新従業員の仲間入り編

第72話 仕込みのポトフ

本日のオススメメニュー

前菜  :ウフマヨネーズ

スープ :ポトフ

メイン :肉料理 ミートローフ

     魚料理 ブイヤベース


「おはようございまーす」


 午後の二時。ソラノはバッシとともに今日も元気に店へと入っていく。店では午前番のカウマンとマキロンがせっせと店を切り盛りしていた。

 リニューアルオープンしてひと月ほど経ったか。相変わらずダークブラウンを基調とした店内はピカピカだし、窓ガラスは曇り一つなく輝いている。朝と夜、毎日店内を掃除しているおかげだろう。

 この時間の客足は日によってまちまちだ。今日は三人ほどしか来ていない。店が一番繁盛するのはやはり昼時と夕方から夜にかけてで、ピークタイムを過ぎればちらほら客が入って来るのみだった。


「よう、おはよう」


「おはよ、ソラノちゃん」


「今日のスープはポトフですか?」


 持参したエプロンを身につけながら家でバッシにオススメメニューをあらかじめ確認していたソラノがカウマンに尋ねる。定番メニューの他に日替わりで提供しているものについては、店前と店内カウンター上のボードに描いてお知らせをしている。これは朝一でカウマンとバッシが市に行き、仕入れたもので決定をしているメニューだ。バッシは夜番なので仕入れが終わったら一度家へ帰って来て二度寝している。ちなみにソラノは起床がやや遅めなのでこれには一緒に行っていない。起きてから顔を合わせたバッシに日替わりメニューを聞いている。

 珍しい食材が手に入ればそれがその日のオススメになるし、新鮮な食材が手に入ったら定番であってもそれがオススメになる。



「ああ」

 

 ソラノは鍋を覗き込んだ。ふわっと食欲をそそるハーブの香りがまず飛び込んでくる。

 ポトフ、というと肉や野菜がゴロゴロと入ったコンソメ味のスープを思い出す。カウマンが仕込んでいるのも、御多分に洩れずそのポトフだ。だがソラノが想像しているものとは少し違っていた。


「お肉も野菜もずいぶん大きいですね」


 肉は糸で結んだ塊り肉だし、人参もジャガイモも皮をむいてそのまま。キャベツは子供の拳大の芽キャベツが入っていた。


「ああ、このほうが煮崩れしないからな。盛り付ける時に切って提供するんだ。賄いで一つ出してやるよ」


「やった」


 カウマンが鍋から柔らかく煮込まれた食材を一つずつ出して、丁寧に切って浅い平皿に盛り付けていく。

 するとどうだろうか。厚切りのどっしりとした肉、横には二本添えられた腸詰肉。周りを彩る細切りにされた人参、くし切りのジャガイモ。ころんとした芽キャベツが愛らしい。

 総じて綺麗で上品なポトフの出来上がりだ。


「バゲットも出しとくぜ」


「美味しそう。いただきます」


 店の奥、客に見えないところでこっそりと頂く。ソラノの勤務時間は午後十時までなので、始まる前にこうして賄いを食べてから仕事を始めている。勤務中に時間が取れるとは限らないし、腹が減っては最高のパフォーマンスもできない。


 朝からカウマンが仕込んだポトフはじっくりと味が染み込んでいる。とろりと煮込まれたお肉は柔らかく、野菜はじんわり優しい味がした。素材をふんだんに生かした自然の味のポトフだ。


「カウマンさんの料理はいつでも美味しいですね」

  

「ありがとよ」


「おっとと、あたた……」


 ポトフをもぐもぐ味わっているとマキロンの声がした。カウンターに皿をガチャ、とおいて腰をさすっている。


「マキロンさん大丈夫ですか?」


「最近腰が痛くってねえ」


 あいたたーと言いながら腰をさすっていた。もう六十を過ぎているカウマン夫妻はまだ若いバッシやソラノと違ってそんなに無茶が出来ない。店の再建に向け頑張り、そして店が新装開店した今になって蓄積された疲労が出て来たのだろう。


「バイト雇うかぁ」


「その方がいいかもねぇ」


 カウマンの呟きにマキロンが賛同する。ソラノも頷いた。


「いい人いるといいんですけど……どうやって募集かけるんですか?」


「一番は商人ギルドに行って求人を貼ることだな。面接だなんだで働き始めるまでには時間かかるだろうし、実際働いてみてどうかという部分もあるが」


「ソラノちゃんと気があう子がいいねえ」


「私は大体どんな子でも大丈夫ですよ」


 ソラノは請け負った。そう、ソラノはあまり苦手なタイプというものが存在しない。どんな子だろうが友達になれてしまうコミュ力のある子だった。


「ひとまず今日はあがらせてもらうよ」


「はーい、お疲れ様です」


「じゃ、俺も。バッシ後はよろしくな」


「おうよ」


 ひたすら奥で調理準備をしていたバッシがその声に応答する。ソラノは食べ終えたお皿を片付けて立ち上がる。現在、珍しく店内には誰の姿もなかった。


「マキロンさん大丈夫ですかね」


 帰っていく二人を見つめるソラノ。


「いざとなったら午前は店閉めて午後からやるしかないな」


 バッシが鍋をかき回しながら言った。


「とはいえ店に余剰の人手がないと困るからな。求人かけるのはいい案だと思うぜ」


「そうですね」


 いい人が来るといいんだけど、とソラノは思う。最近は店が落ち着いていただけに喫緊の課題となった。


「バッシさん、ソラノちゃん。お弁当の容器返しに来たよ。ごちそうさん」


「ありがとうございます」


 店の裏、カウンターに通じるドアがノックの後にガチャリと開き馴染みの職員がお弁当容器を返しに来る。


「明日も来るわ」


「お待ちしています」


 相変わらずお弁当は好評で、しかもお弁当を食べた職員が夜も来てくれたりするのでありがたい。



「あ、お客さん」


 人影が店の前にあるのを見つけ、ソラノは言う。たた、とカウンターから出て接客へと向かった。

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