りに行ける。ただ協力してくれる奴なんてそうそういないだろうし、一度返したらもう一度最低ランクから依頼こなしてコツコツ頑張るしかないから、実質引退になる」


「そ、うなんだ」


 ごく気軽に、ミートローフを食べながら語るその口ぶりからして本当にもう冒険者に戻る気はないらしい。随分と潔い話だ。


「でさ、カウマンさんとバッシさんにお願いがあるんだけど」


 レオがスプーンを置き、立ち上がって二人を見る。二人とも何事かと料理の手を止めてレオを見返した。


「俺に料理教えてくんねーかな」


 瞳には何かを決意したかのような色が宿っている。

 冒険者に戻るか店で働き続けるか。天秤にかけたレオは店に残って料理を学ぶ道を選んだ。それは一晩、塾考した上で出した結論なのだろう。

  

 そんな決意を二人が断ろうはずもない。ニッカリとその大きな口に白い歯を光らせ、笑顔を浮かべる。


「いいだろう」


「俺の教えは厳しいぜ」


「望むところだ」


 今度はレオが自らの意思で店にいることを決めてくれた。そのことがソラノは嬉しい。


「お店頑張って盛り上げていこうね」


「ああ」


 花の盛りの春は去っていき、間も無く夏が訪れる。これからも五人で店を切り盛りして行けることに、ソラノの胸中は喜びでいっぱいだった。

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