第53話 花と緑の都の味

 グランドゥール王国王都は花と緑の都と呼ばれている。それは一年を通して街中に花が咲き乱れ、緑が溢れているからだ。建物の外壁には蔦が茂り、窓からは花が溢れんばかりに顔を覗かせている。王都中心の王城を筆頭に、それこそ郊外にある空港までもその姿勢は一貫されており、王都に居を構える家では植物を育てることが義務付けられていた。それは王国が平和な印であって、王都はその象徴とも呼ぶべき存在だからだ。

 そんな王都を、料理で再現する。それは一体どういうことなのか。バッシは厨房に立ち、サンプルとなる料理を作っていた。


「例えば俺がスープを作るとこうなる」


 トン、とカウンターに出されたそれは底の浅い透明なガラスボウルに入っていて、薄緑色の液体が上品に注がれていた。上には食用花が三日月型に乗せられていて、まるで緑の野に咲く花のようだった。


「野に見立てたグリーンアスパラガスの冷製スープ 花まで味わってくれ」


 一口含めばアスパラガスの持つ素材の甘みがふんだんに感じられ、見た目だけでなく味でもちゃんと楽しめる一品になっていた。


「父さんの作ったハンバーグを盛り付けるとこうだ。テーマは、春の王都に咲くカプレーゼハンバーグ」


 大きめの皿の中央に丸々とはち切れそうなハンバーグが乗せられ、上にトルメイの輪切り、とろけたモッツァレラチーズ、そしてバジルが一枚。


「すごい、お弁当に入ってるただのハンバーグがおしゃれ料理になって出て来た……!」


「モッツァレラチーズはそれだけだと味気がないから、下にソースも挟んでおいた」


「ハンバーグが美味しいのは知っていたけど、こうするとまた違った味わいになるねえ」


 マキロンも感心したように食べている。


「無骨な拳骨コロッケもこの通りだ」


 これまた中央に丸く敷かれたデミグラスソースの上にちょこんと上品に盛られたコロッケ、そして天辺にハーブが軽く乗せられている。


「ジャガイモと暴走牛のコロッケ ローズマリーを添えて」


 次々と打ち出す料理は、それ自体は見慣れたもののはずなのにこうして提供されると新鮮味がある。バッシの語る料理名も詩的で雰囲気が抜群だった。


「俺たちが目指すのは高級料理店じゃない。それだと客層が限られるし、この狭い店内で何時間も居座られると回転率が下がる。目指すべきは・・・ビストロ!」


 ビストロ。それは家庭的な雰囲気の店で、気軽に料理を楽しむために入る店だ。ドレスコードは必要ない。格式ばった店では子供の入店が断られることが多いが、ビストロに年齢制限は存在しない。お酒に合わせた料理が用意されたその店はどこかホッとする雰囲気で、このカウマン料理店が目指す方向性にぴったりだ。長く飛行船内に閉じ込められていた乗客を迎え入れる、暖かなお店を作り上げる。そして大切なことは貴族も商人も冒険者も関係なく等しく来店できるような店構えにしなければならない。


「天井もっと高くして、照明器具を吊るしましょうよ。料理のテーマは王都の中心街なので、緑をベースに落ち着いた雰囲気にしたらどうです?店の壁はガラス張りで、店の前のスペースまで拡張しちゃえば座席数がもっと確保できます」


「それはいいな。どうせ店の前のスペースは無駄に空いてるんだ。使えるものは使わないと」


「あと、メニューは絵師の方に描いてもらってメニュー表代わりにお店の前においたらどうでしょうか」


「視覚で訴えるのは大切だ。お嬢さん、ナイスアイデアだぜ」


「お高い身分の人に出すってんなら、今まで通りの材料を使うわけにはいかないねえ」


「原価が上がるが、もう少しいいモン使わねえとな。卵はツィギーラ、野菜はブランドもんで、肉は……どうするか」


「さすがに暴走牛使うわけにいかないよ」


「ミノタウロスでどうだ」


「魔物ってところは譲らないんですね」


「当たり前だ。これは俺たち種族の矜持がかかってる」


 そんなこんなで話は四人でどんどんと進んでいく。


「ワインはボトルじゃなくグラスで提供だな。種類揃えとかねえと」


 バッシが腕を組んで言った。


「グラスもカトラリーも食器類ももうワンランクは上のものにしねえとな」


「改装案、業者を交えて具体的に詰めたいねえ」


「でもプレゼンまでにそこまでする時間がありません」


「そうだ、プレゼン……資料どうするよ」


 バッシに言われ、ソラノは考える。さすがにプレゼン資料作成のやり方まで兄は教えてくれていない。当たり前だ。そんなことを高校生の妹に教える兄などいない。ただソラノは、兄から聞いたことのある言葉をそのまま口に出してみた。


「プレゼンに大切なのは資料じゃない。トークだ」


「トーク?」


 ソラノは頷く。かの有名なスティーブ・ジョブズを見よ。ジョブズのプレゼンは社の製品同様にシンプルで、シンプルだからこそ明確に必要なことが伝わってくる。彼は資料ではなく、話術で人を引きつけている。言葉巧みに聴衆を自分の世界へと誘い、瞬く間に人々を魅了する。重要なのは情熱を持って話すこと。自分の考えに、そして自分たちの作り上げたものに、確固たる自信を持って人々へアピールすること。そこに凝ったパワポ資料やびっしり文字の書かれたスライドは必要ない。

 ソラノの兄もソラノ同様、口の上手い人だった。ただしソラノがその元気と明るさと勢いで人を自分のペースへと巻き込むパワータイプだとすれば、兄はやんわりとした雰囲気を醸し出し、優しく人に寄り添って包み込むように他者を自分の土俵へと引き入れるタイプだった。兄が担当した顧客は、兄の優しく誠実な人柄が信頼できるから、といった理由で契約を決めることが多いと聞いたことがある。

 何にしろ、必要なことは決まっている。


「資料はシンプルでいいんです。店のテーマと概要。それとメニュー表。料理店なんですから、それだけあれば十分です。あとはバッシさん」


「なんだ」


「当日に用意してもらいたいものがあります」


 ソラノはバッシの瞳を見つめる。牛人族の目は小さく、体躯に似合わないつぶらな瞳だ。目と目を合わせ、三十秒。それだけでバッシにはソラノの言わんとしていることが伝わった。


「わかった。……とっておきの一皿を用意するぜ」


 プレゼンの日まで時間がない。なぜ異世界に来てまでプレゼンの話になっているのか、それは誰にもわからないが、言い出したからにはやり遂げないといけない。すでにエアノーラと約束をしてから五日が経過している。来てくれるお客がいる以上店を休むわけにはいかないから、店を回しつつの改装案作りが続いている。

 四人で話し合いを重ね、時にアーニャなど職員の話を参考にしつつ大方の筋は出来上がった。王都の中心街を彷彿とさせる店構えにメニュー構成、価格、一貫したテーマを設けることで店に付加価値を与え、それにより客を呼び込む。

 

「最も大切なのは料理なのは言うまでもない」


 バッシの言葉に三人が頷く。職員向けのお弁当も残しつつの料理の刷新はなかなかにハードルが高かった。原価が上がることでお弁当の方も百ギールほど単価が上がってしまったが、これ以上下げると売るほどに赤字となって本末転倒となってしまう。


「料理は全部アラカルトだ。父さんの料理と俺の料理、どちらも得意分野を担当して、さらに盛り付けで魅せる」


 ビストロの店にコース料理のような決まり切ったメニューなど存在しない。シェフの得意とする料理を振るい、店独自の色がメニューに現れる。この店の場合、カウマンが肉料理を得意としているのでそこを活かしつつバッシが前菜やスープ、魚料理などのメニュー決めを担当していく。カウマンだって料理人だ。レシピが決まれば作ることは難しくない。ただし盛り付けに関しては個性が出るので、しばらくの間バッシの指導が必要となりそうだった。

 

「お前に料理を教えてもらうことになるとはなあ。成長したな」


 バッシが皿に盛り付けた芸術的な料理を見て、カウマンが感慨深げに言った。基本的にカウマンは柔軟性のある人間だ。六十にもなって息子に料理を教えてもらうなどプライドが許さないと言うような人物もいるだろうが、彼はそうではない。変化に対してついていけず諦めてしまうような一面もあったが、こうして周りが手助けをすればついていこうと食らいつく気概のある人物だ。そうでなければやりたい放題のソラノを受け入れてくれるはずがない。つまりカウマンは、器の大きい人物だった。



「そんじゃ、やれることはやったかな」


 さらに五日が経過して、店の方向性が確固たるものになった時、バッシが言った。


「そうですね」


 ソラノは店の改装案を認めた紙を眺めながら言う。書いてあることは必要最低限だが、我ながらいい出来だと思った。ダラダラした余計な文章で飾ることなく、情報が凝縮されている。

 プレゼンは明日に迫っていた。場所は、商業部門が使用している大会議室の一室。エアノーラ以外に各部の部長、そして課長も同席して公平な目で診断するのだと先日使いっ走りに来たアーニャが言っていた。


「どんと来い」


 お偉方が何人いようが関係ない。ソラノたちは、四人でまとめた考えを発表するだけだ。


 そして運命の日がーーやってくる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る