第62話 宴のあとに
「みんなお疲れ!」
「お疲れさま!」
「疲れたねえ!」
「やりきりましたね!」
扉を閉めて窓にスクリーンを下ろし、四人で拍手をする。やりきった。無事にプレオープンを終了させた。
「プレゼンの時よりやりきった感があります」
「そいつあ良かった」
「料理も概ね好評だったな」
みんなで後片付けをしながらワイワイ雑談する。
「残った料理でまかないにしよう」
「酒も開けちまえ」
「やったね」
料理をつまみ、ワインを飲みながらの閉店作業だ。楽しい。
「このひき肉のパイ包み、食べて見たかったんですよ!」
「ちょっと冷めちまってるからパイのサクサク感がなくなってるけどな」
「あ、本当ですね、シナっとしてる……でも美味しいからこれはこれでアリです」
手に持っていたモップに寄りかかって、フォークでパイと肉を刺して口に入れれば、パイのほのかな甘みと肉の塩気が絶妙にマッチしていて美味しい。
「このデザートもねえ、アタシしゃ配ってる時から食べたくて食べたくて」
「私も! なんならオープン準備中、バッシさんが冷やしている時から気になってました」
「俺は甘いの苦手だが、これはさっぱりしてるからいけるな」
ワイン片手にカウマンまでデザートをぱくついていた。ソラノが疑問を呈す。
「デザートとワイン、合います?」
「ま、合わねえこたあねえ」
「うまけりゃなんでもいい人なんだよ」
マキロンがフォローした。そう言うもんなのか、とソラノは納得する。大人の世界はまだまだわからない。
「半端に野菜が余ってる。エリヤ油で炒め物にしちまおう。ニンニクと塩だ」
「めちゃいい匂い」
「スープ余ったよ。これと一緒にどうだい、バゲットもある」
「わあー、一気にお腹空いてくる」
オープン前にみんなでサンドイッチを軽くつまんでいたが、この数時間で随分体力を使ったせいかいい匂いを嗅いでいたらお腹の音がグウと鳴った。恥ずかしくて思わずおへそのあたりをおさえる。
「なんだ嬢ちゃん、腹減ってたのか」
「えへへ」
笑ってごまかそう。
「じゃ、特製まかないだ」
ワンプレートに盛られた色鮮やかな野菜の炒め物と大ぶりに切られたバゲット。それは先ほどまでの上品な料理とは違うけれど、山盛りの炒め物とバゲットは空腹のソラノにとって見た目からして暴力的だった。
「いただきまーす」
もうグラグラしなくなったカウンターのハイチェアに座り、フォークを手にとる。一口食べると、油をまとった野菜にニンニクのパンチ、塩気が効いていて、馴染み深い味だった。
「美味しい!」
庶民に馴染む野菜炒めだ。パンをかじる手も止まらない。今日はもう無礼講だ、マナーなんて気にしなくていいと思うと気が楽だった。かぼちゃのスープにパンを浸してかじる。
「このスープも甘みがあって美味しい……パンに合いますね」
スープの水分でズブズブになったパンをかじっても、白い目で見る人はいない。というかみんなやっている。バッシなんてバゲットを切りもせずそのままかじっていた。
「我ながらうまいなあ」
「バッシさん、こんなに料理が上手なんだから結婚相手にお料理のスキルを求めたら酷ですよね」
「料理のは腕だけじゃない、どんだけ愛情がこもっているかだ。愛情があればどんな料理も上手くなる」
「おお……いいこと言いますね」
ソラノは感動した。確かにそうだ。愛情は全てにおいて基本だろう。
「まあその前にあんたは相手を見つけないとね。いい加減孫の顔が見たいさね」
マキロンに手ひどく言われている。
「まあ、そのうちな! まだ店が始まったばっかだしな」
バッシに思い人が見つかったら、全力で応援しようとソラノは心に誓う。とりあえず話をそらすことにした。
「にしても、エアノーラさん。なんかさらっと大きい話をして去って行きましたね」
「この第一ターミナルがうちの成否次第で新しいエリアになるってんだから、世の中本当に何が起こるかわからないね」
ソラノはマキロンと先ほどのエアノーラの話を思い返す。
「一年後にうちの売上見て決めんだろ。ここが中心になって新しいエリアができるってんなら楽しみだな」
バッシが寸胴鍋をワッシワッシと豪快に洗いながら言った。
「気軽に立ち寄れるカフェができたらいいですね。私も行ってみたい」
「夢が膨らむなあ」
カウマンがキッチンを綺麗に拭きながら言う。
「とりあえずは明日からの本営業だな」
「はーい」
ソラノはモップを持つ手に力を込めて床を拭く。マキロンは横でテーブルを拭いていた。
明日は本営業。いよいよお客様を迎える日だ。
+++
本日の営業時間は午後の三時から。前日が遅かったため、カウマンとマキロンは休みにして午後の担当であるソラノとバッシの二人で店を回す。歳も歳なため二人には休んでもらい、若い二人で頑張るのだ。
本日の天候は晴れ。雲の上なのでこの店は一年中晴れだ。
下がどんな天候だろうと常に快晴で、大変に気分がいい。
営業開始の二時間前からやってきて、仕込みをする。
ソラノは店の開店準備を進めた。レジに釣銭を詰め、食器やグラスを確認する。ナフキンを綺麗に折りたたみ、カトラリーの上に置く。
窓を覆うスクリーンを上げ、店の扉を開く。
すでになんのお店かと店先に集う人がいた。この新しく現れた店が注目を集めているのは良いことだ。このまま逃すには惜しい。ソラノはバッシの方を見た。
「お客様、入れても良いですか?」
「おう!」
その返事を聞き、ソラノは扉から出て店先の人へと元気に挨拶をした。
「いらっしゃいませ、ビストロ ヴェスティビュールへようこそ!」
第三章 終
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