第104話 フィーバー①
「大変なんだよ、苺と砂糖と水飴を市場でたんまり仕込んでから急いでお店に来ておくれっ!」
家に備わっている通信石からマキロンの焦った声が聞こえて来た。
「母さん、何がそんなに大変なんだ」
起動するなりそんな大声が飛んで来ていまいち事情がわからないバッシがそう尋ねる。まだ店は開店前のはずで、カウマンとマキロンは仕込みをしているはずの時間だ。店から助けの連絡が来ることなど初めてでソラノとしても理由を聞いておきたい。遅めに起きたソラノはまだ着替えて朝食を食べ終えたばかりで歯磨きをしている最中だった。
「何がって、フリュイ・デギゼさ! 朝から店には大行列ができててね、これじゃアンタが昨日仕込んだ分はあっという間になくなっちまうよ。こんな人数分は用意できないって説明してるんだけどね、王女様と王子様が召し上がったデザートを是非食べたいと列は途切れないし、朝からてんてこ舞いだよ!」
ソラノとバッシは顔を見合わせる。
「わかった、すぐに行く」
通信を切ってから二人はすぐに支度をして市場へと向かった。郊外にある市場は中心街の市場より規模は劣るが必要なものは揃う。
久々に市場へと行ってみると、屋根や建物の壁面に伝った緑がけぶり花がそこかしこに咲き誇っている。郊外でこれならば中心街はもっと華やかな事だろう。
雲より高い位置にある空港は年中晴れており、建物内は温度が一定だからわからなかったが随分と過ごしやすい季節になっていた。かといってもこの国は日本よりも気温が低く、花が咲き誇る季節であっても長袖でないと寒さを感じる。
目的のものを買うべく市場の中をうろついた。果物店に売っている苺をありったけ、バッシが持ってもひと抱えあるような木箱三箱分を注文し、水飴も購入し、今は砂糖の買い付けに向かっていた。
歩きながらソラノは昨日のことを思い出す。
フローラがまさかの王女様で、探し人が婚約相手である他国の王子様だとは思いもよらなかった。大勢の護衛に囲まれた二人は周囲の目など歯牙にもかけず、仲睦まじくフリュイ・デギゼを食べてから一緒に王城へと去って行った。仲がいいことで何よりだ。
その後、二人が注文したデザートを食べようと店には客が詰めかけてとんでもない事になった。フリュイ・デギゼ以外の注文が一切入ってこないような状態になり、あっという間に品切れになってしまった。
今日もきっと売れるだろうからと見越して朝から多めに仕入れをし、わざわざ自宅でバッシがせっせと作成し、それを持ってカウマンとマキロンが午前の営業に向かったわけなのだが。
「フリュイ・デギゼがまさかそんな人気品になろうとは……」
「王族が口にしたものってのはそれだけで話題を呼ぶからなぁ。見込みが甘かったか」
店の親父に砂糖をどっさりと計ってもらいながら二人でそう感想を漏らす。噂というのは巡るのが早いものだが、こうも早いとは。ネットも無いような世界なのに恐ろしいほどの伝播力だった。
「他のお店でフリュイ・デギゼは出していないんですかね」
「出してはいるだろうが、王女殿下と王子殿下が召し上がった店のものを食べたい、という気持ちが高いんだろうな。明後日には舞踏会が開かれるし、貴族の淑女はそこでの話のタネにするためにも一度うちの店で食べておきたいんだろう。庶民は単なる好奇心だな」
「ありゃ、いきなり人気店ですね」
大柄なバッシは道幅が狭い市場で場所を取る。他の人と肩がぶつかりそうになりながらも器用に避けて歩いた。
「昨日の夜の感じだと、また他の料理の注文が入らないかもしれないなあ」
「それも困りますね。客単価が……」
「デザートと紅茶だけで居座られるのも困りもんだな」
やんごとなき身分の方というのはどれほど店が混んでいて待ちの行列が発生していようと急いで食事をして帰るということはしない。客単価も回転率も下がってしまっては売り上げに影響が出てしまう。
「しかもあのマキロンさんの調子だときっと職員さんたちもフリュイ・デギゼを食べたがりますよね」
「だろうなぁ。持ち帰りにするには皿が足りん」
バッシが腕を組んでうむむと唸った。
「あ、そうだ」
持ち帰りと聞いてソラノはふと、昨日の休憩時間にフリュイ・デギゼを食べた時のことを思い出す。
「もう一軒寄って行っていいですか?仕入れたいものがあります」
「うん? 構わんが、何だ?」
ソラノは自身より随分と背の高いバッシを見上げてにこりとした。
「木串です」
「王女殿下が召し上がったフリュイ・デギゼを求めてきたんですけど」
「殿下が王子様と頂いたというデザートはこちらにありますの?」
「あの、満席ですか?お嬢様がフリュイ・デギゼを是非ともとご所望なのですが」
「席が空くまでにどれほどかかります?」
開店するなり店は大繁盛だった。噂が噂をよび、フリュイ・デギゼを求める人だかりができている。貴族平民の身分に関係なく、若い女性が中心だ。
たった一晩しか経っていないのに恐ろしい事だ。今日でこれなら明日以降どうなってしまうというのだろう。すでに行列は第一ターミナルの待合所まで長く伸びている。
「押さないでください、順番に!」
「こちらの壁に沿って並んで下さい!」
下船したばかりの旅行客も何事かと足を止めてこちらを伺っているし、ターミナルで渋滞を起こしていて軽く混乱が起こっていた。ソラノとマキロン、これまた朝から呼び出したレオの三人では列を整備しきれずに、空港職員が交通整理に駆り出されてしまい申し訳ない気持ちになる。来ているのは商業部門の事務職員達だった。
一刻も早くこの事態を収束させねばとソラノは大声を張り上げた。
「店内ご利用のお客様は食事とセットでお願いいたします。テイクアウトご希望のお客様にはこちらで今すぐにひと串三百ギールでお売りいたします!」
客の間でざわめきが起こった。連れと相談しだす者、一人で腕を組んで悩み始める者。この行列具合ではいつ店に入れるかわからない。時間ももったいない事だしとりあえずテイクアウトにするか、と考えた客は手を伸ばす。そうでない客は店に入るべく並んでいた。食べ歩くことに抵抗のない一般庶民はほとんどがテイクアウトに手を挙げた。店内接客はマキロンに任せてソラノは列をさばくことに注力する。
「すみません、テイクアウトで」
「わたくしもテイクアウトにいたします」
「私も」
「はい!」
大きなトレーにフリュイ・デギゼを山のように乗せて配っていく。蛇腹に並んだ客達は大人しく代金を支払い、代わりに品物を受け取った。串に縦三つに並んで刺さっている、つやつやとした苺達。言わずもがな、屋台で並んでいるりんご飴から着想を得た一品だ。
これならばお客様を待たせる事なく商品を渡すことが出来る。店内は食事もするお客様を通すことが出来るし、お弁当を買いに来た職員達にも簡単に売ることが出来る。一石二鳥どころか一石三鳥だ。
「串に刺して売るなんてやるな。昨日言ってた屋台で売ってるってやつか?」
「うん。私の世界だと結構ポピュラーだったからね」
バッシが怒涛の勢いで作っている追加の品をレオが持って来てくれた。本来ならば溶かした飴を固めるのに時間のかかる品だが、魔法の力で素早く固めている。便利だ。
ちなみにカウマンは弁当とサンドイッチの準備、そして店内利用客の料理の用意をしていてこれはこれで忙しそうだった。
「これが殿下達が召し上がったフリュイ・デギゼ……」
「きらきらしていて綺麗」
「立ったまま頂くのははしたないわ。せめて座りましょう」
着々と商品を配るソラノの手腕によって伸びる一方だった列は縮んでいき、代わりに待合所に用意されている木製のベンチに座って手にしたフリュイ・デギゼを齧る人々でいっぱいになった。
「レオ君、お弁当とフリュイ・デギゼを一つ!」
「レオ君、私もお弁当とフリュイ・デギゼ」
「はいよー!」
そうこうしているうちに今度は職員の昼休憩の時間になってしまい、お弁当とデザートを求める人の声が飛んでくる。列整理に駆り出されていた商業部門の職員でありソラノの友人でもあるアーニャもフラフラと近づいて来た。まだ午前だというのに疲労しており、金髪のボブヘアーから飛び出している兎の耳がヘニャリと垂れている。
「朝からすごい騒ぎだったわね。デザートを求めてここまで人が来るなんてあり得ないわよ」
「王女様と王子様の宣伝効果のおかげだね」
お弁当を手渡しながら答えるとアーニャは力なく笑った。
「いや本当に。で、これがそのフリュイ・デギゼってやつね?」
お弁当の上に紙を敷いて置かれた木串を見つめる。興味津々といった風だった。
「素敵なデザートね! 食後に食べるのが楽しみ」
「食べたら感想聞かせてね」
ひらひらと手を振って見送った。久々の昼営業からの出勤は新鮮な気持ちだった。
ターミナルには目当てのものを食べ終えて王都へ降りようとする人の列と、これから店へ来るために飛行船から降りて来る人の列が渾然一体となっていた。もちろん普通の旅行客だって沢山いるので大混雑だ。
せめてもの救いは、フリュイ・デギゼを求める人々は飛行船から一度にどわっと出て来るので、その列さえ捌けば一時の落ち着きを取り戻せるという点か。
ターミナル中に苺の甘い香りが充満していた。
「おーい、ソラノ、これ追加のやつな!」
「はーい、ありがとう」
再びレオが追加の品を持って来る。次の行列に備えるべくソラノは気合いを入れ直した。
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