第79話 妖樹の話
「終わった。スカイはどうだ?」
「俺まだ報告書が……」
「見せてみ」
空港保安部職員のデルイは自身のデスクで後輩のスカイの報告書を確認した。
「ここの書き方を変えた方がいい。出現した
「あ、そっか」
「あとターミナル間違ってるぞ。第二じゃなくて第三だ」
つい数日前からデルイはソラノのいる店へ行けない状態が続いていた。
理由はといえば、現在スカイの報告書を添削している通り、第三ターミナルに妖樹と呼ばれる魔物が出現してその討伐に追われていた為だ。
豊富な魔素を吸収して成長した妖樹はあっという間に船を乗っ取ったが、かろうじて防いだ冒険者と船員、船を動かす魔法使いによりエア・グランドゥールへと救難信号が送られた。
着港前から第三ターミナルを封鎖して対妖樹用に保安部と騎士団の混成部隊を結成し、事態の沈静化に当たったのが三日前。
討伐自体は割とすんなり片付いた。
なぜかというと、最近めっぽう機嫌がいいデルイが討伐部隊に名乗りを上げ、相方になったばかりの新人職員スカイを巻き込んで無双したからだ。
発芽したてながらも四百人もの人間から魔素を吸い取った妖樹は推定Aランクに認定され少数精鋭で討伐に挑んだ。巨大ガレオン船の船内図を頭に叩き込み、救出された妖樹の毒牙にかからなかった人間たちから聞き出し、本体のある場所にアタリをつけたデルイは先陣切って船に斬り込んだ。魔素を吸収しようと襲いくる枝々を撃ち払い、あるいは魔法で撃退し、嬉々として船内を疾走するデルイと必死に追いすがるスカイ。恐れを知らない彼の特攻気質に恐れ慄きながら他の人間が追随し、船の最奥、動力部となる浮遊石付近に根を張り陣取っていた妖樹と相対する。
収容人数五百余名を誇る巨大なガレオン船の最奥部に陣取っていた妖樹の全貌を見てとったデルイは、その悍ましい見た目に全く怯むことなく颯爽と駆け出した。
触手のようにウネウネと動く無数の枝、紫色の禍々しい葉を蓄え、脈動する実がたわわに実っておりドス黒い幹には双眼のような切れ込みが入っている。
「弱点は幹の双眼だ。一気に片付けるからついてこい」
デルイは目を細めて感覚を最大限に研ぎ澄ませた。迫り来る枝を軽々と避けるか斬り落とすかして突破し、急速に本体との距離を縮める。一歩遅れてスカイがついてきているが、物理攻撃を防ぐ障壁にビシビシと枝が当たる音がした。魔素をたんまりと吸った妖樹の攻撃は鋭い。スカイが自分で張った障壁は強力な一撃を喰らえば破られることがわかっていた。
「!!」
特大の枝が前後左右から迫り防ぎきれぬことがわかった時、スカイは思わず足を止めて目を瞑ってしまっていた。
「バカ、何やってんだよ」
スカイが魔素吸収を覚悟した時、デルイが髪をなびかせて颯爽と助けに入る。
「おら、お前右目な。俺は左目の方やるから」
ごく気軽に、しかし真剣な目つきでそう言うと一撃必殺の剣技で妖樹の左目を斬り伏せる。雷の魔法をたたえた剣は放電し、余剰のエネルギーで周囲の枝を焦がしていく。一拍遅れてスカイも右目を炎を纏った剣で貫いた。
弱点を貫かれた妖樹は幹を
「ハイおしまい。お疲れ様」
「先輩、鬼つよいっすね……」
「我々は出番すらなかった」
どうっと倒れる妖樹を見ながらそう言って、疲労の色すら見せないデルイを恐ろしそうにスカイが見ていた。騎士団に至っては討伐に何も成果を出せていない。後ろからくっついて来ただけだった。面目丸つぶれだ。
こうしてあっさりと倒れた妖樹だったが、後始末に時間がかかった。発芽したての魔物だったのが幸いし魔素を吸収され続けていた人たちは全員生きていた。全員を王都へと降ろすには船を地上の空港まで動かした方が手っ取り早いが、困ったことに妖樹との激しい戦闘のせいで動力である浮遊石といくばくかの機関が損傷してすぐには動かせない状態となっていた。
各関係部署へ諸々の調整をして船内の人間を他船に移す算段をつけ、デルイ達混成部隊は事態の推移や顛末を関係各所に報告。
この各所への調整は先日昇進を果たしたかつてのデルイの相方ルドルフが請け負うこととなり、方々から色んな意見が寄せられて苦労していた。眉間にしわを寄せてデスクで書類と向き合い、ひっきりなしに通信石で会話をしているのを聞いてデルイはこう言った。
「上に行くって大変だな。俺は一生現場でいいや」
ルドルフの眉間にシワだけでなく青筋が浮かんだのは言うまでもない。
妖樹をどうやって倒したのか、という部分の説明を王国騎士団、船がやってきた国の騎士団両方に説明したり、船内の検閲に付き合ったりしていたら三日があっという間に過ぎていた。そして一連の騒動を空港の保安部向けの報告書に認<したた>めてやっと今回の騒動とはおさらばだ。
「あーっ! やっっっと終わった。討伐はそれなりに楽しかったけどこういう事後処理が面倒だよなぁ」
デルイはカリカリとペンを走らせるスカイの横で、デスクに肘をつきながらいい笑顔で話しかける。
「先輩、なんで
「え? 嫌だよ。あそこには俺の親父と兄貴がいるんだ。そんな所で働いても面白くもなんともないね」
「子供ですか」
整った眉を微かにしかめながらそう言うとスカイからツッコミが返ってきた。バディを組んで一月経つがなかなかに馴染んできたんじゃないかと思っている。あまり畏<かしこ>まられるのは苦手なので、このくらいフランクに接する方がデルイは気楽だった。
「おし、終わったか?じゃ、さっさと部門長に提出して帰るぞ」
つい今しがた書き終えた報告書をさっと取ると自身のものと合わせて提出する。労いの言葉もそこそこにロッカーで着替えると、髪を整え第一ターミナルへと向かった。
「先輩嬉しそうっすね。そんなにあの店に行きたいんですか?」
「当たり前じゃん。三日会えてないんだ」
デルイがこんなにも早く帰りたがっている理由はスカイにもバレバレだった。というか別段隠す気もない。
三日ぶりにあの店の料理と、ソラノに会えると思うと嬉しい。
「スカイも行くか?」
「あ、じゃあ行きます」
「なんだかんだハマってるだろ」
「だって料理もワインも美味しいから」
「だろ」
デルイは我が事のように嬉しくなり隣を歩くスカイに相槌を打つ。
ビストロ ヴェスティビュール。
<玄関>という意味を持つこの店の扉をくぐれば、美味しそうな料理と芳醇なワインの香りが鼻腔をくすぐる。決して広くはないが瀟洒<しょうしゃ>な店内には来る人を誰でも迎え入れてくれる暖かな雰囲気が漂っている。そしてソラノが間発入れずにやって来て「いらっしゃいませ、今日もお仕事お疲れ様です」と労いの言葉と明るい笑顔を向けてくれる。仕事の疲れなど吹き飛ぶというものだ。
心なしか早足で第一ターミナルへと向かうデルイの横を苦笑交じりでついてくるスカイ。
「やー、でも、三日も会えないと先輩もっと不機嫌になるかと思いました。ほとんど毎日会ってますよね」
「さすがにそんなに余裕のない男じゃないよ」
寂しくはあるがたかが三日で落ち込むほど心の余裕のない男ではないと自負している。これが一ヶ月とかになれば話は別だが。そんなことを話していれば、あっという間に第一ターミナルにたどり着いた。
ターミナルの隅で柔らかな光を灯す店が見えただけで気分が高揚してくる。
ガラス張りの店内ではソラノが接客をしている姿が見えた。常時開け放ってある扉から一歩店内へと足を踏み入れる。ソラノが声をかけてくれるのを待っていたその時。
「らっしゃいあセェ!」
魚市場の親父のような威勢のいい声がデルイに降りかかった。
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