第110話 レオの決断①
「レオ君、来ると思いますか」
「どうだろうなぁ」
昼のお弁当を売る準備をしながらソラノがカウマンに問いかけた。無事食い逃げ代金を払い終えたレオには昨日、取り上げていた冒険者証書を返している。今日も来るという保証がどこにもないために今日はソラノが昼の営業から出勤していた。
着々と出来上がるお弁当に蓋をして並べながらソラノはため息をついた。カウマンとマキロンの二人もどこか元気がない。そわそわした気持ちを抱えながら仕事に勤しんでいると裏口がガチャリと開く音がした。三人とも手を止めて勢いよくそちらを振り返る。
「ちわーっ、シャムロック商会の者だよ。カウマンさん、小麦粉ここに置いとくから」
「あ……ああ、いつもありがとさん」
「お安い御用だ、また頼むわ」
商売用の快活な笑顔を浮かべた粉物問屋の親父はそのまま扉を閉めて去って行く。代金は問屋の方に一括で前払いをしてあるのでここでやりとりしていない。
小麦粉の大袋を見ながら三人はあからさまに落胆した。
「いないと寂しいもんだなぁ」
「すっかり馴染んでいたからねぇ」
「せっかくの年の近い仕事仲間が……」
長身で声が大きく、気持ちのいい笑顔を浮かべるレオは存在感があったためいなくなるとぽっかりと穴が空いたようだった。カウマンとマキロンがなぜかバッとソラノの顔を見る。
「ソラノまでいなくならないよな」
「ソラノちゃんがいなくなったアタシたち店を閉めるしかなくなるよ」
「いなくなりませんよ、どこへ行くっていうんですか」
「だよな」
「よかったよかった」
センチメンタルが炸裂している二人は、ソラノまでいなくなったら大変だと不安になったらしい。一緒の家にまで住んでいるのだ、辞めて他で働くという選択肢など微塵も存在していない。第一この店には思い入れがありすぎて辞めることなどできないだろう。
「こんにちは、お弁当くださーいってあれ、ソラノ?」
「こんにちはアーニャ。今日は私で残念でした」
裏口からお弁当を求めてやって来たのは商業部門の事務職員として働くアーニャだった。ソラノの顔を見るなり店内に顔を突っ込んでキョロキョロと見回す。
「レオ君はお休み?」
「休みっていうか、雇用期間が終わったから来てないよ」
「えーっ、辞めちゃったの?」
「どうだろう、辞めたってわけでもないけど、来る保証はどこにもない」
「なんだぁ、年下の可愛い男の子にいつも明るくお弁当手渡してもらえて午後のやる気をチャージしてたのに」
ぷーっと頬を膨らませてアーニャが不満そうな顔をする。
「ソラノ、ちゃんと引き止めなさいよ!」
「まあ人生人それぞれじゃん」
かつて冒険者をやっていたという事情を知っているソラノとしては、無理に引き止める事はしたくなかった。もしかしたら店から解放される日を待っていて、今日から早速冒険者稼業に勤しんでいるかもしれないのだし。
「で、今日は何を頼むの?」
「うーん、そうねえ。久々にソラノがいるわけだし、なんかオススメないの?」
「トンのオイル漬けとチーズのサンドイッチがあるよ。トンと玉ねぎをマヨネーズで和えて、炙ってとろけたチーズを挟んであるの」
「何それ、珍しい組み合わせね」
「女子なら絶対に好きな味だと思う」
ソラノは請け負った。この間サラダニソワーズに乗っていたトンって何だろうかと思っていたのだが、食べてみるとマグロのオイル漬けの味がした。ならばとサンドイッチの具材に提案したのである。カウマンが家で試行錯誤を繰り返し味の黄金バランスを見つけ出してくれた。
要するにツナマヨ溶けるチーズサンドイッチだ。美味しくないはずがない。
「ソラノがそこまで言うなら買おうかしら。美味しくなかったら承知しないわよ」
アーニャは冗談交じりに言いながら代金を支払う。結構長いこと通っていてここの店の味が間違いないことを知っているからこそ出たセリフだ。
「ありがとうございましたー」
ニコニコと手を振ってアーニャを見送る。その後も続々と職員が昼を求めてやってきたが、レオの姿は見えなかった。
昼の忙しさがひと段落ついたところでバッシも出勤してきた。マキロンが声をかけてくる。
「ソラノちゃん休憩入んなよ」
「はい」
「今日の賄いはミートローフだ」
「おお……」
皿に盛り付けられたミートローフを見て少し感慨深くなった。これはレオが食い逃げをしたまさにその料理である。
「いただきます」
両手を合わせてミートローフを頂く。どっしりした肉の味わいに、人参やパプリカといった野菜が混じり、そこに抜けていくハーブの香り。
「同じひき肉料理なのにハンバーグとは違う味わいですよね」
「ミートローフは型に入れてからオーブンで焼いてるからな」
丸めて焼くか、型に入れるかの違いで味にも違いが生まれるから不思議だ。
「レオ君、これ十一人前食べたんですよね。すごい……」
一つでも結構ボリュームがあるこの肉料理をよくそんなに食べたものだ。しかもワインも三本空けていた。お酒に強いのだろうが、今思えば無茶苦茶な食事の仕方だ。途中で止めた方が良かったかもしれない。
「よっぽど腹減ってたんだろうな」
バッシも心なしか元気がなさそうに仕込みをしていた。賄いにミートローフを選ぶあたり、やはり心にくるものがあったのだろう。今日はオススメの肉料理を出すたびに切ない気持ちになりそうだ。
黙々と賄いを食べ進めていたその時、裏の扉がキィと遠慮がちに開いた。
四人の視線が再び扉に注がれる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます