第106話 和解
「先輩、買って来ました」
「おー、サンキュ」
デスクに座って書類を眺めるデルイにスカイが買って来たばかりのサンドイッチを投げ渡す。
「第一ターミナルすごい騒ぎになってましたよ。ありとあらゆるタイプの女性が集ってて」
「出勤する時に見た。近づきたくない場所だね」
書類から目を離さずにガサガサとサンドイッチの包みを開けて頬張るデルイが相槌を打つ。少し長めの髪が報告書に影を落とし、伏せたまつげに無駄に色気がある。普通に仕事しているだけなのに絵になる先輩だった。
だいぶ慣れたとはいえ冷静に見ると相変わらず凄まじいイケメンだなと同性ながらに思う。そりゃあんなに女性が集う第一ターミナルに足を踏み入れたくないだろう。絶対にもみくちゃにされる。
「先輩出勤する時どうやって切り抜けたんすか」
「帽子かぶって顔が見えないようにしてた。あとは隠蔽魔法を駆使して」
「まるでお忍びの王女様ですね」
「俺にとっては切実な問題だからな。一人に捕まったら抜け出すのに時間がかかって仕事に遅れる」
この数日デルイの様子がおかしかったのは、お忍びで店に来ていた王女の護衛を任されていたからだということが保安部中に知れ渡ることとなり、みんなの誤解は解けた。
職員の面々にああなんだそういう事か、悪かったなと謝罪の言葉をかけられたり背中を叩かれたりしたデルイはそれを軽く受け入れて通常業務に没頭していた。スカイはというと、あれほど正面切って不満をぶつけたというのに、タイミングを逃し続けて未だきちんと謝罪できていない。
しかしデルイはその事を気にしている風でもなく普通に接してくれていた。
護衛の任が解かれた昨日から早速勤務時間をオーバーして働いている。
放っておくと食事を取らずに働き続けるワーカホリック気味なデルイに昼食を買ってくると申し出たのはスカイだ。社員食堂に行く時間も惜しんでスカイが書き上げた報告書に目を通し続けている様には罪悪感がこみ上げてくる。自分がもう少しまともな報告書をかければいいのだが、まだまだアラが目立つようだ。
騎士学校を首席で卒業したとはいえ、実務になるとまた違う。しかも今は検挙数が尋常ではなく、書き上げる報告書も比例して増え続けていた。
「ハンバーグサンドだ」
「しっかり食べてくださいってソラノさんが言ってましたよ。こっちもどうぞ」
「サンキュ」
適当に選んで買って来てと言われ、多めに金を手渡された。それを告げると店で渡されたのがハンバーグサンド二つと照り焼きチキン二つ。並んでデスクに腰掛けて昼食をとりながら、言うなら今しかないなとここ数日心にくすぶっていた思いをぶつけることにした。
「先輩、疑ってすいませんでした」
足を組んで座り、食事しながらもひたすら仕事に邁進するデルイが目を上げた。
「何だ急に」
「いやあの、護衛とは知らなかったとはいえ、仕事が適当になってると文句言って」
「ああ。俺の方こそ嫌な態度とって悪かった」
「いやいや、先輩はむしろとばっちりでしょう。急に王女の護衛だなんて。何か極秘任務を請け負っていると気づけなかった自分が不甲斐ないっす」
「気づいたらそれは俺の態度に出ていたってことだから、そっちの方が問題だろ。お前にバレたら周りにもバレて、それが良からぬ人間を呼び寄せでもしたら大事<おおごと>だ」
確かにそれは最もであるが、実行するには相当な精神力が必要となってくるのではないだろうか。デルイの偽装は完璧だった。保安部の中で彼の行動を疑っていた人間は一人もいない。通常業務を終えたあと、さっさと仕事を切り上げて彼女に会いに行っているどうしようもない奴、という認識を周りに与えていた。
「あんな憎まれ役引き受けてまで護衛するなんて嫌じゃなかったんすか?」
「うーん、そうだなぁ」
デルイは顎にすらっと長い指を当てて思案する。
「最初はなんでこんなところまで来たんだかって思ってたけど、店で見てるにつれてそういう気持ちはなくなったな。王女は本気で婚約相手が気になってたみたいで、まあその気持ちはわかるから」
「わかるんすか」
「ああ。王侯貴族は恋愛に自由が許されないだろ」
ふっと整った顔を歪めて笑うデルイはいつになく影がある。
「せめてお相手がどんな人物なのか、城に来る前に見ておきたかったんだろう。結果二人は相思相愛だったみたいだから、まあよかったんじゃないか」
「ああ……」
確かに王族ともなれば自由に恋愛して結婚するということがなかなか許されないだろう。結婚というのは家同士、王族においては時に国同士の結びつきを強くするための策略の一種だ。好きだから一緒にいるということが時に許されない事がある。
その点においては庶民の方が自由だなとスカイは思った。
しかし、目の前のデルイはその型にはまっているとは言い難い。
「でも先輩は自由に恋愛してますよね。もし縁談とか組まれたらどうするつもりなんすか」
「そりゃあ戦うに決まってんだろ」
「……物理的に?」
「必要があれば物理的にも」
至極当然のように即答したデルイを見てスカイは思わず身震いをした。デルイの実家であるリゴレット家は代々騎士を輩出する名家だ。大団長である父親のリゴレット伯爵とデルイが戦うことになったら冗談抜きで都に被害が出るだろう。
「まあ物理的に戦うのは最終手段として、とにかく全力回避する」
「じゃ、明日の王城での舞踏会はどうするつもりですか?」
「そんなもん行かねーよ」
「でも休みとってますよね」
スカイは勤務表を思い返した。もう何週間も前から「ここだけは絶対に休みます」とミルド部門長に詰め寄っていたのをスカイは目撃している。かつてのデルイの相方であったルドルフは行くと言っていたから、てっきりデルイも行くものだと思い込んでいたが。
「ソラノちゃんとデート。最近は顔だけ見てても全く話せてないから生殺しもいいところ」
いつの間にやらサンドイッチ二つを平らげていたデルイが書類を再び引き寄せながらにべもなく答えた。
なるほど、デートだったのか。スカイは納得する。道理で休みを取るときにものすごい剣幕だったわけだ。
「あ、そういえばソラノさんといえば」
名前を聞いて思い出しスカイはもう一つ受け取っていた包みを開けた。
「はいこれ、サービスだそうですよ」
「お、噂のフリュイ・デギゼじゃん」
ツヤツヤした苺が串に三つ刺さったものをひとつ差し出すとデルイは受け取った。矯めつ眇めつ眺めた後に一つ齧<かじ>って串から抜き取る。スカイも倣った。
パリパリとした飴の食感、それからジューシーな苺の果肉がやって来る。
甘み×甘みの二段責めだが苺がさっぱりした甘さなのであっさりと食べられる。
隣のデルイも同じなのかすでに三つ目を平らげていた。
「たまには甘いもんもいいな」
「っすね」
スカイも頷いた。疲れた脳には甘いものが染み渡る。
「じゃ午後も哨戒任務に行くか」
「はい」
モヤモヤした気持ちは謝罪したことにより雲散霧消した。デルイはスカイが突っかかった事などまるで気にしていなかった様子だが、自分が気にしていることは解決しておいた方がいい。
立ち上がりざまに二人して、椅子にかけていた制服の白いジャケットを羽織る。
「先輩、俺、もっと精進します」
「その意気だ、頑張れ。お前なら俺より出世できるよ」
「先輩は出世できないんじゃなくてする気がないんじゃないですか」
「バレたか」
腰に帯びた長剣に手をやり気軽に笑うデルイを見て、早く仕事に慣れなければとスカイは思った。
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