第78話 ミートローフ③

「……そんで飛行船内では携帯食を食ってしのいでたんだ。五日ぶりに船から降りて王都へ下ろうとしてたところでいい匂いがしてよ。覗いて見たらチョロそうな店員が一人と、奥に牛人族のオッさんが一人だけだろ?こりゃ食うだけ食って逃げられると踏んだんだ。んで店へと入った」


 十代という多感な時期に治安が極めて悪い国に長々といたせいで、倫理観と道徳観念がぶっ壊されたらしいレオは堂々と食い逃げの犯行計画を語る。


 そんなレオを見て、ソラノは思った。 

 同情はする。可哀想だとは思う。けれど無銭飲食は犯罪だし、それをこうも悪びれずに語るというのはどうなのか。


「何か私たちに言うことはないんですか?」


 ソラノとバッシはジト目でレオを見つめた。

 ジロジロジロ。


 二人に半眼で見つめられたレオはさすがに悪いと思ったのかコップを握りしめながら言い訳を始める。


「いや……あんなに食う気はなかったんだ。けど、ミートローフ? ってのが旨すぎて……ワインも旨かったし。止められなくなったんだよ」


 一口ミートローフを食べた時の衝撃は忘れられない。肉の肉たるがっつりとした旨味。それでいてパサつかずジューシーな焼き上がり。合間に散りばめられた細かな野菜たちも肉の味を引き立てていた。上にかかっているソースなど、西方諸国では上流階級の人間しか食べられないような味わいだ。当然赤ワインも進む。四年ぶりの王都の美味しい食事にナイフとフォークを握る手が止まらなくなり、そして今の事態を引き起こした。


「……悪かったよ」


 レオはソラノとバッシの様子を窺うようにちらちらと見ている。鋭い目つきは若干和らぎ、眉尻が下がっていた。身長百九十センチはあろうかという高身長の男だが、捨てられた子犬のような雰囲気を漂わせている。

 ソラノは小さくため息をつき、レオの気持ちを考えつつ言葉を紡ぐ。


「色々と大変だったんですね」


「! ……おう」


「冒険者をやる上で足の怪我はきっと致命的でしょう。それでも五十万を稼ぎ切ったのはすごいと思います。討伐依頼だけで稼いだんですか?」


「そうだ。犯罪には手を染めなかった。そりゃ食い物ちょろまかすくらいはしたけど、強盗や殺人なんかはしていない」


「偉いです。私なら確実に死んでます」


「そうだろ? 目が一つ潰れても他の感覚で補うことができる。本当に強え奴なら隻腕だってものともしない。だがな、足は……致命的なんだ。いざって時に踏ん張りがきかなけりゃ、死に直結する」


「そんな状況でも頑張って高ランクを目指した志、本当にすごいですね」


「だろ? だろ?」


 レオは椅子から腰を浮かせ、前のめりになってソラノの言葉に同調する。


「俺の気持ちわかってくれるか?」


「ええ。そんな治安の悪い国で四年も冒険者として活動されたことは素晴らしいと思いますよ」


「お前、いい奴だな……!」


 レオはとうとうソラノの手をがっしと握った。目がキラキラとしている。ソラノはにこりと笑顔を浮かべる。営業スマイルだ。


「でも、だからって無銭飲食していいってことにはなりませんよね」


 途端にレオの瞳から輝きが消え失せた。ソラノは言葉を続ける。


「大変なのはよくわかりましたが、こちらも商売なんですよ。これでハイおしまいってわけにはいきません。お金は払ってもらわないと」


「ちなみに無銭飲食の場合、騎士団に突き出せば三ヶ月の強制労働か三倍の金額の徴収になりもれなく前科持ちになる」


「いっ!?」


 レオは血相を変えた。


「そ、そんなに重罰に課されるのか!?西方諸国じゃ逃げたもん勝ちだったのに」


「所変われば品変わる。そうそう甘い国じゃねえ」


 レオはカウンターに手をついてガバッと頭を下げた。


「悪かった、金はギルドで依頼を受けて稼いでから必ず返す。だから騎士団に突き出すのだけは勘弁してくれないか!」


「「んー」」


 ソラノとバッシは揃って首をひねる。

 レオは突き出されるのが嫌で頭を下げてはいるが、心から反省している様子が見られない。野放しにしたらまたどこかでくだらない犯罪に手を染める可能性がある。王都は犯罪者に厳しい。前科がついたらまともな職に就けず、レオの人生は坂道を転がるように落ちぶれていくに違いない。

 話を聞く限り考えなしのお調子者っぽい感じは否めないが、元を正せば冒険者に憧れる少年だったんだ。治療代をコツコツ返済する真面目さも持ち合わせている。ならば。


「もっといい方法がありますよ。冒険者証書出してもらえませんか?」


「お、おう」


 言われるがままにレオはごそごそと懐を探り、冒険者の証たるギルド発行の証書をカウンターに置く。ソラノはそれをひょいと奪い取った。


「あっ、何すんだ」


「バッシさん、パス」


「あいよ」


 カウンター越しにソラノが放り投げた証書をバッシがキャッチし、素早く戸棚にしまい込んで鍵をかけた。レオが憮然とした顔をする。


「おい!それがなきゃ依頼が受けらんねえだろ、返せよ」


「嫌だねー!」


 バッシが巨大な口から舌をベロベロと出して子供のように言う。ソラノが言葉を続けた。


「この証書を返して欲しければ!」


「「この店で働いてもらおうか!」」


「は……はあぁ!?」


 ソラノとバッシの提案にレオは素っ頓狂な声を上げた。


「冗談じゃねえ! 飲食店で働いたって大した稼ぎになんねえだろ、五万稼ぐのに何カ月かかんだよ。そんなら適当な依頼こなして五万稼いで持ってくる方が早い!」


「いや、そんなにかからないと思いますよ?店休み日を除いて一日八時間でも十日あればお釣りがくるくらいかと」


「えっ?」


 ソラノの説明にレオの目が点になった。バッシが補足を加える。


「レオ、ここと西方諸国では金の価値が違う。五万くらいなら普通に働いてりゃすぐだ」


「あ……そっか」


「しばらく働いて、半額が食った分の飲食代、半額は給料支払おう。賄いもつけるぞ」


「! 賄い」


 レオの目の色が変わった。


「昼の十二時から夜の八時まで、賄い一食付き。皿洗いのバイトでどうだ」


 レオの心がグラグラ揺れ動いているのがわかる。


「オッさん……神か?」


「俺はただのシェフだ」


「俺は食い逃げしようとした奴だぞ。契約の腕環で縛ってボロ雑巾のようにこき使われて捨てられてもおかしくないのに……」


「んな事したら寝覚めが悪いだろ。普通に労働で返してくれよ。逃げんなよ」


「逃げねえ。でもいいのか、俺みたいなガラの悪い奴が働いて」


 レオは隣に座るソラノを見た。ソラノもうんうんと頷く。


「実はお店で働いているマキロンさんって人が最近腰が痛いらしくて、ちょうど人手を探していたところだったんです。レオ君が働いてくれるとうちもすごく助かるんですよね」


「本当か? 俺がいると助かる?」


「大助かりです。求人かけて面接してってやってると時間もお金もかかるし、すぐ働ける人が欲しかったんです。ねっ?どうでしょうか」


 よしよし、これはいけるな。レオの心の天秤が大きく「働く」方に傾いているのがわかる。

 もはや無銭飲食による肉体労働返済ではなく、半分くらい普通にバイトとして雇おうとしていた。人手が足りないのは事実だったし、レオがやってくれるなら有難い。


「よし……俺、やるぜ!」


 レオは拳をぐっと握りしめて言った。


「一緒に頑張りましょう」


「じゃ、早速皿洗ってくれ」


 バッシが厨房の奥を親指で指し示すと、そこには先ほどレオがたらふく食べたミートローフの皿と、返却されていたお弁当の空き容器がゴッチャリと置かれていた。


「俺たち、夜食食べてから閉店準備するからよろしく」


「よろしくー」


 ソラノとバッシが食べるブイヤベースを横目でチラチラ見ながらもレオは文句を言わずに皿洗いを完遂した。ちょっと鍋に残ったブイヤベースをあげたらレオは大層喜んでいた。


 こうしてビストロ ヴェスティビュールに新たな仲間が加わった。

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