第74話 ポトフ
「こんにちは」
「こんにちは。いらっしゃいませ」
ソラノはしゃがみこんで小さなお客様に向かってにっこり挨拶をしていた。
「僕たちでもお店に入れるの?」
「もちろん! 中へどうぞ」
やって来たのは小人族三名だった。小人族、というのは成人しても身の丈三十センチほどしかない小さな種族だ。遥か遠くの龍樹の都という場所に住んでいてあまり国外に出てこないのだが、本日は三名がご来店くださった。なかなか可愛らしい顔をした三名で人形のようである。
ソラノが先頭でその後に三人がてててて、と後をついて来る。なんだかカルガモの親について来る子供みたいで可愛らしい。
「こちらの席へどうぞ」
言って示したのはテーブル席。なんとこの店の椅子とテーブルは全て伸縮自在だ。多様な種族に対応するため、改装時そういう仕様にしてもらっていた。あまり床に近い場所で食事をしてもらうのも不衛生なので、目一杯椅子を伸ばしてテーブルも下げちょうどいい大きさにしてから促す。
「ありがとうなの」
「少し背が高いので気をつけてください」
「問題ないの」
小人族は器用にジャンプしてぴょいんと椅子の上に腰掛ける。メニューを手渡し、「本日のオススメ、前菜はウフマヨネーズ、スープはポトフ、スペシャリテはミートローフです」と言うと、
「じゃあそれで」
「後バゲット」
「僕もバゲット追加しよう」
「僕も。食べやすいサイズにしてもらえるの?」
「はい、もちろんです」
にこりと笑って承る。
「ポトフとミートローフとバゲットを三人前ですね?」
「うん。あ、あと」
三人は顔を見合わせ、ニコニコと可愛い顔で言った。
「「「赤ワイン!」」」
「かしこまりました。ワインは先にお持ちしますか?」
「「「はい!」」」
見事なハモリ具合につられてソラノもますます笑顔になる。
「バッシさん、ポトフとバゲット、ミートローフです」
「あいよ」
バッシは早速調理に取り掛かった。ソラノができることは果実水とワインの用意。早速往復しながら持っていく。
「お先に赤ワインです」
「ありがとなの」
「いやー、助かります」
「ボクらこんな身長だから、国外に出ると不便で・・・食事をするのも一苦労なんだ」
彼らが持つとワイングラスがどんぶりほどの大きさに見える。両手で持ってゴクゴクと飲んでいた。
「フォークとスプーンは小さめのデザート用のものをお持ちしましょうか?」
「お願いしますなの」
「お願いします」
「うん、よろしく頼む」
三者三様にそう言われたので、そうする。
「ポトフできたぜ」
「はい」
出来上がったポトフはソラノが先ほど食べたものより平たいお皿に盛られていて、具材も小さく切られている。
「どうぞ、ポトフです」
「ありがとなの」
「大きな国は色んな料理が食べられて嬉しいです」
「帰国は嬉しいけど寂しい気持ちにもなる」
「皆さんはもうお帰りなんですか?」
「ハイなの」
「三ヶ月は滞在していましたから」
「僕ら植物学者で普段は龍樹の都の近隣で見られる森の植物について調べているんだけど、今回は学会でグランドゥール王国の王都までやって来てたんだ」
「ああー、なるほど。そういうこともあるんですねぇ」
ソラノはポンと手を打った。単なる旅行や貨物の輸送だけでなく、そういった理由での旅もあるのか。ここにいるといろんな人に出会う。
「学会は五年に一度、各国で持ち回って開催しているんだけど今回はグランドゥール王国の王都だったの」
「前回は龍樹の都だったので楽だったんですけどね」
「まあ今回も色々と勉強になったな」
「植物って例えばどんなものがあるんですか?」
「僕たちが研究しているのは癒し効果のある植物についてなの」
「龍樹の都には精霊がたくさん住んでいるから、精霊の祝福を受けた植物は他国のものより癒しの効果が高いんです」
「ニガハッカ、ルリチシャ、トウキとか。錬金術師がポーション材料にしたりする。龍樹の都は錬金術師がたくさん住んでるんだ」
「うーん。なるほど」
興味本位で聞いてみたもののさっぱりわからなかった。
「宿とかはどうしてたんです?」
ふと疑問に思ったソラノは聞いてみた。このサイズで普通の宿に泊まるのは色々不便だろう。下手すれば足元が見えにくい大型種族に踏みつぶされそうな大きさだ。
すると三人はニパッと笑って答えてくれた。
「小さい種族向けの宿があるの」
「さすが大きな国は違いますね」
「そんな宿まであるんですね」
ソラノは感心する。この国に来てからほとんど空港から出ていないため、いまいち国のことがわかっていない。
「むむっ!?」
一人の小人族がポトフを口に入れた瞬間、そんな声を出した。
「これは、ポトフにハーブを入れてますの!?」
「何っ!?」
そう言って後の二人もポトフを口に入れると、顔色を変えた。くわっと目を見開き、ポトフを味わう。
「こ、これは龍樹の都で食べるのと似た味わい……!」
「鼻から抜けるような爽やかな香味、けれど主張しすぎない適度な量。シェフは相当の腕前だと察します」
「お褒めいただきありがとうございます」
ソラノは笑顔で賛辞を受け取る。小人族三人はまずスープからスプーンですくって味わいだす。
「入れているハーブはディル、
「重量はディルが多め、ロマランとドラゴンパセリは添えるように
「ロマランもドラゴンパセリも主張が強いから、入れすぎるとポトフの味を壊してしまう可能性があるからな」
「そこまでわかるんですか!?」
ソラノは驚き思わず素っ頓狂な声を出してしまう。ハーブはポトフのアクセントになるよう煮込みの段階で入れられているが、提供する料理に葉が浮いているわけではない。あくまでポトフが完成したら取り出してしまうようなものを、食べただけで種類まで言い当てるとは凄まじい。当たっているのかいないのか、厨房にいるバッシの方を振り向くと、彼は力強く頷いていた。当たっているらしい。
「すごいですね」
ソラノが感嘆の声を漏らすと、三人は得意満面になった。
「植物学者をナメないでほしいの」
「年がら年中植物にふれあい、食べ物も植物性のものが多いんです」
「ちなみにドラゴンパセリは龍樹の都の特産品のひとつだ」
「勉強になります」
ソラノは素直にそう言った。気を良くしたのか小人族三人組はさらに冗舌に語り出す。
「ポトフには他にタイム、オレガノ、ロマランのブーケガルニも合うの」
「いやいや。スイートマジョラムにドラゴンパセリ、セージも捨てがたいですよ」
「何を。シンプルにドラゴンパセリだけで勝負しても美味い」
気づけば三人は「ポトフに入れるハーブは何がいいか」で論争を始めてしまった。
「ちなみに中心街から外れた所に小人族が営む香草店があるから、今度行ってみると良いの」
「そうそう。東大通りの外れの小道、『コロポックルの香草店』」
「メジャーなものからマイナーなものまで色々なハーブを扱っていたよ」
「そんなところがあるんですね。シェフにお伝えしておきます」
もっと彼らの話を聞いていたが、他のお客様の接客もあるためそうずっとは聞いてられない。
「ミートローフもあとでお持ちしますので、ポトフゆっくり味わってください」
三人の元をそっと離れる。ウフマヨネーズをかっ食らう男性にワインのお代わりを持っていき、空いた皿を下げた時ふとバッシに話しかけて見た。
「バッシさん、『コロポックルの香草店』って知ってます?中心街、東大通りの外れの小道にあるらしいんですけど」
「いや、初めて聞いた。今度行ってみるか」
「はい。私も行ってみたいです」
向上心のある二人は顔を見合わせ、頷く。
後日行ってみた香草店は本当にいろんな種類のハーブがあり、品質も良く、店の御用達となった。
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