第54話 そしてプレゼンテーション

 そしてプレゼンの日がやってくる。その日、カウマン夫妻は朝からそわそわと落ち着きがなく、お弁当を売り渡す時にお釣りをしょっちゅう間違えたり、渡すはずのお弁当を間違えたりしていた。蓋を開けたらおかずが入ってませんでした、なんてこともあり全然仕事にならなかった。そして対照的にソラノとバッシは落ち着き払っていた。


「やれることは全てやりました」


「ああ。あとは会議室へと行き、俺たちの成果を披露するだけだ」


 テーブル席に広げた数枚の資料をかき集め、ソラノは静かに立ち上がる。


「ソラノちゃんはどうしてその歳でそんなに肝が座ってるんだい」


 大舞台を前にして尚、緊張した様子を見せないソラノに畏怖の念を込めてマキロンが聞く。思えば、ソラノが店に来てから物怖じした様子を見せたことなど一度もない。彼女は店が潰れる寸前だった時、市場調査と称して事もあろうに私服姿で中央エリアに突っ込んで行った。エアノーラを前に舌戦を繰り広げた時といい、並みの度胸の持ち主ではない。


「私にとって最も恐ろしいことは、店が取り潰されることだけです。それを回避するためなら……どんなことでも受けて立ちます」


 資料を手に、はたと見えぬ敵の姿を見据える。その姿はさながら、これから合戦へと向かう戦国武将のようだった。ソラノ・戦国武将モードだ。ノブ爺がいれば好きな武将について語り合い盛り上がれたのだろうが、生憎今日は姿を見ていない。ちなみにソラノが好きな武将は真田幸村だったが、それはこの場合において口に出さないほうがいいだろう。真田幸村は大坂夏の陣で多大なる功績を残したが、結局討ち死にしている。この状況においてふさわしい人選とは言えない。


「行きましょう」


「おう」


 そして武将ソラノは自身の盟友であり師匠であるバッシとともに会議室へと向かう。バッシはワゴンにお皿を載せて、その上には銀のドームがかぶせてあった。これこそが秘密兵器だ。


 まだ誰もいない室内で、ソラノは細長いデスクの上に資料を配っていく。これはアーニャに教わったことだ。目上の人が来る前に、各席の前に資料を配っておけば会議がスムーズに進行する。さすが雑用ばっかりやっているだけあって、そう言った一通りの知識をアーニャは身につけていた。バッシもドームをかぶせられたお皿を並べていく。その数は十四。一人につき二皿ずつだ。


 やがて時刻は指定された時間となり、ポツポツと会議室に人が入り始めた。最後にやって来たエアノーラが真ん中の席へと着き、前に立つソラノを見る。目と目があった。ソラノはやる気満々だったが、エアノーラの瞳は何の感情も宿していないように見える。ただ冷静に、常の会議と変わらない平常心。そして彼女の口が開く。


「始めなさい」


「はい」


 ソラノは人生初のプレゼンにして史上最強の敵を倒すべく、己のプレゼンテーションを始めた。


「私たちは今日、大切な三つのことを伝えるためにこの場に来ました」


 ソラノは落ち着いて話を切り出した。


「それは店の求める姿です。テーマ、価格、そして言うまでもなく料理について。順番に説明します。まずは、テーマ」


 

「テーマはーーこの花と緑の王都を、お店で再現すること。ここは世界に名だたるハブ空港。遠い異国から帰ってきた人に中心街まで行かなくても王都に帰ってきたと感じさせるような、これから異国へと旅立つ人に故郷を思い起こすひと時を過ごせるような。王都へ旅行に来た人にとっても思い出に残る味にして、旅立ちに華を添える。私たちはそんな店づくりをします」


 ソラノは合間に沈黙を挟みつつ、緩急を添えて話をする。決して焦らず、早口になることも、どもることもなく、淡々と話をする。


「王都を再現するのはあくまで料理です。だから店構えは落ち着いたダークブラウンを基調に、梁や柱にアクセントとなるよう緑を使います。店の前面はガラス張り。店の前の空いたスペースまで拡張することで客席を今の倍に増やします。

 店の営業時間は十時から二十二時まで。富裕層の方達はレストランの予約を取っているか、船内での食事を楽しみにしている方が多いでしょうから、軽くつまめるアラカルトとグラスワインをメニューの主軸に置いています」


「価格に関しては今まで売っていたお弁当より大きく引き上げます。引き上げる理由は、素材にこだわりを見せるから。安価な原材料ばかりをを仕入れたのでは、空港を利用する贅沢な食材に慣れ親しんだ富裕層及び冒険者の皆様の舌を満足させることはできないでしょう。卵も肉も魚も、ブランドのあるものを使って。野菜はこだわりの栽培方法で育てたものを。資料にメニュー表をいれてあります」


 資料にいれたメニュー表を並ぶ面々が見つめる。一人の男が意見を述べた。


「確かに高くはなっているようだけど、一皿がせいぜい千五百から二千ギールだ。他店舗に比べると圧倒的に安いな。私は富裕層エリアの飲食課を担当しているが、客単価が最低でも一万ギールをくだらないこの空港において、これでは勝負にならないんじゃないかな」


「いいんです。先ほども言った通り、食事と食事の合間に立ち寄って楽しんでもらえる店にしたいので、単価は安くても滞在時間を短くして回転率を上げるのが狙いです。

 冒険者の方達は気に入っていただければ何品も注文してもらえるでしょうし、そうすれば単価は上がります」



「そううまくいくかねえ」


 男はため息をつき、言った。別に嫌味で言っているわけではなく、彼の今まで培って来た審美眼がそう言わせているのだろう。暗に、世間知らずと言われているようなものだが、ソラノは気にせずに続ける。


「営業時間は十時から二十二時。富裕層は予約しているレストランへ行く方が多いでしょうから、合間に一品つまんで頂けるような時間から営業開始します。そして最後に料理ですがーーこれはうちのシェフから説明します」


 横に並んで座っていたバッシがさっと立ち上がり、職員たちの前に置いてあったドームを順に外していく。そこで出て来た料理に皆が目を向け、そして思わず息を飲んだ。


「美しいな……!」


 そのつぶやきが誰のものであるか、ソラノはわからないが、とにかく注目を集めることに成功した。


「今回は冷めても美味しい料理を持参しました。まずこちらの前菜、「王都に訪れる夏」とタイトルを冠し仕上げました。メニューにある通り、生ハムとアスパラのブーケ、鮮魚と野菜のミルフィーユ仕立ての二つを盛り付けています。ご賞味ください」


 バッシはバッシで全く臆した風もなく料理の説明をしている。さすが人気料理店でサブチーフをしていただけあり、場慣れしている。

 その前菜はバッシの感性を余すことなく使用した芸術的な一品だった。

 塩茹でしたアスパラガスを生ハムで巻き、輪切りにしたオレンジ、黄色の実物野菜を添えて上から酸味の効いたドレッシングをかけたブーケ。そして季節の鮮魚と野菜を交互に重ねた、見た目に鮮やかなミルフィーユ仕立て。


「王都の夏は緑と花の盛り。様々な色合いの食材を使用することでその夏の豊かな色彩を表現しています」


 居並ぶ面々がフォークとナイフを手に持ち、料理に手をつける。カトラリーと皿がぶつかる音だけが響くわずかな静寂の後、


「見た目だけでなく味も美味しい」


「ありがとうございます。では次に」


 バッシが隣の皿を手のひらで優雅に示す。


「王都の秋のパテ・ド・カンパーニュ。ひき肉と野菜、木の実をスパイスと塩胡椒で味付けをし、型に入れてオーブンでじっくり蒸し焼きにしました」


 パウンドケーキのような細長い型に材料を順に敷き詰めて入れ、蒸し焼きにするパテは断面が肉と野菜と木の実の美しい三層に分かれている。冷めてもなお食欲をそそる香ばしいスパイスの香りが昇りたち、思わずゴクリと喉を鳴らしてしまう者もいた。


「これほどまでに綺麗な層に分かれたパテは初めてお目にかかる」


「よろしければ付け合わせのバゲットに塗ってご賞味ください」


 エアノーラは言われた通り上品に切り分け、フォークの背でバゲットにパテを乗せて食す。その味わいはどうだろう。今まで口にして来た数々の美食がかすむほどに、完成されたパテだった。これが人気料理店のサブチーフの実力なのだとしたら、なるほどソラノという娘も自信を持つというものだ。

 驚く面々を前にソラノが畳み掛けるように言った。


「これはメニューのほんの一部にすぎません。スープ、肉料理、魚料理、デザートに至るまで私たちは一貫して美しい見た目、そして見た目に劣らない美味しい味のものを提供します。人目を引き付けるため、メニューは絵師を雇って描いてもらい、お店の前に看板として掲げます。一品頼めば他の品も見てみたくなる。そして店のことを誰かに自慢し、聞いた人も来てみたくなるーーそんな店づくりを私たちはしていきます」


 これが、ソラノたちの持てる全てだった。話術と料理で引きつけ、エアノーラから是を引き出す。果たしてうまくいったのだろうか。エアノーラはカトラリーを優雅に皿の上に置き、資料を眺め、ソラノとバッシを見つめる。プレゼンを始めた当初、何の感情も浮かんでいなかったその目には確かに喜色が浮かんでいるような気がした。それともそれは、ソラノが望んでいたからそう見えるだけなのだろうか。


 おおよそ五分は時間が過ぎ、そしてエアノーラはふっと笑みを浮かべた。


「ここにいる皆、私と同じ意見だと思うけれど」


 そうしてエアノーラは居並ぶ部長課長が静かに頷く顔を見て、続けた。

 開いた口は、こう言葉を紡いだ。


「よく出来ているわね」

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