第64話 チキンの香草パン粉焼き/冒険者
「王都だーっ!」
「帰ってきたぜ!」
「正確にはまだだけどね。まだ空港だよ」
「気がはやいんだから」
歓喜の咆哮をあげたのは、西方諸国から王国へ帰ってきたばかりの冒険者四人組だった。王都を出てから約一年。出立した時にはBランクだった彼らは数々の死線をくぐり、やっとAランクに昇格したので凱旋帰国と相成った。
「まさか本当に俺たちがAランクになるとはなあ」
「ああ、頑張っていれば報われるってのは本当のことだな」
「黒飛竜の群れに追いかけられた時には死ぬかと思ったけどな」
「サイクロプスとゴーレムのタッグもやばかったな」
数々の冒険譚を語りながらターミナルを歩いていく。
「にしても、一年ぶりか。最後に王都のうまい飯を食ったのは飛行船の中のサンドイッチが最後だったな」
「あのサンドイッチはうまかった」
「もっと買っとけばよかったと何度後悔したことか」
「今もあの店あるんじゃない? ついでだから寄って行こうよ」
仲間のその提案に一同は賛成する。
「確か第一ターミナルだったな」
どうせ第一ターミナルへ行かねば王都へは降りられない。四人で旅の話に花を咲かせながら空港内を歩くと、あっという間に目的のターミナルに着いた。
「どこだろうな、店」
「あそこじゃない?」
仲間の一人が指差した場所には、たいそう小洒落た店が一軒建っている。店の前はガラス張りだし、なにやら壁には美味しそうで上品そうな料理の絵が描いてあった。行きは急いでいたため気がつかなかったが、こんなおしゃれな店があったとは。
「えっ、ここ?」
「こんな店でサンドイッチなんて売ってるか?」
いぶかしむ仲間たち。どう考えても自分たちのような冒険者が入っていける店には見えない。なんか貴族っぽい人が店内に入るのが見えるし、マナーもなにもわからない自分たちが行けば追い出されそうだ。
「でもビストロって書いてあるし、そんなに格式ばった店じゃないんじゃない?」
「ビストロってなんだ」
「気軽な洋食屋みたいなとこだよ。……多分」
「気軽? ここ、気軽か?」
店の前でワイワイ押し問答を繰り広げていたら、店員が気がついて店からひょっこり出て来てくれた。モスグリーンのワンピースを着た可愛らしい女の子だ。
「あのー、みなさん。もしかしたら一年くらい前にうちでサンドイッチ買って行きませんでしたか?」
「!!」
四人は顔を見合わせ、ここだ!と思った。
「あ、やっぱり。よかったらお食事して行きませんか?」
可愛い店員は可愛い笑顔でそう言うと、扉の前から退いて店内へと四人を誘い込む。柔らかい明かりが灯る店の中から料理とお酒のいい香りがしてくる。抗いがたい誘惑だった。しかし四人は若干戸惑う。
「うちらみたいなのが入って大丈夫な店なのかい?」
「マナーとかわかんねえぞ」
「大丈夫です!ここは気兼ねなくお食事を楽しんでいただくお店です。なにも気にせず、お寛ぎください」
そう言われてしまえば、断る理由はなにもない。四人は緊張しながらも店内に足を踏み入れた。天井高の店は開放感があるが同時に温かみもある。さてどこに座ればいいのかと立ち尽くしていると、店員が一つのテーブルを指し示した。
「こちら、どうぞ」
メニューと水を受け取って、早速開いてみれば、聞いたことのないようなおしゃれな名前の料理名がずらっと並んでいる。
「パテってなんだ……?」
「ハンバーグはわかるけどカプレーゼがわからねえ」
「ワインも名前がさっぱりだ。エールしか飲まんからなあ」
「やっぱやめときゃよかったか……」
四人は意気消沈する。やはり自分たちのような生粋の冒険者には不向きな店だったのではないか。そう思った時、先ほどの店員が寄ってきてこそっと耳打ちをする。
「オススメはチキンの香草パン粉焼きですよ。粒マスタードがピリッとしていてお肉に合うんです。ワインは合うものをボトルでお持ちしましょうか?」
「! ああ、それで頼む」
「かしこまりました」
店員がメニューを下げて去って行き、代わりにボトルワインとグラスを持ってくる。慣れた様子でトポトポと注いで各人の前に置くと、他の客の接客をするべく戻って行った。
「スマートな子だなあ」
「サンドイッチ売ってたのってもっと元気がいい子だった気がすんだが」
「そうだっけか?急いでたから覚えてねえや」
「なんにせよ恥かかなくてすんだわね」
しばらくして運ばれてくる、小洒落た料理の数々。チキンは上に乗っている香草のおかげでいい香りがする。
「バゲットもらっていいか?」
「はい、もちろんです」
厚切りのバゲットとバターも到着すると、四人は恐る恐る肉を口に入れる。じわっと脂がのった肉は口の中でとろけてしまいそうだった。西方諸国でずっと口にしていた携帯用の干し肉とはわけが違う。さすが美食の王都の空港で店を構えているだけのことはあった。
「うまっうまっ」
「うまぁ!」
バゲットもふわふわで柔らかい。固いパンばかり食べできた四人にとっては天国のようだった。惜しむらくは量だ。あっという間に皿が空になってしまい、四人は一様にがっかりした。皿に残ったマスタードの一粒も残すまいとフォークでかき集めて食べている奴もいる。意地汚いが気持ちはわかった。それほど美味しい料理だった。
「食い終わっちまった」
「お代わり頼むか?」
「おい待て、アレ見てみろ」
カウンター越しに見える厨房の奥の扉が開き、人が顔を出した。制服を着込んでいるところを見るに空港の職員だろうか。先ほどの店員が、紙で包んだ細長いものをその職員らしき人間に手渡していた。
「もしかしてサンドイッチ?」
目を合わせ、頷く。店員を呼び寄せた。
「サンドイッチ、まだ売ってるか?」
「はい、ありますよ。値段がちょっと上がっちゃったんですけど、ローストビーフ、チキン、ハンバーグ。一つ五百ギールですね」
「じゃ、四個ずつ頼むわ」
「はい、ありがとうございます」
ランクが上がり、数々の魔物を討伐して小金持ちになった四人は迷うことなくひとり一種類ずつ注文する。大人買いだ。こんなことができるようになったのも死ぬほど頑張って冒険したおかげだ。
「いい店だな」
「この店、旅に出る冒険者がいたら教えてやろう。行きも帰りも寄りたくなる」
「本当に。なんか、帰って来たー!って感じがするわね」
「店員さん、名前なんてぇんだ?」
冒険者のひとり、ドワーフのギムラルがそうたずねると、店員はサンドイッチを手渡しながら笑顔で言った。
「ソラノです。また空港を利用の際は、どうぞご贔屓に!」
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