第59話 招待状を配る
「今日はプレオープンの招待状を配りに行きます」
ソラノは意気込んだ。
「昨日あの二人のおかげでちゃっちゃと終わったもんねえ」
「女王のレストランには俺が持っていくからそれは置いといてくれ」
「市でお世話になってる食料卸の親父さんやカトラリーを揃えた問屋へは俺たちがいくぜ」
「はーい」
ソラノは言われて、招待状の宛先を確認して抜き取った。招待状は全部で四十通。店のキャパシティを考えると立食にしてもこの人数が限界だ。
「じゃ、ソラノちゃんは空港職員のみなさんに配ってきておくれ」
「はい。早速行ってきます」
ソラノは招待状の束を持ち、空港へと行く。別に郵便配達を頼んでもよかったのだが、せっかくなので自分たちで手渡すことにしたのだ。
「まずはエアノーラさんだね」
空港に着いたソラノは職員用の通用口を通り、商業部門のフロアへと足を向ける。受付の人にエアノーラへプレオープンの招待状を渡したいと伝えたところ、話を通してくれ、なんと本人がこちらに向かってやってきてくれた。今日も今日とてエアノーラは隙のない出で立ちでヒールの音を響かせている。会ったことは数回だが、毎回違う服を着ているところを見ても、おしゃれに余念のない人だな、と思った。
「お久しぶりね。工事は順調かしら」
「はい、おかげさまでつつがなく進んでいます」
「それはよかったわ」
「今日はプレオープンの招待状を渡しにきました。直接手渡せるとは思っていませんでしたけど……」
「あなたのことは結構気に入っているからね」
エアノーラは招待状を受け取り、中身を検めながら事も無げに言った。
「私にあそこまで刃向かえる人は、そうはいないわ」
「怖いもの知らずみたいな言い方をされますね」
「実際、怖いもの知らずだと思うもの」
招待状から顔を上げ、フッと大人の笑みを浮かべる。
「あなたが私の部下だったらよかったのに。いい右腕になってくれそう。直属の部下は皆すぐに辞めていってしまうから少し困っていたところなのよ。店が落ち着いたら商業部門で働いてみない?」
エアノーラは結構本気で言っているらしい。少なくとも冗談でこんなことを言う人ではないだろう。
「ありがたいお話ですけど、私はあのお店が好きなので遠慮します」
「そう、残念」
答えはおそらく予想していたのだろう。少しだけ肩をすくめると、
「じゃ、プレオープン楽しみにしているから」
と言って自席へと戻って行った。入れ替わりでアーニャがやってくる。狙ったようなタイミングだし、狙っていたのだろう。
「ソラノ、直接部門長が来てくれるなんてすごいわね!」
「よくわかんないけど、気に入ってもらってるみたい」
「さすがね。くっ、私もいつかは、部門長に引けを取らない職員になってみせるわ……!」
アーニャがエアノーラのようになるには相当な時間がかかるだろう。それは言わないこととして、アーニャに招待状を二通手渡した。
「ガゼットさんとアーニャの分。ガゼットさん今、いないみたいだから渡しておいてね」
「いいの? 主任呼んで」
「だってうちの店の担当者さんでしょ? 呼ばない方が失礼」
「あ、それもそっか」
「うん、よろしく」
あとは富裕層エリアと冒険者エリアの各部長課長にも招待状があるのだが、そちらはアーニャから配ってもらうことになった。
用件を終え、次の場所へ。次は船技師、ノブ爺とジョセフのところだ。久々に第五ターミナルへと赴く。ターミナルへと行くのは誘拐されて以来だった。「あんま一人でウロウロしないで」というデルイの忠告をソラノは律儀に守っていた。視察に行くときはバッシが常に一緒だ。デルイも仕事があるんだし余計な迷惑をこれ以上かけたくない。
「ノブ爺さん、ジョセフさーん」
「久しぶりだな」
「おっ、ソラノちゃん!」
二人は仕事を中断してやって来てくれた。
「お仕事中にすみません。お店のプレオープンの日にちが決まったので招待状を渡しにきました」
二人に手紙を差し出すと、嬉しそうにしてくれた。
「いいのか? 俺たちみたいな小汚ぇのが行っても」
「是非来てください。ノブ爺さんにお弁当の話を持ちかけてもらえなかったら、改装資金貯まらなくてきっと追い出されていました。感謝してもしきれません。ジョセフさんも、いつもお弁当買ってくださってありがとうございます」
そう、ノブ爺にはお弁当販売のきっかけをくれたお礼として、ジョセフはデルイに並んでぶっちぎりの来店回数から、招待することを決めていた。純粋な来店回数ならデルイの方が多いが、彼は別に用がなくても店に入り浸っている節があったから購入回数ならジョセフの方が上かもしれない。
「何着ていけばいいんだ。俺いつも作業着だよ」
「作業着はさすがにまずいんで……ジャケットとパンツですね」
「そういやエアノーラ女史とやりあったって聞いたが、どうだった」
ノブ爺が節くれだった手で招待状の封を開けながら尋ねてくる。
「大坂夏の陣に向かう真田幸村の気持ちで立ち向かいました」
それを聞いたノブ爺は、さも面白そうに口の端を歪めて笑った。
「特攻気質だな。それで勝ちをもぎ取って来たんだから大したもんだ」
「ちょっと納得のいかない勝ち方でした」
「勝ちは勝ちだ。胸を張っていいぜ」
「またわからない話で盛り上がってる……!」
ギリギリと悔しそうにするジョセフに手を振り、ソラノはターミナルを後にした。最後に向かうのは保安部だ。働き始めてわかったのだが保安部は位置が少し特殊で、事務職員のフロアから少し離れた場所にある。空港内で暴れた冒険者や不法品の密売をしようとする商人などを連行してくるため、万一犯人が暴れても他部署に迷惑がかからないよう隔離された場所に造られているらしい。
「こんにちは」
「はい。いかがしました」
そうして保安部のフロアへと足を踏み入れ、受付の人が受け答えをしてくれた。いつもいるこの女性も保安部の事務職員らしいのだが、こんな物騒なフロアにいる以上はきっと強いんだろうな、とソラノは思う。
「ミルド部門長、いますか?」
「生憎部門長は会議で席を外しています。ご用件なら承りますがー」
「お、異世界人のソラノさんだ」
受付の人との会話中、後ろから声をかけられた。振り返ると見覚えのある中年男性。ミルド、こちらも部門長だ。
「こんにちは」
ソラノは腰を折って挨拶をした。
「うん。元気そうで何より」
「はい。色々とご迷惑をおかけしました」
最初にこの世界に来た時といい、さらわれた時といい何かとお世話になっている。
「今日はどうしたんだい?」
「お店のプレオープンの日が決まったので、招待状を渡しに来ました」
「そりゃありがたい。俺も招待されるとは思わなかった」
「色々とお世話になっていますから」
ソラノはニコニコしながら招待状を渡す。ミルドはなんだか満足そうだった。
「君のおかげでウチの破天荒が大人しくなってね。感謝してるよ」
「破天荒?」
「デルイの奴。ちょっと前まで素行がよろしくなくて困ってたんだ。ま、ルドルフが見張ってるし、仕事はできるんだがな」
「はあ……」
「これからも手綱を握ってやってくれ」
意味ありげにそう言われるも、ソラノは何かしているという自覚がないので困った。むしろこちらが迷惑かけっぱなしな気がするのだが、どうなんだろうか。
全部渡し終えたところで、店の様子をちょっと見てから家へと帰る。招待状を渡すと、いよいよという気持ちになるから不思議だ。
そして必要なものを揃え、絵も描ききり、メニューも決まった頃、とうとう改装工事が終わるという連絡が来るーー。
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