第85話 夜鳴きラーメン②
「あ、美味しいわね」
「でしょ? ローズさん、私の気持ちわかりますよね?」
「確かにこれなら後五杯くらいは食えんな」
「レオ君はどうしてそんなに同じものを連続で食べんの」
「腹減ってんだよ。オッチャン、替え玉くれ!」
「あいよ」
気を持ち直して二杯目はテーブルを囲う皆と同じペースで食している。
レオは当初の約束どおり、本日働いた時間からミートローフ代を差し引いた半分を賃金としてバッシから渡されており、それを握ってこの場に来ている。夜鳴きラーメンは安めだがレオの胃袋は常に空っぽらしく、このままだとあっという間に金が底を尽きるだろう。
「レオ君貯金できないタイプでしょ」
「冒険者は宵越しの銭は持たねーんだよ。ね、デルイさん」
「俺は冒険者じゃないからそんなことしない。ついでに金を使うところがなかったから余っている方だ」
妖樹を倒したという話を聞いてレオが感銘を受けたのか、なぜかデルイに懐いていた。レオは身長が高いのでテーブルが膝下にきてしまっており、食べにくいため温くなった丼を両手で抱えて食べている。
「あー、ラーメン最高」
ソラノは心底そう言った。カウマン一家の作る料理は文句なしに美味しいのだが、たまに無性にジャンキーなものが食べたくなる。庶民のサガだった。
「にしても、結局その妖樹の種を持ち込んだのって誰だったのかしらね」
ラーメンを食べていても色っぽいローズがそう疑問をこぼした。これにはデルイが答える。彼は長い脚を組んで上半身をやや丸めてテーブルに顔を近づけ、ラーメンをすすっていた。
この二人はラーメン屋台が死ぬほど似合っていない。
「まだはっきりとしたことはわかってない。ほとんどの乗客が昏睡しているからね。これから事情聴取になるだろうけど、その辺は王都の騎士の仕事だからな」
「これだけ各部署に影響を与えたんだから、はっきり犯人を突き止めてほしいわよね」
「妖樹ってのは森の深くに棲んでるから、種を手に入れるのも大変なはずだって話でしたよ。どっかの冒険者がたまたま見つけたのを拾って、ギルドに提出し忘れていたか、商人が騙されてつかまされたか。何にしろ解明は時間の問題っすよ」
スカイがそう言葉を続ける。
組織で働くというのは大変だ。特に空港のような大きな場所となれば、関わる人間も多くアクシデントが発生した時の影響も計り知れない。一つの小さなミスが連鎖して思わぬところに影響を及ぼすこともある。
「あーあ、俺も足さえ怪我してなけりゃ一緒に働けんのにな。保安部?ってのも中々面白そうな仕事じゃん」
「腕があって賢くないとできない仕事だよ。こっちのスカイは騎士学校を首席卒業してる」
「なっ!?」
レオがびびった声をあげた。無理だ、と小さくつぶやいてから勢いよく麺を啜った。
「俺たちは船が壊れなきゃどうだっていい……マジで」
「ジョセフはとばっちり食いやすいからなぁ」
げっそりした顔のジョセフをノブ爺が慰めていた。
「ヴィクトーさんも大変そうでしたしね」
「管制塔は責任重大な仕事だからねぇ。慣れない人間に任せるわけにいかないから、緊急時はベテランが張り付かざるを得ない。ヴィクトーさんは仕事ができる人なんでしょうね」
ローズがそう答えてくれる。いろんな仕事があって、エア・グランドゥールという空港は存在しているんだなとソラノは思った。
「ごちそうさまでしたー」
二杯目を食べ終わったソラノはフゥと息をつく。
まだ夜は寒い春先に、暖かいラーメンは心地いい。お腹の中からポカポカする。
代金を支払ってぞろぞろと七人で夜道を行く。
「美味しかったなぁ……あのお店昼もやってるんですか?」
「いんや。夜の十一時からだ。昼は店主が仕込みの狩に出かけてる」
「十一時かぁ」
ノブ爺の言葉にソラノは落胆した。昼間ならいざ知らず、そんな時間に人通りの寂しいこの場所に一人で来るのは危険だ。一度襲われたことがあるソラノはそれ以降一人で夜道を歩く真似はしていなかった。
またノブ爺さんが来るときに誘ってもらおう。そう思ったとき、隣を歩くデルイが明るく話しかけて来る。
「ね、ソラノちゃん。ラーメン美味しかったね」
「はい……」
「また今度一緒に来ようか」
ソラノはデルイを見上げた。にこり、と笑ってこちらを見ている。
「いいんですか?」
「うん」
ソラノがまたこの屋台に来たいという気持ちを汲んでのこのお誘いだろう。
感動した。この人めちゃめちゃ優しいな……。
「あの、デルイさんが都合いい時でいいんで」
「うん」
「お願いします」
「わかった」
デルイと想いが通じ合ったのはつい先日のことで、日も浅いのにデート先に夜鳴きラーメンを指定するのはどうなのかと我ながら思った。高校時代、そんなデート話は友達から聞いたことがない。しかし彼の横顔を見ればとても楽しそうな顔をしているから、まあいいのかなと思い直す。
見た目も能力もハイスペックなデルイだが、実は望んでいることはそんな大それたことではなく、ごく普通の幸せを望んでいるということがソラノにはわかっていた。じゃなきゃ自分を好きになるはずがない。
与えられるばかり、というのはソラノの性に合わない。だからソラノも自分にできることで精一杯お返しをする。具体的には料理を頑張っている。
「デルイさん、また肉じゃが作りに行きます」
「あ、本当? ソラノちゃんの作る料理はバッシさんとは違う方向で美味しいから嬉しい」
色々あって作らなくなっていた肉じゃがをソラノはカウマンとバッシに教わって真面目に作るようになり、今ではそこそこなものが出来上がるようになっていた。目指すは料亭肉じゃがだ。人参の飾り切りがうまくできずに苦戦している。
「あ、そこ、なんかいい雰囲気になってる」
振り向いたスカイがそうからかってきた。ここで悪ノリするのがデルイという男だ。徐<おもむろ>にソラノの手を取り、繋いで指を絡ませてきた。
「いいでしょ」
「ずるい、俺も彼女が欲しいっす」
「お前はまず仕事をもっと頑張れ」
「ソラノちゃん……そんな奴のどこがいいの」
「まあまあジョセフさん。貴方にもそのうち春が訪れるわよ」
がっくりしているジョセフをローズが慰めた。
歩いている七人は職場が同じながらもこれまで接点はなく、店で知り合いなんとなく会話する仲になったらしい。お店がつなぐ縁になっているなら、そこで働くソラノとしては嬉しい限りだった。
ソラノはポツリと零した。
「春ですね」
「春だね、季節的にも」
王都は春だ。花と緑の都であるここには命が芽吹き、様々な種類の花が蕾をつけている。間も無く街は目にも美しい色で彩られるはずだ。
「もーすぐ花祭りの時期っすね」
そう言うスカイにソラノが首をかしげた。
「花祭り?」
「ソラノちゃんは知らないのね。もうすぐ王都の中心街で祭りがあるのよ」
「あ、そうなんですか。楽しみ」
「楽しいけど、覚悟しておいたほうがいいわよ?この時期はお祭り目当てで各国から続々とお客様が訪れて、空港はそれはもう大忙しなんだから」
「つまり稼ぎ時ですね!頑張ります」
ソラノは片手をぐっと握って拳を作った。もう一方の手は繋がれたままにしている。自分よりも大きな手はゴツゴツしており、包まれているようで心地よかった。
この世界に来て一年目は店を立て直すことに必死で、他のことに構っていられなかった。
二年目になった今、今度はこの世界のことをもっと知りたいと思える余裕が出て来ている。
「私、知りたいことがたくさんあるんです」
「ゆっくり知っていけばいいよ。俺も教えるから」
横を歩くデルイが微笑んだ。
「はい!」
深夜にほど近い時刻、吹く風は冷たくとも心は暖かかった。
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お読みいただきありがとうございます。
閑話を一つ挟みまして、次回より二年目・春を掲載予定です。
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