第83話 豚肩ロースのブランケット
「こんばんは、ジョセフさん、ノブ爺さん! お待ちしておりました」
「こんばんは。って、待っててくれてたの?」
「はい、お疲れ様です」
「カウンター席が職員で随分賑わってんなぁ」
ソラノの狙い通り、船技師のジョセフとノブ爺がやって来た。二人とも作業着からは着替えているが、頬やら腕やらが黒い。船を整備した時に付着した汚れが落ちきっていなかった。ジョセフはいつも頭にタオルを巻いているから、それを取った今髪型が崩れてペタンとなっている。ジョセフも身長が高いのだが、かれこれ半日レオを見ていたからかいつもより小さく感じた。
ひとまず空いているカウンター席に座った二人に、ソラノはカナッペとワインを差し出した。
「おっ、これどうしたの?」
「サービスです。今空港が大変だって聞いたので」
「あー、もう聞いちゃった?」
「はい」
ソラノがにこりと笑っていうと、ジョセフはワイングラスを持ち上げてため息をついた。ノブ爺はもしゃもしゃとカナッペを食べている。二人とも指先が真っ黒で、これはもう職業上落ちない汚れなんだろうな、とソラノは思った。
「ご注文、どうします?」
「んー。この後二軒目に行く予定だから……一皿でがっつり食べられるものがいい」
「じゃ、豚肩ロースのブランケットどうでしょう。クリーム煮の豚肉の上にライスが乗ってます」
「いいね、じゃそれにする」
「俺も」
「はい」
ソラノは二人ぶんの注文を通した。細々接客して戻って来るとジョセフが話しかけて来る。
「俺は本当は第五ターミナルの担当ってことは知ってるよね」
「はい、前にお世話になったので」
「でも今回人手不足で案の定駆り出されてさ。ノブ爺も一緒に」
「おう、俺はどこだって構わねえがよ」
ノブ爺が頷いた。ジョセフはカナッペを摘み上げるとひょいと一口で食べてから、言った。
「つまり妖樹の仕業なんだよなぁ」
「そうらしいですね。船、直ったんですか?」
「いや、動力部だけ修理してなんとか動くようにしたって言った方が正しい。全部直すのは時間がかかりすぎるから、下に持って行って工場送りになる」
「なるほどー」
ジョセフはそこで、ギロッと隣の隣の隣の席に座っているデルイを睨みつけた。
あ、ヤバイなとソラノは直感する。
「つまり、そこの保安部の人間のせいなんだよなぁ!」
「ん?」
「お前討伐に加わっただろ……! また船壊しただろ!」
「俺が討伐に加わったのは事実だけど、船を壊したのは魔物だ」
「そうかもしんねえけど、直す方の身にもなってみろってんだ!」
保安部に勤めるデルイと整備部に勤めるジョセフは仲が悪い。壊す側と直す側で相容れないものがあるのかもしれない。
「バッシさん、ブランケット早く早く。ヒートアップしちゃいます」
「おう待ってろ、すぐ出来る」
料理を出して話題を逸らそうとソラノはバッシを急かした。そうこうしている間も何だか言い合いが発展している。
「もっと被害を抑えた倒し方できねえの?」
「そんなに言うなら、お前たちで討伐してくれば?」
「この野郎っ……じゃあお前らが船の修理をしろよ」
「無理に決まってんだろ」
「なんでこの二人こんなに仲悪いのかしら」
「さあ……でも先輩がこんな風に言い合うのは珍しいから、よっぽどっすね」
ローズとスカイがそんなことを言っている。レオは後ろでまたもや料理の名前について疑問を呈していて、バッシに解説をされている。
「なんでこれがブランケット? 豚肉が毛布被ってるって意味なの?」
「ブランケットは料理用語で、白身の肉を小麦粉や生クリームで白く仕上げるって意味だ。
「へえー……」
「バッシさん、出来上がったならお料理頂きます!」
シュバっと料理を持ち上げてジョセフとノブ爺の前に差し出した。
「お待たせいたしました、豚肩ロースのブランケットです!」
やや大きめな声で言う。この料理を最初に見た時ソラノはちょっとびっくりした。
だってご飯にクリームシチューが添えられてるんだよ?
下処理をして臭みを抜いた豚肩ロースはごろごろと大きめの塊で。人参、玉ねぎ、マッシュルーム、
別の鍋でバターと小麦粉、煮汁によるホワイトソースを作ったらこれを鍋に移して、生クリームと入れて塩胡椒で味を整える。
そしてバターライスを作ってココット型で抜いたらお皿の真ん中に置き、この周りにブランケットをそっと盛り付ける。
いい匂いにつられて言い争いを止め、ジョセフは嬉々としてこちらを見た。
「こちらは肉料理ですけど辛口の白ワインが合いますよ。ご一緒にいかがでしょうか」
「おっ、いいな。頂くぜ」
「じゃあ俺も」
「はい、かしこまりました!」
そして二人はパクリとバターライスとともにブランケットを口に入れる。
「こりゃうめえ」
「んーっ、たまんないな!」
「ありがとうございます」
これはソラノも本日の賄いで食べたが、濃厚なバターライスとブランケットの味わいがたまらなかった。生クリームで仕上げたソースは牛乳のものより味が濃い。お皿にてんこ盛りで食べれば胃にもたれるだろうが、やや少なめな量が丁度良かった。
ご飯にカレー、は常識だけどご飯にシチューは意外だった。食べるにしてもいつも別皿に分けて食べていた。
いやいや、これはブランケットであり決してシチューではないのだけれど。この料理に関しては名前云々よりもその盛り付けの方に衝撃を受けた。
そんなことを思いながら本日は賄いを食べた。
「うまいもの食ってれば、仕事のことなんてどうでもよくなるな」
「どうせ明日にゃまた働くんだ、終わった後まで考えてイライラしなくたっていいだろ」
ノブ爺にそう諭されてジョセフはバツの悪そうな顔をした。
美味しい料理は人の心を平和にする。一触即発状態だった二人は和やかに料理を食べ始めた。ちなみにデルイはブランケットは食べていない。先ほどの包み焼き<パピヨット>を食べている。
ソラノは胸をなでおろし、この隙に他のお客様の様子を見て回った。カウンター席には職員がひしめいているが、テーブル席は普通に空港利用のお客様でいっぱいだ。店が忙しく、ソラノは嬉しい。
一通りの接客が終わったところでソラノはジョセフに尋ねてみた。
「そういえば、二軒目ってどこに行くんですか?」
「え? あー、大したとこじゃないよ」
言葉を濁したジョセフにノブ爺が横槍をいれてきた。
「そうだ、ソラノちゃんも行くか?」
「え? 私も?」
「バカッ、ノブ爺、あんなとこにソラノちゃん連れていけるかよ」
「いやいや、多分ソラノちゃんなら行くって言うと思うぜ」
そんな風に言われたら興味がむくむく湧いてくるというものだ。
「どこに行くんです?」
興味津々のソラノにノブ爺がシワが目立つ顔にふっと笑みを浮かべて言った。
「屋台だ。夜鳴きラーメン」
「!!!!」
声にならない悲鳴をあげて、ソラノのテンションが間違いなく今日イチ上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます