第97話 休憩時間

「フリュイ・デギゼですか」


「フリュイ・デギゼだな」


「フリュイ・デギゼって何だ?」


「フルーツの砂糖がけだ。デギゼは『変装した』って意味を持っててな、果物を煮詰めた飴でコーティングしたんだよ。ほら、見てみろ」


 レオの疑問を受けてバッシがそう言い、フリュイ・デギゼをその大きな掌全体で指し示す。その先ではキラキラした透明な飴を纏<まと>った苺が宝石のように輝いていた。


「凝ってんな」


「女王のレストランでパティシエが作ってたのを教わったんだ」


 三人でこんなのんきな会話を交わしてはいるが店は多忙を極めていた。何しろ花祭りまで後三日のところまで来ており、旅行客の流れはいよいよピークに差し掛かっている。今回の場合やって来るのはほぼ物見遊山の貴族と、この機にかこつけて一儲けしようと狙う商人達だった。

 故に店にもその類の人種がひっきりなしに訪れては食事をして帰っていく。もしレオがいなかったらば間違いなく客を捌<さば>き切れなかっただろう。

 今は束の間の休息だ。ソラノの勤務時間の少し前、午後二時頃はいつも人が少ない時間帯だった。

 ソラノはカウンターから顔を覗かせて客席を見た。客の姿はテーブル席に三組のみ。料理と会話に夢中になっているし、まだ店にいるマキロンが見ているので多少は目を離していても問題がない。

 空いているテーブル席の二つとカウンター席の一つには予約の札が置いてある。先日フローラが席の予約を頼んで来た時に用意したもので、今日は三組のお客様が予約の旨を伝えて来た。


 レオは今日も元気に皿を洗っている。だいぶ店に慣れたので料理を出したりワインを注いだりしてもらっており、しかも当初約束していた勤務時間を過ぎて閉店までの手伝いを買って出てくれていた。


「昼からずっと立ちっぱなしで働いてて大変じゃない?」


「そんならバッシさんとソラノだって同じだろ。それに冒険者やってた頃に比べたらこんなの軽い軽い」


 そう言って笑って働くレオは頼もしい。本当に疲れなど感じていなさそうで、「それに金にもなるしな!」なんて軽口を叩いている。


 ソラノは笑って目の前の皿に盛り付けられたフリュイ・デギゼをフォークでプスリと刺して見つめる。艶やかな飴は光に反射して輝いている。一齧<かじ>りしてみると、軽く歯を立てただけで薄い飴の膜がパキリと割れて中の苺の果肉に行き合った。

 ジューシーな苺の甘みと水飴のとろりとした甘み。どちらも程よくて二、三個ペロリと食べられそうだった。


「味はどうだ? ソラノ」


 バッシが感想を求めて来る。


「食べるまでは見た目がりんご飴みたいだなあって思ってたんですけど、苺の方がりんごより小さくて果肉が柔らかいから食べやすいですね」


「りんご飴?」


「私がいた国でお祭りの屋台によく売っていた食べ物です。りんごを丸ごと水飴でコーティングしていて、見た目は可愛いけど甘いしベタベタするし、大きすぎるから食べきるのが大変で」


 子供の頃誰しもが一度は食べたがるあの食べ物は、買ってみると持て余すことがほとんどだろう。最近は小さい姫りんごで作ったものが売られているが、あれで十分だ。


「このフリュイ・デギゼは飴のコーティングが薄いから甘過ぎなくて美味しいです」


 言いながらフォークに残ったもう半分を口に入れて咀嚼する。飴のパリパリした食感と苺の優しい果肉の食感が相反していて面白い。

 連日の立ち仕事で酷使し続けている体に甘いものが染み渡った。

 

「やっぱり疲れているときは甘いものが一番ですね!」


 早く花祭りへ行ってカイトとマノンが開くという屋台でカフェラテとケーキを食べたい。


「俺も一個もらお」


 レオが手でつまんで苺を口に放り込む。頰をリスのように膨らましながら「うま」と言った。続けてもう一つ。そうかと思ったら二つ掴んで口に入れる。レオは店で賄いを大量に食べるのだが、カウマン一家は同じくらいよく食べるので誰も気にしていない。

 カウマンなんかはむしろ「若いんだからいっぱい食っとけ!」と言ってどんどん食べさせようとしていた。


「ところでソラノ、明々後日の休みに花祭り誰と行くんだ?」


「デルイさん」


 二つ目の苺をフォークに刺しながら即答する。花祭り本番の日は丁度店休日と重なっていて、当日ともなると空港の利用客の流れも落ち着くから通常通り休みにしている。

 デルイも休みをもぎ取ったと言っており、その日は二人で祭りを見て歩く予定だ。


「レオ君は?」


「俺は幼馴染と」


「へー、女の子?」


「女も男もどっちもいんな。全部で……十人くらいか」


「あ、大所帯な感じね」


「おう。俺ん家は商店街にあってよ、みんな小せえ頃から仲よかったんだ。一緒にパーティ組んでた奴もいる」


 冒険者時代のことは既にレオの中で消化されたのか、皿洗いに戻りつつ懐かしむように目を細めた。

 ソラノは目線を苺に戻す。


「このデザートなら今日もフローラさんに喜んでもらえるね」


「ああ、毎日来てるよな」


 あどけなさが残る顔立ちながらも全身から気品が溢れているフローラは、お供のロレッツォと共にここ最近毎日店にやって来る。その日のおすすめや通常メニューをコース仕立てで注文し、四時間ほどかけてゆっくり食事をしてから帰って行くのだ。

 食事を楽しんでいるのも間違いないが、明らかに人を探している様子だった。


「探している人見つかるといいね」


「ああ」


 誰を探しているのか、などと野暮なことは尋ねないが皆が気にしていた。

 気になるといえばソラノはここ数日のデルイの様子も気になっていた。

 空港全体が忙しく、昼の弁当はともかく夜の営業で職員がやって来ることが少なくなっている中、デルイだけが席の予約までして連日店を訪れている。しかもいつもと様子が違うことにソラノは気がついていた。

 具体的には、酒量が少ない。そして一人で来ている割に滞在時間が長い。

 いつもならばワインを五、六杯は飲んでいるのが、ここ最近は二、三杯と数皿の料理で一人カウンターに座っている。些細な違いだが毎日店で見ていれば否が応でも気がついてしまう。

 ソラノも忙しいので会話らしい会話もそんなに交わしていない中、なぜそこまで粘って居座っているのかいまいち理由がわからなかった。


「ルドルフさんがこないだベントー買いに来たんだけどさ、保安部忙しいのにデルイさんだけ残業しないですぐ帰るっつって愚痴こぼしてたぜ」


 ソラノの考えを当てるかのようにレオがそんな話題を振って来た。ソラノは顔をしかめる。


「後輩のスカイさんに報告書の作成を押し付けて帰って行くんだとよ。そんでこの店に来てるもんだから評判悪いのなんのってさ」


「そんな感じの人じゃないと思うけど」


 反射的に庇ってしまった。仕事に対して中途半端な人間ではないと思うが、ならばなぜそんな行動をとるのかと聞かれたら答えられない。何しろ店に来ていたってまともに会話をする隙もないのだ。忙しさのピークの時間に来店してひと段落つく頃には帰っているデルイに、なぜこの店に来るのかを問いかける暇などない。


 三つめのフリュイ・デギゼを食べようかどうか少し迷っている間に、扉からすっかり見慣れたラベンダー色のワンピース姿のお嬢様とその従者が入って来るのが見えた。 

 ソラノは立ち上がる。

 色々と気になることはあるが、とにかく自分の仕事をしなければならない。

 カウンターから出て行き、本日一組目の予約のお客様を出迎えに行った。

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