第66話 豚肉のカマンベール包み/竜人族の冒険者

「ーー遅い!!」


 竜人族の冒険者である男は、店のテーブルをドンと叩いて大声で言った。店内にいるほかお客が何事かとこちらを見てくるが構うものか。仲間である冒険者が呆れた声を出した。


「遅くないよ」


「いいや、遅い。遅すぎる!!何分経ったと思っている!?」


「まだ五分だよ」


「そう、五分も待たされた!!」


 

 これから王都を出立して旅に出ようという直前、ターミナルで見つけた小洒落た料理屋に入りたいと仲間の女魔法使いが言い出したので渋々従った結果がこれだ。

 前菜は、良かった。すぐさま提供され味も見た目も素晴らしい。ともに出されたワインも申し分のない高品質のブランドものだ。


 だがしかし、メインが待てど暮らせど出てこない。


 竜人族は誇り高い。常に強者であり、敬われる対象だ。生まれが違う、能力が違う。若干二十一歳という若さにして、Sランクにまで登りつめたのだ。その自分を、たかが空港内にある小さな料理店がこれほどまでに待たせるとは一体どういう了見か。


「あのねぇ、いつもの酒場とは違うんだから。もうちょっと待ってなさいよ」


 仲間の冒険者、魔法使いの女は辛抱強くそう言った。しかし一度怒りが込み上げてくれば、それを抑えることは難しい。


「お客様、いかがなさいましたか」


 狭い店内での騒ぎに、店員の女がすぐさま飛んできた。座っているこちらに配慮してか、膝をつき下からの目線で伺いを立ててくる。


「メインの料理がいつまでたっても出てこないじゃないか。一体どうなっている!」


「ごめんねぇ、店員さん。この人せっかちでさぁ」


 連れがフォローを入れるがそれがますます癪に触った。まるで自分が我慢のきかない子供のような扱いをされているようだ。男はテーブルに用意されていたフォークを引っ掴むと、店員めがけて振り下ろす。連れがあっと驚いた顔をしたが、止める間もない速度だった。

 こちらを見上げる店員は衝撃に備える暇もない。目を見開き、ただただこちらを見つめるばかりだ。たかがフォークとはいえ、竜人族が生まれ持った生粋の腕力で振り下ろされればひとたまりもないだろう。そのハリのある肌を突き破り、肉をえぐって血が吹き出るーーはずだった。


 突如店員の周囲に高ランクの魔法障壁が展開した。フォークはその透明な膜にぶち当たり、ぐにゃりとすくい根から曲がり、そして折れて回転しながら飛んで行く。連れがわずかに身を起こし、手を伸ばして器用にも飛んでいった部分をキャッチした。男の手には間抜けにもフォークの柄の部分のみが握られている。


 しかしそんなことはどうでも良かった。


「この俺の攻撃を……防いだだと!?」


 一体どうなっているんだ。この店員からそれほどまでの強者のオーラを感じることはない。完全に一般人、もしくはそれ以下の気配しか感じられない。


 いや、よく観察してみると、強力な魔力の残穢がわずかに感じられる。ふと耳に嵌っている装飾品が目に入った。なるほど、魔法石の嵌ったピアスか。この自分の物理攻撃を防ぐ程の障壁を展開する魔法が込められているとは、恐れ入る。相当な手練れが店員の背後にいる証拠だろう。


 店員は遅れてきた恐怖にだろう、うつむきわずかに手先を震わせたが、それをぎゅっと握りしめると再び男と目を合わせた。先ほどの攻撃に対して一切責めることなく、こう告げる。


「お客様、当店の料理は注文を受けてから一つ一つ丁寧に調理をしておりますので、少々のお時間を頂くことがございます。ですがお待たせした分、最高のものをご提供いたします。今しばらくお待ちいただけませんか」


「あ……ああ」


「ありがとうございます。お待ちの間にワインのおかわりと、おつまみにナッツなどはいかがでしょうか」


「頂こうか」


「かしこまりました」


 今しがた攻撃されかけたというのに、それをまるで無かったことのように振る舞う店員。大した器の持ち主だ。並の人間と先ほど評したが、度胸が違う。男はすっかり毒気が抜かれ、握っていた柄だけになったフォークを手放した。

 店員が戻ってきて、代わりのフォークとワイン、そしてナッツを置いて行く。


「なかなかなお嬢さんねえ。あ、このナッツおいし」


 連れは遠慮なくおかわりのワインとナッツを口にしている。


「武器が……剣ならばあの障壁を貫通できただろうか。あるいはお前の魔法ならば」


「なに物騒なこと言ってんのよ……戦いに来たわけじゃないでしょうが」


「あの障壁を仕込んだやつと手合わせをしてみたい」


「これから旅立ちだってのに、やめて」


 止められてしまえば仕方がない。ため息をつき、ワインをひとくち。


「大変お待たせ致しました。豚肉のカマンベールチーズ包みでございます」


「やっと来たか」


「まだ十分しか経ってないし」


 連れのツッコミを無視し、平たい球状に巻かれた豚肉を眺める。これは、小さめのカマンベールを豚ばら肉を何枚も使って丸ごと巻いているな。てっきり細長いちんけな巻物が出てくると思っていただけに少し意表を突かれた。

 ナイフとフォークを突き立てる。半分に割ると、中から熱したチーズがとろりと溢れ出て、さらにその上にフレッシュなオレンジ色のトルメイが顔を覗かせて来た。濃厚なチーズと豚肉のマリアージュ。しつこさが勝りそうなこの組み合わせだが、フレッシュなトルメイと脂身の少ない赤身肉のせいでそれほどクドくない。


「塩気がちょうどいいわね」


「ああ」


 連れのコメントに素直に頷く。赤のワインがすすむ味だった。ガンガン飲む。ボトルで頼めば良かったと後悔する。すると店員がやって来た。


「ボトルを置いていきましょうか」


「ああ」


 絶妙なタイミングだ。こちらを伺っている様子はなく、他の客の接客もしているというのに何故考えていることが読まれるのだろうか。読心術でも心得ているのか?


 食べ終わる頃には、最初の苛立ちなどどこかへ行ってしまった。


「あ、やばい。船の出港まであと十分」


「行くぞ」


 会計を済ませれば、店員がにこやかにお辞儀をして言った。


「ありがとうございました。良い旅を。またのお越しをお待ちしております」


 帰りにも寄ってやっていいかな、という気持ちになったのはここだけの話だ。

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