第61話 プレオープン
「いらっしゃいませ」
頭を下げて最初に迎え入れたのは、女王のレストランの総料理長とウエイトレス、ウエイターの総勢六人の皆様だった。招待状を受け取って名前を確認し、店内へと促す。
「君がソラノさん?」
「はい」
エルフのスーリオンに話しかけられ、ソラノは頷く。スーリオンは穏やかな笑みを浮かべていた。
「バッシから色々と話は聞いてるよ。行動派なお嬢さんだそうだね。バッシとはうまくやってるかい?」
「はい。おかげさまで色々よくしてもらっています。バッシさんがいなかったら、このお店は潰れてました」
「彼は料理の腕だけじゃなくて芸術性があるからね。きょうの料理も楽しみにしている」
人気レストランの総料理長に直々に話しかけられるなどそうあることではない。しかも彼は見た目はエルフらしく眉目秀麗で、三十代にしか見えないが、実年齢は二百歳を超えているというのだから種族間の格差を感じずにはいられない。
「今日はどうぞ楽しんでください」
四十人という人数を迎え入れるのは大変だ。十八時のオープンを皮切りに、続々と招待客がやってくる。見知った顔もあれば、ソラノが知らないカウマン夫妻やバッシの知り合いの顔もある。どの人にも一律丁寧な接客を心がけ、一時間経つ頃には店内は満員になった。
「遅くなったわね。お邪魔するわ」
最後に現れたのはエアノーラだ。招待状を受け取って、店内へと促す。
「お待ちしていました。乾杯のシャンパンを配っているので受け取ってください」
全員揃ったところでグラスにシャンパンを注いで回る。乾杯の音頭をとるのはカウマンかバッシか。悩んだところだったが、店の四人全員から一言ずつ言って、最後は四人で音頭を取ろうということになっていた。最初の挨拶はカウマンだ。
「じゃ、今日はみなさんお集まりいただきありがとうございます」
「まさか店がこんなに立派になるなんて、一年前には思ってもいませんでした」
マキロンが後を続け、そのあとはバッシが引き継ぐ。
「今日の料理はとっておきだ。食いたくなったらまたいつでも来てくれよ」
ソラノは手に持つグラスを高く掲げ、最後の一言を引き取った。
「カウマン料理店改め、ビストロ ヴェスティビュールの門出を祝してーー」
「乾杯!」
響き渡る乾杯の合唱に、弾ける人々の笑顔。最初の一杯に少し口をつけて、ソラノたちはおもてなしに徹底した。
人数が多いので今日だけはビュッフェの形式だ。一口サイズの前菜はすでにお皿に乗せて細長いカウンター前に設置してあった。今日は新鮮な魚が手に入ったので鮮魚のカルパッチョ、上にシルベッサの鮮やかな薄いピンクのピューレがかかっている。それから野菜を練りこんだ薄いパイ生地にタルタルソースを挟んだミルフィーユ仕立てだ。それをソラノとマキロンで配り、楽しんでもらう。
「相変わらずお二人の料理は美味しいですねーっ!」
前菜からして気合いの入った一品を食し、ジルがフォークをくわえたまま感動していた。彼女は報酬を受け取り、まとまったお金を手にしたので服を新調したらしい。絵の具のシミだらけの服ではなく、シックなワンピースを纏っていた。
「カウマンさんの炊いたご飯なら、鰹節だけでも美味しいよね」
ソラノは本心から言った。土鍋で炊いたご飯に鰹節と醤油だけ、シンプルだけど美味しい一品だ。実のところジルがカウマン宅に滞在していた時、しばしば二人で食べていた。
前菜を配り終えたら次はスープだ。四十人もいると配り終えた頃には最初の人はもう前菜を食べ終えている。スープは二種類、小さなスープ皿へ注ぎカウンターに並べておく。好きな方を自分で選んでもらうことになっている。
「ホワイトアスパラガスって初めて食べるけど、優しい味わいね」
アーニャがスプーンですくい、口にしながら話しかけてくる。ソラノは相槌を打った。
「贅沢食材だよ。この一品で今までの幕の内弁当二つは買える」
「げ……味わって食べよーっと」
どんどん配っていると、厨房からいい香りがして来た。メインの魚料理が出来上がって来たようだ。
「本日のメイン 白身魚のポアレ グリーンソース仕立てだ」
バッシが高速で盛り付けながら言う。グリーンソースは数種類の葉物野菜とハーブ、調味料をペースト状にして作ったもので、淡白な白身魚にぴったりなソースだ。
「白身魚は雷神魚か」
カウンターで厨房の様子を覗き見ていたスーリオンが言った。
「見ただけで当てるとはさすがですね」
バッシがかつての上司に言う。
「切り身の肉付きに特徴があるからな。この料理ならロワール王国南西部で作っている白ワインがよく合う」
「勿論用意してあります」
ニッカリ大きな口に白く輝く歯を見せてバッシが言った。バッシが盛り付け終わった皿をマキロンが次々提供していき、ソラノはワインのコルクを抜いて白ワインをグラスへ注ぐ。芳醇な香りが立ち上り、これだけで酔ってしまいそうだ。
「どうぞ、ロワール産白ワイン、ヴィステルテです」
「お、いいもの出してくるね」
手渡した時に反応したのは商業部門の富裕層エリアの課長だった。
「私が担当しているレストランでもよく提供されている。知名度は高いが飲む機会はあまりなくてね」
「俺が担当している冒険者エリアでは逆にあんまり出てこないな。酒場だし、専らエールばっかりだ。冒険者ってのは稼ぐようになってもやはり、エールが好きらしい」
そんな会話が聞こえてくる。
「ソラノさん、大変そうですね」
声をかけて来たのはルドルフだった。デルイと連れ立っている。
「こんばんは、ルドルフさん、デルイさん。楽しんでいただけてますか?」
「バッチリ」
デルイがワイングラスを持ち上げて微笑んできた。だいぶん機嫌がいいらしい。
「やっと行きつけの店が持てると思うと嬉しくて」
「行きつけにするにはちょっと値段が張りますよ」
「いいのいいの。どうせ使うところ無いんだから」
「ソラノさんがいると、デルイが変な行動をしないから俺も安心できます」
ルドルフもいつになくにこやかだ。変な行動とは何か気になるところだが、あまり話し込んでいるわけにもいかない。
「楽しんでくださいね」
そう笑顔で言って、ソラノは次の客へとワインを配るべくグラスに高級ぶどう酒をなみなみと注いだ。
メインの肉料理はひき肉のパイ包み焼き。サクッとしたパイ生地を割ると肉汁が溢れるひき肉と玉ねぎ、スパイスの香りが店中を包み込む。ベリーのソースと一緒に食べると美味しい一品だ。
「マリアージュは龍樹の都の赤ワイン、ポトルフフです」
次々に出来上がる料理を前に店内の熱気も上がっていく。美味しい料理とお酒があって、気の知れた人たちと過ごすひとときがあればこんなに幸せなことはない。ワイワイと会話を楽しむ人たちを見て、ソラノも幸せな気持ちになっていく。
「あとはデザートだけだねえ」
マキロンが汗を拭きふき話しかけてきた。空いたお皿やカトラリーを回収しつつ、ソラノが答える。
「あっという間ですね」
「こんなに店内が忙しいのはいつぶりかね。本当ソラノちゃんのおかげだよ」
少し涙ぐんでいるのは、歳で涙もろいせいだとマキロンが以前言っていたせいか。
「全部終わるまで油断しない方がいいぞ」
「はいはい」
厨房で皿を皿を洗いつつカウマンが言った。一気に四十人分なので皿も数がものすごい。
「ワインお代わりもらえるかな」
「はい」
話しかけられたのはワインの卸売りをしている商会の店主だった。細身のおじさんで、ワインがよく似合う。
「やあ、ワインに料理がよく合っている。こんなに美味しいパイ包み焼きは初めてだ。贔屓にしてもらっている貴族や商人がたに、店のことをお勧めしておくよ」
「ありがとうございます」
ソラノの笑顔で挨拶を返した。なんだかんだ口コミが一番店の存在を知らせてくれる。料理もお酒も完璧なので、あとソラノにできることといえば愛想よく接客することくらいだ。
「じゃ、デザートいくか」
頃合いを見計らってバッシが言った。
「今日のデザートはとっておきだ。花に見立てたシルベッサのコンポート ゼリー寄せ」
透明なガラスプレートの中央に乗っているのはくし切りにした白と桃色の縞模様が美しいシルベッサ。これをバラの花のように形作り、同じくシルベッサの果汁で作ったゼリーで固めたさっぱりした一品だった。プレートの淵にアイスの食用花が飾られ、目にも鮮やかなデザートだ。
「すごーい。これでデザートが専門じゃないなんて嘘みたいですね」
ソラノが思わず感嘆の声をあげた。
「まあ、これに関しては実は知り合いのパティシエの知恵も借りている」
バッシが打ち明ける。お皿もひんやり冷えていて、アイスがすぐ溶けないように工夫がされていた。
「スプーンと一緒に渡してくれ」
「はい」
「あら、美味しそうなデザート」
エアノーラがやってきたので、ワイングラスを受け取って代わりにデザートプレートをどうぞ、と渡す。
「見た目にここまで工夫を凝らす料理を初めて見たわ」
「バッシさんの感性がなせる業ですね」
「そうね。実はこのお店が上手くいったら、第一ターミナルに新たな飲食店エリアを設けてカフェや軽食を出す店を出店させようと思っているのよ。今までは、そういった軽く楽しめる店がなかったの。ここは試金石よ、上手くやって頂戴。ま、ここまでのクオリティのものを提供するんだから、あまり心配はしていないけど」
エアノーラは言うと去っていく。アーニャとガゼットが近寄ってくるエアノーラに緊張したようにお辞儀していた。
デザートは女性客に大人気だった。ここにスマホがあったなら、きっとみんな写真を撮るんだろうなとソラノは思う。
食後に紅茶も提供して、一通りの提供は終わった。ゆっくりとデザートを楽しみ、やっと厨房から出てきたカウマンやバッシと会話をしたり、マキロンやソラノに話しかけてくる人たち。
やがて一人また一人と去って行き、全員が帰った頃にはすでに時刻は二十二時を回っていた。
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