第68話 白身魚のポアレ グリーンソース添え/ルドルフ
「こんばんは」
「ルドルフさん、こんばんは。お疲れ様です」
空港の保安部職員であるルドルフは店へとやって来た。カウンター席でなにやらクダを巻いているアーニャの隣に腰を下ろす。ソラノが少し意外そうな顔をしている。
「今日はお一人なんですね。珍しい」
「アイツは今日は残業です」
「へぇ! ますます珍しい」
カウンター越しに水を受け取って、軽く会話を交わす。ルドルフとデルイは常にセットのように捉えられていて、ルドルフとしては少し心外だった。だがしかし、それも後少しでおしまいの話だ。ルドルフは大層上機嫌に告げる。
「春からバディが変わるんで、アイツは後輩と顔合わせをしているんですよ」
「へー、後輩さんですか」
「ええ」
やっとだ、とルドルフは密かに思う。バディを組んで実に五年。長かったがようやく相方から解放される時が来た。デルイは仕事の相方としては申し分なかったが、時々予想外の行動を取るし、私生活は乱れていたしでルドルフにも制御しきれていなかった。
「ルドルフさんも他の人と組むことになるんですか?」
「俺はもう少し上の方で働くことになるんで」
「つまり、出世ですね」
「そうですね」
「さすがルドルフさん。ところで注文はどうしますか?」
「ああ」
思い出したように差し出されたメニューを眺める。
「本日の前菜と、白身魚のポアレでお願いします。あとは白ワイン」
「はーい」
ソラノがバッシへオーダーを通す。そして他の客に呼び止められ、カウンターから出て行った。そのタイミングでアーニャが絡んで来る。
「ルドルフさん、私に春は来るのかなぁ」
「さあ……頑張ってください」
「適当な返事ですね!」
「俺にどうしろと」
「誰かいい人、紹介してくださいよぉ。いい感じの保安部の職員さんいませんか!?」
アーニャが必死の形相で頼み込んで来る。ルドルフはこの五年、デルイの世話に精一杯でろくに他の職員と友好を深めていなかった。実に時間を無駄にしていると自分でも思うが、おかげであいつが少しはまともな人間になったので良しとしよう。
「はいよ、今日の前菜は巨大蛸とセロリのマリネだ」
バッシの腕がニョキッと伸びて来てルドルフの前に前菜をサーブする。
「白ワインどうぞ」
戻って来たソラノがワインを提供してくれる。ルドルフは先ほどの会話の続きをした。
「出会いっていうのは自分で探すものなんじゃないですか?」
「えー、でも、商業部門にはあんまいい人いませんし」
アーニャはふくれっ面をした。彼女は彼女でいつもお洒落に余念がなく可愛い見た目をしているのだが、如何せん空回りしている感じが否めない。そのうちいい人が現れるのを祈るしかないだろう。
「あ」
ソラノが何かに気がついてカウンターから出て行った。見ると、窓ガラス越しに店内を伺う冒険者の姿があった。すかさず声をかけ、ニコニコと店内へと誘導をしている。冒険者たちは少し迷った挙句にソラノに促され、店の中へと入って来る。テーブルへと案内したのち、別の客の会計に呼ばれ、それを素早くしかし丁寧に済ませてからカウンター内へととって返してメニューと水を持って行った。
「ソラノの動き、無駄がないですよね」
アーニャが言うのでルドルフも頷いた。
「しかも色んなことによく気がつく」
今は客が落としたフォークを拾い、新しいものと取り替えていた。
ソラノはソツがない。丁寧で明るく、いつも笑顔で接客をしている。ミスすることもほとんどないし、細かいことに気がついてさりげなくフォローを入れていた。観察眼が鋭いのだろう、接客業の鑑のような人材だ。
アイツと似ているんだよな、とルドルフは思う。
デルイの場合は完全に上っ面だけで生きていたせいで、出会った当初、心を許せる人間というものが存在していなかったようだが。
ソラノもデルイも人懐っこい。軽妙なトークと笑顔で気がつけば人のパーソナルスペースに入って来ているのだ。二人で組めば最悪の詐欺師コンビも出来そうだ。
そしてソラノは人の見た目に驚くほど頓着しない。そもそも見た目にこだわるような人間なら、長々とこの牛人族に囲まれた環境で働けないだろう。ソラノたち異世界人の住む国には亜人の類は存在しないと聞く。このように、初めからあまりに自分の容姿とかけ離れた人間と一緒にいることは珍しい。ソラノの場合家も同じなのだから文字通り四六時中一緒にいるのだ。
ルドルフはふとこんな質問をしてみた。
「ソラノさん、人の見た目で重視していることはありますか?」
「見た目ですか? ありますよ」
意外なことにソラノはそう言う。おや、と思った。
「どんなことでしょうか」
「清潔感。清潔感がない人はダメです」
ソラノはきっぱりと言った。そりゃそうだろう。清潔感のない人間は良くない。それは重視していることというより、人として最低限出来ていないとダメな部分ではないのか。
「そうじゃなくて、例えば顔立ちがいい人がいいとか、背が高いほうがいいとか」
「うーん」
ソラノは手を動かしつつも考える。そしてこう答えた。
「ないかなあ。顔なんて……ついてれば良くないですか」
「すごい答えね」
思わず横からアーニャがツッコミを入れた。顔なんて付いてればいいなんて答えを出す人間がどれほどいることか。好みみたいなものはないのだろうか。
ないんだろうな、とルドルフは思う。だからデルイが惹かれたんだろう。アイツも相当人の感情の機微に聡い。自分の見た目に好感を持つ人間を漏れなく拒否する傾向にあった。表面でにこやかにしていても、心を開こうとしない。相手が女性ならなおさらだ。
ソラノは人を中身で判断する。だからソラノはデルイに心を開かせた唯一の女性だったし、ソラノの方も彼の中身を見て心惹かれているようだったから、安心して見ていられた。
「二人はさっさと付き合ってくれませんかね」
「えっ……」
ソラノの動きが一瞬止まった。誰と誰がは言わなかったが、しっかり伝わっているようだった。
「店も落ち着いてきてますし、アイツはもう待ってくれないと思いますよ」
「えー……っと」
しどろもどろだ。
「ソラノ、魚料理」
バッシが奥から呼んでいる。店でお嬢さんと呼ぶわけにもいかないから名前呼びになっていた。これ幸いと料理を受け取り、ソラノはルドルフの前に提供する。
「お待たせしました。白身魚のポアレです。ワインお代わりしますか?」
「お願いします」
緑のピューレが薄く広げられ、その上に細長い厚みの白身魚が一切れ盛り付けられている。上にはアスパラガスも二本、交差するように添えられていた。
ワインをもう一杯もらい、魚料理とともにいただく。淡白な白身魚をグリーンのピューレとともに口に入れる。濃厚なピューレがふわっと仕上げられた肉厚の魚に良く合った。
「ピューレの野菜は何を?」
「ほうれん草ですね。生クリームと一緒に裏ごしして仕上げてあります」
「美味しいですね」
「それはもう!」
笑顔で請け負うソラノを見て思う。
デルイはもう待たないだろう。ずっと上辺で生きていた分、気に入った人間には執着するタイプだ。だからソラノはいい加減覚悟を決めたほうがいいとお節介ながらもルドルフは思った。
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