第58話 暴走牛と大根と卵の煮物

 立っていたのはルドルフとデルイだ。


「え……なんでここがわかったんですか」


 ソラノが声をあげた。もう夜で、これから夕飯にしようかと言っていた時だ。突然すぎる来訪に戸惑いを禁じ得ない。


「ピアスに探知魔法かかってるから、どこにいるのか知ろうと思えばすぐわかるよ」


 デルイはなんの悪びれもなく言った。それは色々と問題があるんじゃないだろうか。ソラノがどこにいるのか丸わかりだ。そんな気持ちが表情に出ていたのか、デルイはフォローした。


「ソラノちゃんに一月も会えないなんて耐えられない。あと、カウマンさんの料理が食べたい」


「すみませんソラノさん。やめろと言ったんですが聞かなくて」


 ルドルフは申し訳なさそうな顔をしている。


「まあ、いいですけど……」


「お、ルドルフ兄ちゃんにデルイの兄ちゃん。久しぶりだな、夕飯食っていけや」


 玄関で押し問答するソラノたちの元へ顔を出し、ごく気軽にカウマンが言った。


「今日は俺が飯の担当だ」


「お邪魔しまーす」


 デルイはなんの躊躇もなく家へと踏み込んで来た。ルドルフも申し訳なさそうながらも付随する。


「ちょっ、ソラノちゃん、このかっこいい人たち誰!? 彼氏??」


 食い気味に聞いて来たのはジルだ。


「空港の職員さんで、お店の顔なじみさん。ルドルフさんとデルイさんだよ」


「初めまして、画家のジルと申します!」


「今メニューの絵を描いたり、招待状書くの手伝ってもらっているんです」


「あ、そうなんだ。よろしくね」


 好意の目を向けられるのに慣れきっているデルイは、ひとまずジルに愛想のいい笑みを向けていて彼女のハートを奪い去ろうとしていた。ジルが完全に落ちなかったのは、ソラノとデルイの仲の良さを見せつけられたからだ。なんだか距離感がやたらに近いし、しかも耳にはソラノと揃いのピアスがついている。「あ、そういうことなんだ」と察するには十分だった。


「ご飯の担当は持ち回り制なんですよ」


「ソラノちゃんも作るの?」


「はい。時々……月に一度くらい」


「なんでそんなに少ないの」


「みんな食べる量が半端ないので、そんなにいっぱい作れなくて……」


 カウマン一家の食べる量は尋常ではなかった。何せみんなガタイが良い。一番小さいマキロンでもソラノの背丈の一.五倍ある。作っても作っても鍋がからになる程食べる。多分、普通の人間の十食分は作らないと間に合わないが、そんな量の料理を作ったことがないソラノに頻繁に押し付けるのは酷だった。


「ソラノちゃんが作ると豚汁と焼き魚ばっかになるよ」


「あはは……」


 豚汁はいい、とソラノは思う。大量に作るのに適しているしご飯に合う。しかしそればかりというわけにはいかないから、ソラノの料理担当は月に一度になっていた。


「まあ嬢ちゃんの作る豚汁うまいけどな。今日は暴走牛のスネ肉と大根と卵の和風煮込みだ」


 どかっと鍋ごと食卓に置かれ、脇に白米が並べられた。


「わっ、今日も美味しそうですね!」


 ジルがよだれを垂らさんばかりに見ている。


「売り物じゃねえから店のものより素材は劣るが、まあ食べてってくれ」


 カウマンが大きなボウルに料理をよそる。湯気が立ち上るそれをルドルフとデルイの前にも置いた。


「いただきまーす」


 総勢七人の賑やかな夕食が始まった。


「肉がほろほろで柔らかいですね。相変わらず、肉の素材の概念を覆してくれるというか……」


 ルドルフがコメントを出した。


「店だともう暴走牛は出せねえからなあ。お貴族様に提供すんのに安物出すわけにいかん」


「俺はうまけりゃなんでも良いけどな」


 デルイが肉を頬張りながら言う。


「大根! 大根がご飯に合います!」

 

 ソラノは肉より大根ばっかり食べていた。味がしみしみの大根は歯がなくても口の中で溶ろけてしまうほど柔らかい。卵も表面が醤油とみりんの濃ゆい茶色に染まっており、芯まで味がついていてめちゃくちゃ美味しかった。


「お嬢ちゃんが来てから、家での食卓は和食が増えたなあ」


「和食最高ですよ」


「かつお節ご飯にも合います」


 もぐもぐと食べ進める。無礼講なのでお代わりは自分たちで盛る方式だ。おたまですくってどんどんお代わりをしていけば、寸胴鍋があっという間に空になった。


「お二人はこういう食事方法、あんまりしなさそうですよね」


「そうでもないですよ。騎士学校で遠征に行った時なんかはこんな感じでした」


「そうそう。作るのも自分たちでな、野郎ばっかで飯まずいのなんのって」



 一体何をしに来たのか、本当にソラノの顔を見てカウマンの料理を食べに来ただけなのか、ともかく二人は夕飯のお礼と称して店の準備の手伝いを申し出てきた。明日は遅番らしいので時間はまだあるらしい。


「じゃ、せっかくなのでプレオープンの招待状の封入作業を手伝ください」


「オッケー」


 プレオープンはお世話になった人たちを招待して、開店前に店の雰囲気を掴んでもらうための試験的な営業だ。試験的とはいえ呼ぶのはエアノーラを含めたお偉方がいるので粗相がないようにしなければいけない。招待状そのものも凝った意匠の便箋と封筒を選び、字もうまかったジルに必要なことを書いてもらった。せっかくなので提供予定の料理の絵も添えてもらっている。


 保安部エースのルドルフとデルイがせっせと手紙を二つ折りにして封筒に入れている様子はなかなかに貴重で見ていてちょっと笑いそうになった。


「ね、ソラノちゃん。これって貴族とか呼ぶの?」


 デルイが尋ねる。封筒にはまだ宛先が書いてない状態だ。


「呼びませんよ、ツテがないので」


 呼んだ方が口コミで店の存在が知れ渡るから、呼べるものなら呼びたいがあいにくそんな知り合いがいない。


「招待するのは空港職員さんと卸市場でお世話になっている方、あとはバッシさんの前職場の人達です」


「そうなんだ」


 そう言うデルイはなぜだか機嫌が良さそうだった。


「ありがとうございます!四十通あっても三人でやるとあっという間に終わりますね」


 招待状の束をトントンと揃えて、ソラノは良い笑顔で言った。


「お二人の分は今もらって行ってくださいよ」


 二通、抜き出して二人に渡す。


「これで明日、配りに行けます」


「お役に立てて何よりです」


「じゃ、もう帰るか」


「はーい、お気をつけて!おやすみなさい」


 玄関先で二人を見送る。

 

 ソラノは兄が出て行ってからの二年間はだいたいいつも家に一人だったから、人が沢山いてわいわいするのはとても嬉しかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る