第56話 改装工事①

 改装工事はいくつかの業者に現場調査をしてもらった上で見積もりを頼み、色々検討した上で決定した。営業担当は人間で工事をするのはドワーフ族だった。デザイン担当はエルフの女の人で、種族混合も極まれりといった業者だ。

 ボロボロの店内に集まって具体的な店の構想を相談する。デザインの大まかな要望を伝えると、そのエルフのデザイナーはその場でスケッチブックに素早くデザインを描いて行く。


「こんな感じでいかがでしょうか」


「いいな」


「いいねえ」


 カウマンとマキロンがそのラフデザインを見て喜色の声をあげた。イメージ通りのデザインが描き上がっている。


「この店の大きさだと、カウンターが十四に四人掛けのテーブルが八くらいが限界ですね。せっかくなので店のデザインに合わせて一からこちらで仕立てますよ」


「色はダークブラウンで統一かな」


「カウンターのハイチェアは回転式のがいいな」


「私はグラグラしなければいいです」


「それから天井、照明はランタン風の吊り下げ照明で間接的に照らしましょう。暗すぎず明るすぎず。ポイントで使う色合いはモスグリーンで」


  デザイナーにより次々に形になるイメージと、同行しているドワーフの大工が構造的な話をして出来る、出来ないを判断して行く。実にスムーズな話し合いだった。


「カウンター上は全面黒板にしてメニューを書き出そう」


「店名は? どこに出そうか」


「外観にデザイン重視のオーニングをつけて、そこに店名を入れるのはいかがですか?」


 外観のデザインにエルフデザイナーが書き加える。それはガラス張りにモスグリーンの格子が入った外観の上部分、カフェなどでよく見かけるおしゃれなひさしだった。同じグリーンの庇の垂れている左側部分に、白い文字で「サンプル」と描かれた。


「そういえば店名どうするよ」


 カウマンが腕を組み、三人に尋ねる。


「この外観でカウマン料理店じゃちょっとなあ。バッシがいずれ継ぐことを考えても、あんま見合った名前じゃねえ」


「王都の玄関口って意味の言葉はどうでしょう。ヴェスティビュール」


 ソラノが提案した。ここは空港、しかも第一ターミナルは王都と世界とをつなぐ玄関口だ。店のコンセプトともあっている。


「おしゃれな感じがしていいねえ」


 マキロンも賛同した。


「ビストロ ヴェスティビュール」


「お嬢さんナイスだな」


「じゃ、そんな感じで決まりだな」


 あっさりと同意を得て決まった新しい店名は「ビストロ ヴェステビュール」。


「メニューは画家の方に描いていただくと伺っています。ちょうどこの店名の下、縦長に壁を設けそこへ描くというのはいかがでしょうか」


「いいねえ」


「あとキッチンの方の話なのですが。金額を考えると最新のものは入れられないので……こちら数年前のタイプになりますが設備としては申し分ないと思いますよ。カウンター対面式のオープンキッチンなのでコンロは壁際、食器など洗うシンクはお客様から見えにくい場所に位置している反面、盛り付けはカウンター越しに見やすい場所にありますのでお客様の目を惹きつけるかと。提供も容易でしょう。何よりゆとりのある設計なので体躯の良い種族の方が並んで入っても余裕があります」


「それはいいな」


 エルフデザイナーの感性は豊かで、こちらの脳内にあるイメージをそのまま描き出してくれる。

 何度か打ち合わせをし、イメージが固まったところで着工となった。改装工事はおよそ一ヶ月、改装中はさすがに店を休まざるを得ないので、その間は以前にカウマン夫妻と行ったことがある問屋街でカトラリーや食器を探したり、メニューを開発したり、画家を探したりすることになる。


「ところで画家、どう探すよ」


 カウマンに言われ、はっと気がつく。画家をどう探すのか。これは結構難しい問題だった。


「貴族の肖像画なんかを描く宮廷画家は絵のジャンルが全く違うし、そんな人たちに頼んだら目玉が飛び出るような値段を取られるだろうしねえ」


「人物や動物、風景画を描く画家はいても、料理を描く画家ってのは聞いたことがないな」


「え……そうなんですか?」


 画家に描いてもらうと提案した時「それはいい」と言われたもんだから、てっきりそういった人たちがいるのだと思ったが違うらしい。


「飲食店は基本文字のメニューを表に出すだけで、あとは自分たちでちょっとした絵を描くくらいだな」


 写真も食品サンプルもない世界なら、そういうことになるのだろう。けれど今回の店は料理の見た目が売りになっているので、そこをアピールせねばならない。


「中心街にストリート画家がいるから、そこ行って探してみるか」


「俺たちはメニュー構成で忙しい。母さんとお嬢さんで行ってきてくれ」


 そんなわけでソラノはマキロンと連れ立って王都の中心街へとやってきた。

 王都の中心街と一口に言っても、そこは広大だ。何せ王城のお膝元、高級レストランやブランド品店が軒を連ねる、庶民には足を踏み入れられないハイソな通りから、そこそこの価格帯の雑貨屋や衣料品店が並ぶ通り、冒険者ギルドを中心にして酒場やポーション店、武器防具屋が並ぶ通りまで色々な場所がある。

 その中で今回ソラノたちが訪れたのは蚤の市みたいなテントが立ち並ぶ猥雑な通りだった。


「ここは中心街の中でも異質でね。話しかけられてもむやみに相手しちゃいけないよ。押し売りされかねない」


 確かに地面に絨毯を敷いて座り込み、なんだかわからない雑多なものを並べている店先でギラギラと光る眼でこちらを見ている人間をちらほら見かける。


「定期的に騎士の方達が取り締まっているんだけど、過ぎ去るとこうやってまた集まってくるんだ。画家が集まってんのはあの一角だね」


 そうしてマキロンが指差す方を見れば、様々な大きさの絵画を額縁に入れ販売している一団を見つけた。販売する気があるのかないのか、掲げられたキャンバスに埋め尽くされるように各々のテントの中に身を潜め、そして新たな絵を描いている連中がほとんどだ。ソラノはマキロンとともに、その絵を一つ一つ眺める。ほとんどが王都の建物や王城を描いた絵で、たまに動物の絵などが混ざっている。


「ソラノちゃんは絵に詳しいかい?」


「全然。美術の成績は十段階中下から三番目でした」


「そりゃまた、どっちかっていうと悪い方だねえ」


「でもまあ、絵のテイストくらいなら何となく分かりませんか?」


「そうさねえ。まあ、漠然とした絵を描く人より、一つのものをじっくり描いている人がいいかねえ」


「風景とか建物より、動植物描いてる人の方がいいですかね」


 そして見つけた一つのテント。その小さなテントでは二十枚程の絵が立てかけられており、道端に咲いている花だとか、窓辺でくつろぐ猫だとか、そんなごくごく普通の絵ばかりが飾られている。絵もリアリティを突き詰めすぎている訳ではなくかといって下手なわけではもちろんない、暖かみのある絵だった。テントの中にうずくまって、ひたすらにキャンバスに向かうこの絵を描いた画家にソラノは声をかけた。


「こんにちはー。ちょっといいですか?」


 よほど集中しているのだろうか、ソラノの声に反応してくれない。


「こんにちは」


「あ、はいっ」


 二度目の声掛けにしてやっとこちらを向いたのは、メガネをかけた猫耳族の女の子だった。


「今、何描いてたんですか?」


「えーっと……これ」


 見せてくれたのは細かい装飾が施してあるオルゴールだった。


「細かいですね。建物とかは描かないの?」


「うーん。私には大きすぎるものを描くの、向いてなくって。こういう小さいものの方がいいんです」


「なるほどねー」


「あんた、料理を描いたことあるかい?」


 マキロンが尋ねると、うーんと顎に指を当てて考え込む。


「料理はないかなぁ……機会があれば描くのも面白そうですね」


 ソラノとマキロンは顔を見合わせてニヤッと笑い、そして三流の芸能プロダクションのスカウトが吐くようなセリフを吐いた。


「ちょっと、ウチの家まで来てみない?」

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