第55話 幕間のアントルメ
ソラノはぼーっとながら飛行船の後ろの方の座席に一人、座っていた。
プレゼンが終わった後、放心状態で店のカウンター席に腰掛けていたら「お疲れ様。今日は大変だったからもう帰っていいよ」と言われ、こうして一人帰途についている。
ソラノ一人を帰すことなどあろうはずがないのに、頭が働かないソラノは頷き言われるがままに帰っていた。帰ったところですることなどない。
「隣、空いてる?」
そんなぼーっとするソラノに声をかけてくる人がいて、「あ、はい」と言って見上げたら、とてもよく見知った人物だった。
「デルイさん」
「お疲れ様」
そう一言言うと、彼はソラノの隣に座って来た。
「気分はどう?」
「そうですね……」
今日プレゼンがあることを知っていて、そして終わったことも知っていての質問だろう。一言で今の気持ちを言い表すのは難しい。
「まだ現実味がありません」
「そっか」
彼はそう言い、いつかのようにソラノの横顔をじっと見つめる。そして人懐こい笑みを浮かべてから、こう言った。
「この後暇なら、ちょっと付き合ってよ」
「外ですねー」
何度目かの王都郊外だ。こんなに気軽に来ていい場所じゃない筈なのに、なぜかデルイは近所の公園にでも行くノリでソラノをこの低ランクの魔物が跋扈する場所へと誘ってくる。
今は魔法の練習が出来るような気分ではないのだが、誘いに乗ってしまった以上やるしかないかな。そんな気持ちで身構えていると、デルイは野原に座り込み隣をポンポンと叩いた。
「とりあえず座ろっか」
「はい」
言われるがままに隣に座る。拳一つ分空いた微妙な距離で、時折吹く風に身を任せていれば、デルイが「見てて」と言って左の掌を上に向けた。
見ていればそこに魔法で水でできた球体が生み出され、それが凍ったかと思うと次に中で稲妻がパチパチと光を撒き散らしながら放電を始めた。さながらスノードームの中で花火が弾けているかのようでとても綺麗だった。
「綺麗ですね」
「結構制御が難しいんだ。あんまり意味のない使い方だけど」
「そんなことないですよ」
ソラノはデルイを見て言った。
「元気がもらえます」
「なら良かった」
視線を戻しなおも爆ぜる光を見ながら、ソラノが言葉を続ける。
「デルイさんってすごいですよね。前に戦ってるところ見たときから思ってたんですけど。簡単に魔法を使えちゃう。しかも剣で戦いながら」
「まあ、ずっと鍛えてるからね」
「じゃ、努力家ですね」
デルイは少し驚いたような顔をしてこちらを見てくる。
「違うんですか?」
「どうだろう……そんな言われ方されたことないからな」
沈黙を挟んだ後、デルイがあとを続けた。
「俺にも兄貴がいるんだ」
「一緒ですね。お兄ちゃんっていいですよね」
「いや全然」
即座に否定され、ソラノは眉をひそめる。
「俺ん家って皆騎士団に所属してるんだけどさ。ガキの頃から親父に、兄貴二人と一緒に散々鍛え上げられて。けど俺だけあんまり出来が良くなかったんだ」
「え……意外。なんでも器用にこなせそうなイメージでした」
「そんな事ないよ。俺は細身で筋力が付きにくいんだ。だからその欠点を魔法で補いながら戦ってるんだけど、どうやら親父と兄貴たちはそれがあまり気に入らないらしい」
「私は戦闘のことは全然わかりませんけど、自分に合ったスタイルで強くなってるなら、それでいいと思いますよ」
一体話がどこに向かっているのはわからないまま、ソラノは相槌を打つ。
「ありがとう。ソラノちゃんはいい子だね」
ゆっくり頭を撫でられた。
「今日はがんばったね」
「……はい」
ソラノは今日のプレゼン後、エアノーラに言われた言葉を思い出す。
+++
「ここまで完成させてくるとは思わなかったわ」
そうして一枚の書類にサインをすると、席を立ちソラノに手渡してくる。
「これ、改装の申請書類。先にサインしておいたから、あとは担当者に手渡せばいい」
腕を組んで、エアノーラはため息をついた。
「実はあなたたちの店が退店した跡地に女王のレストランの分店を出店させようと思っていたんだけどね。オーナーに言われてしまったの」
『そこの店にはうちの元サブチーフが雇われて行ったよ。うちが手を出さなくても彼なら上手くやってくれるさ』
「……その通りみたいね。先を越された気分だわ」
眉を顰め、こちらを見る目は複雑な色を宿している。と言うことは、女王のレストランの誘致に成功していたら、プレゼンの出来に関係なく容赦なく退店させられていたということだろう。結局のところバッシの引き入れに成功し、女王のレストランの総料理長の口添えがなければこの勝利をもぎ取れなかったとすれば、ソラノとしてはあまり面白くない。
「そんな顔するもんじゃないわ。周りを固めるのも立派なやり方の一つよ」
「そうかもしれませんね」
ソラノとしては珍しくつい捻くれた言い方になってしまった。
「あなた、まだ若いから知らないと思うけれど。世の中汚いやり口の大人なんてごまんといるわ。正々堂々勝負していられるのは運がいいだけよ。結局勝ったもの勝ちよ。だからあなたは私から勝利をもぎ取ったものとして、胸を張っていいわ。ま、でも」
エアノーラは一旦言葉を切って肩をすくめる。
「これからでしょうけどね。店を改装して、ちゃんと客を呼び込めなければ今度こそ退店してもらうから。向こう一年が勝負だと思って頂戴」
「……はい」
その言葉を胸に刻み、ソラノはしっかりと返事をした。
+++
「まあでも、まだまだこれからです。だって退店を取り消されただけで、これからお店の改装して、色々揃えて、それからお店をオープンして、お客さんに来てもらわないといけないから」
「そうだけどさ。でも今日くらい休んだら? ずっと頑張ってきたんだし。ほら、肩貸してあげるよ」
撫でていた手に軽く力が加わって、そのままデルイの方にぽすんと倒される。肩にそっと頭を乗せて寄りかかるような体勢になって、ああ、居心地がいいなーと思ってしまった。同時に罪悪感が押し寄せてくる。
「なんか色々すみません……いっぱいいっぱいで、結構ひどいことばっかり言っていた気がします。お誘いも、ずっと断ってて」
「気にしないで。俺も余裕がなかったから」
でも、とデルイは言葉を続けた。
「もう少し落ち着いたら、あのドレスを着たソラノちゃんとデートしたい」
「え……あれを着て……?」
あれを着てってことは、それなりの場所に行くことになる。慣れないヒールの高い靴を履いてずっと背筋を伸ばしているのは肩肘が張るので正直勘弁してもらいたい。勘弁してもらいたいのだが。
「俺だって可愛い格好したソラノちゃんと二人でデートしたい」
笑ってはいるがその目は拒否することを許さない目だった。諦めにも似た気持ちで、ソラノは返事をする。
「はい」
まあいいか、とも思った。結局のところそういう事なのかな、と薄々感じてはいるけど、まだこのままの関係がいいかなーと思ってしまうのは贅沢な事なのだろうか。けれど少なくとも兄が聞けば、この変化を喜んでくれるのは確かだろう。
「私、デルイさんとこうして一緒にいると落ち着きます」
「俺もだよ。ソラノちゃんといると落ち着くし癒される」
「デルイさん、和食好きですか?」
「あんまり口にした事ないな……今度食べに行く?」
「いえ」
ソラノは寄りかかった肩から頭を上げ、ニコッと笑った。
「今度作りますね」
久しく作っていないあの料理を練習しないと、とも思った。
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