第105話 フィーバー②
「いや、めっちゃ忙しかったな」
「本当に」
「ここはフリュイ・デギゼ専門店じゃねーぞ」
「忙しいのはいい事なんだけどねぇ」
夕方に材料が底を尽きた事で本日の騒動は一旦落ち着いたものの、明日のことを考えると頭が痛い。一過性のブームであるとはいえ、しばらくこの熱気は続くだろう。わざわざ飛行船に乗ってここまで来てから売り切れでした、と言うのも申し訳ないため、下の空港でアナウンスを流してもらう事態にまで発展していた。驚きの展開だ。
「まあ明日を乗り切りゃ明後日は店休日だ。気合い入れて頑張ろうや」
「カウマンさん、でもいいんですか? こんなに人が集まってるんだからお店開けた方がよくないですか」
「何言ってんだ、ソラノちゃん。忙しいからこそ休みを取らんと倒れちまうぞ」
「そうさね。どうせ明後日は花祭り当日なんだ。貴族は城に、平民は広場に繰り出すからこっちにゃ誰も来ないよ。仕入れた苺が無駄になるだけさ」
「あ、そっか」
閉店後の店の中でマキロンがテーブル席に座って水を飲みながらそう言った。誰もかれもが休憩をとる時間が無かったため今日は繰り上げ閉店となっている。全員昼食を取り損ねていたので、五人でだらだらと賄いを食べながら雑談を繰り広げる。本日の賄いはビーフシチューだった。カウマンの作るビーフシチューは完璧なる美味しさを誇っているのでソラノはこれが大好きだ。
疲れた体に染み渡るデミグラスソースの濃厚な味、空腹を満たすごろっとしたお肉、舌で潰せるほどに柔らかい野菜たち。パンだろうがご飯だろうが主食が進む味わい。ちなみにソラノはご飯を食べている。
店の全面がガラス張りになっているため、カーテンを閉めて中は見えないようにしていた。
「往復二千ギールも支払って、わざわざデザートを食べに来るか?」
レオが凄まじい勢いで皿を空っぽにしておかわりをよそっている。その表情は険しい。
「いやまあ、それが女子の流行ってもんだよ」
「ワカンねぇ……俺もう当分苺はいいや」
「そう? 私はまだ食べられるなぁ」
げんなりするレオにソラノがそう声をかける。
「砂糖がけもいいけど、チョコレートをかけたやつとかも美味しいよね。生クリームを間に挟んだやつとか」
「おい、やめろ。レパートリーを増やすな。ここは苺デザートの店じゃないだろ」
心底嫌そうにレオが言う。
「甘いもの苦手? 昨日は美味しそうに食べてたじゃん」
「嫌いじゃねえけどこんなにずっと見続けたら嫌になる」
「まあ確かに……」
今日は店内の接客はマキロンに任せっきりで、ソラノとレオはずっと店の外でテイクアウトの対応に追われていた。
「にしても、店ってこんなやる事いっぱいあるんだな」
ひとしきりビーフシチューをかっ込んで腹が満たされたらしいレオが言う。
「レオ君の家は商店街にあるんだっけ。なんかお店やってるの?」
「おう。薬草店だ。弟が店の手伝いしてるけど、俺は何もしてこなかったからよ」
長い足を組み、考え込む。
「悪いことしたなあと思ってさ」
「今から手伝えばいいじゃない」
「それは……うーん」
「あ、でもそれだとこのお店辞めることになっちゃうのかぁ」
それはそれで残念だな、とソラノは思う。せっかく仕事も覚えてくれて仲良くなったのに、辞めてしまえばそれまでだ。
レオはうんうんと唸っている。
「もうすぐ約束の食い逃げ分の働きは終わっちゃうしね」
「そうだなぁ。でも俺がいなくなると困るだろ」
ツリ目がちなレオが何かを期待するようにこちらを見た。ソラノとカウマン一家の四人は示し合わせたように頷く。
「そりゃ困る」
「アタシの腰痛もせっかくマシになってきたのに、いなくなったらまた元どおりさ」
「他の奴を雇うにしたってまた一から仕込み直しだからな」
「年の近いレオ君がいてくれる方が私も嬉しい」
「お、何。俺って愛されてるな」
満更でもなさそうな表情をレオが浮かべる。ここに来るまでの数年間、過酷な生活を送っていたせいなのかレオは求められることに喜びを見出す性格をしていた。実際レオがいてくれた方が助かるので嘘は言っていない。
しかし残るかどうかはレオが決めることだし、冒険者に戻りたいのであれば止める権利はない。
カウマン一家も何も言わずにビーフシチューを食べ進めていた。何気に全員三杯はおかわりをしている。
そんな雰囲気を察したのかレオは自ら話題を変えてきた。
「ま、それは後で考えるとして、とりあえず明日一日も頑張ろうぜ」
「そうだね」
「明日が終われば花祭りに行けるしな!」
「そうそう。楽しみ!」
そうだ、久々に中心街へと行ける。そういえばデルイとまともに話すのも久しぶりではなかろうか。このフリュイ・デギゼフィーバーに沸く店にデルイは顔を見せていない。仕事に勤しんでいるのだろう。健全でとてもいいことだと思う。
しかし積もる話や聞きたいこともあるわけで、明後日に店外で会えるのが楽しみだ。
閉店作業をしながら明後日のことに思いを馳せた。
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