第107話 花祭り当日①

 グランドゥール王国の巨大な王都は城壁にぐるりと囲まれており、城壁の門から中心にある王城までまっすぐに伸びる大通りが敷かれている。王城のそばには大通りを挟みこむように広大な二つの広場が存在していた。

 名を、モンマルセル広場。

 花祭りのメイン会場となる場所だ。祭りの名にふさわしく、等間隔にそびえる木には白い花が咲き零れ、鉢植えにも様々な花が植わっている。そこかしこに出ている屋台は緑の屋根からポットを吊るしており、そこからも植物が顔を覗かせていた。

 風が吹くたびに新緑の葉が、あるいは白い花びらがひらひらと人々の上を舞飛んでいく。

 道行く人は屋台で売られている花冠を被り、ブートニアを胸に挿していた。集うのは庶民ばかりであるが、老若男女問わずいつもより少しお洒落をして今日という日に臨んでいるようだった。


「わあ、人がたくさんいる」


 いつも店で着ているものとは異なり、本日は私服の空色のワンピースに袖を通していた。店休日が週に一度なので私服を着るのも一日だけだ。貴重な姿といえよう。合わせて髪型も三つ編みではなくハーフアップにしている。ソラノの髪は黒髪サラサラロングストレートヘア、ではなく少し癖のあるふわふわした髪質なので、何かしらまとめておかないと広がってしまって大変なことになる。

 せっかくなのでお洒落を楽しまないと損だというのはアーニャに言われるまでもなく自覚していた。


「ソラノちゃん、はぐれるから俺のそばにいて」


「あ、ごめんなさい」


 キョロキョロするソラノの手をデルイがしっかりと握りしめる。顔を上げて見てみると、今日着ている濃紺のジャケットと揃いの中折れ帽子を被ったデルイと目が合った。派手な髪色が完全に隠されており、それだけでいつもより五割は地味に見えるから不思議だ。

 ソラノは空いている方の手で帽子を指差した。


「それって王女様からヒントもらったんですか?」


「そう。俺は普通にしていても目立つから」


「顔が良すぎるっていうのも困ったものですねぇ」


「そうだね。ソラノちゃんはそんな俺の見た目に心を動かされたこと無いよね」


「そんな事ありませんよ。正装している時はさすがにかっこいいなと思いました」


「ホント? じゃあまた正装しようか」


「いや、あんな格好でどこ行くつもりなんですか……」


 正装姿はディナーデートの時に一度見たものだ。まさかまた高級レストランに行くというのだろうか。あれは緊張するし肩が凝るのでちょっと勘弁してもらいたい。

 そんな気持ちを読み取られたのか、デルイはにこりとしてからソラノの手を引いて一つの店に近寄った。


「花冠選ぼうよ」


「色々ありますね」


 大小様々な花で編まれた花冠とブートニアは見ているだけで心が弾む。ソラノが知らない花も沢山あるので、この世界特有のものなのかもしれない。


「これはどうかな」


 デルイが手に取ったのは小さな青い花は沢山ついた花冠だった。ネモフィラに似ている。ポン、と頭に被されてから背をかがめて見つめられる。


「うん、似合ってる」


「じゃあこれで……私、ブートニア選びます」


「俺はソラノちゃんとお揃いがいいな」


「デルイさんは青よりピンク色のイメージが強いんですけど」


「それは髪の色のせいじゃん」


「まあそうですね」


 店にいる時はカウンターに座っているので、必然的に上半身しか見えない。髪の色が記憶に残るのは当然の事だった。

 結局揃いのネモフィラに似た花の冠を被り、デルイはブートニアを胸に挿して歩き出す。デルイが青い色を身につけているのが珍しく、お揃いというのが少しむず痒い。 

「次はカイトさんのカフェ屋台探しましょう」


「いいよ」


 照れ隠しのようにソラノが言うとデルイも乗ってくれた。

 広場自体が広い上に屋台の数が尋常ではなく、予め場所を聞いていたにも関わらず探すのに苦労した。


「このあたりのはずなんですけど……」


「そもそもどんな店なんだ?」


「ラテアートのカフェって聞いています」


「ラテアート?」


「カフェラテの上に葉っぱとかハートの絵が描いてあるんですよ。描くって言っても、エスプレッソとミルクだけで形を作るんです」


「何それ? 全然想像がつかない」


 デルイが目を丸くしている。確かにあれは見てみないとわからない類のものだろう。


「見ればわかりますって……あ、ありましたよ、あれです!」


「行列凄いじゃん。昨日までのヴェスティビュールまでとは言わないけど」


「あれは特殊すぎますよ。けど確かに並んでますね」


 やっと見つけたカイトのカフェは長蛇の列で、ざっと二十組は並んでいる。


「知り合いなんだし、直接声かけたら早めに用意してもらえるんじゃないか?」


「そういうのはダメですよ。ちゃんと並ばないと」


「あ、そう?」


「そうです。並びましょう」


 列の最後尾に並ぶ。最近行列をさばくことには慣れたが、こうして何かを買うために並ぶのは久々だ。日本にいた時には学校帰り、よく流行りのお店に並んでいたものなのに。

 並びながら、店に行列ができることになったきっかけを思い返してデルイに話しかける。


「にしても、王女様だったとは。デルイさんは知っていたんですか」


「うん。気づいたせいで護衛任務を任されてた」


「それで毎日お店に来てたんですねぇ」


「そう。まあ何も起こらなかったから飲み食いしてただけなんだけどな」


 タダで飲み食いできてラッキーと続けるデルイの横顔を見ながら、そんな簡単な話じゃなかったんだろうなと思う。レオが言うには職場では評判が下がっていたという話だったし、そもそもそんな食事の仕方では心底楽しめることはないだろう。


「誤解が解けてよかったですね」


「そうだね。ソラノちゃんにも余計な心配かけてごめん」


 言ってから申し訳のなさそうな顔をしてこちらを見下ろしてくる。


「変な噂と態度のせいで不安にならなかった?」


「うーん」


 ちょっと考え込んだ。


「不安というか、何かちょっとおかしいなぁとは思いましたけど」


「けど?」


「ちゃんと理由があるんだろうな、とも思っていました」


 今までの経緯いきさつによりソラノはデルイのことを信じている。休肝日が嘘だというのはすぐに見破っていたが、問いたださなかったのは別にやましいことが理由ではないと思ったからだ。この辺は勘である。結局のところ相手をどれほど信用しているのかという問題だろう。


「まあ、こうして理由がわかるとスッキリもしますけど!」


 あははと笑うソラノの頭をデルイが優しく撫でてくれた。


「ソラノちゃんもさ、相手が王族と分かった上でよくあんなにテキパキ働けたよね」


「あれは接客する上での私のポリシーです」


「ポリシー?」


「はい」


 ソラノは店で接客する上で、一つ決めていることがある。それはお客様の差別をしない事だ。

 扉から入って来て席に着き、料理を注文をしたのならそれはもう店にとってはお客様に当たる。そこに貴賎が発生してはいけない。

 静まり返った店内で誰一人動く者はいなかった。料理を所望されたのならば提供するのが店側としては当然だろう。


「だから私は、お相手が王女様と王子様だろうとしっかりとおもてなししようと思いました」


「へえ」


 デルイが感心したような声をあげた。

 ソラノが店でできる事は多くない。料理は作れないし仕入れもできない、帳簿もつけられない。ならば自分にできる接客という役割を全力で全うするべきだ。

 お客様の正体が何であれ、慌ててはならない。大切な事は料理とおもてなしに満足して帰って頂く事。

 王女と王子が来店して多数の護衛が控えていようと、止められない限りは料理の提供をしよう。店側から断る事こそが失礼にあたるのではないだろうか。


「ソラノちゃんは接客業の鑑だね」


「いえいえ、まだまだです」


 謙遜ではなくそう言う。まだお店は始まったばかりでこれからも精進しなければ。

 徐々に進む列に並びながら話をしつつ待っていると、ソラノ達の番がやって来た。

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