第52話 店の目指す方向性

 バッシの言う通り、最初に最も格式高い店へと行ったおかげで後は随分と楽だった。ディナーを初日に終え、翌日にモーニングとランチをはしごし、本日はアフタヌーンティーだ。連日の高級食材のオンパレードにもうソラノのお腹も心もいっぱいだったが、遊んでいるわけではないのでやめるわけにいかない。そんなわけで今、ゆったりとしたソファにバッシと向かい合って腰掛け、三段重ねの豪華なアフタヌーンティーを楽しんでいる。

 アフタヌーンティーとは何か。それは昼食と夕食の合間に楽しむ軽食の位置付けであり、発祥は地球のイギリスであるが、こちらの貴族たちにもその優雅な時間がウケてこうして定着した文化である。よってマナーなどもほぼ地球と変わらない。変わらないが、そもそも地球でそのマナーを身につけていなかったソラノにとっては、あっちもこっちもどうでもいい話だった。


「アフタヌーンティーは上からデザート、温料理、サンドイッチの順に皿が並び、スコーンにはクロテッドクリームとジャムがつく。アミューズ、スープ、チョコレートも並び、飲み物は紅茶だな」 


「こんなに食べたら、絶対夕食なんて胃に入らなくなりますよね」


「まあそこは気にしたらいけない。夕食の時間を遅くすればいいんだ」


 お金持ちって一体何なのだろう。こうして深く知れば知るほど、その生態を理解するどころかどんどんと価値観の違いを思い知るばかりだ。こんなに毎食豪華なものを食べていたら、あっという間に太ってしまう。それともそんなにもカロリーの使う仕事をしているというのだろうか。


「まあここは世界に名だたるエア・グランドゥール空港だから、気合いの入った店ばかりが軒を連ねているというのもある。普段からこんな食事ばかりしているわけではないだろう。ハレの日に来る店というわけだ」


「なるほど、エリアが分かれているわけです」

 

 アフタヌーンティーは下から順に食べていくというルールがある。ソラノはまずアミューズから口にしながら唸った。エアノーラ部門長のやり方は理にかなっている。もしこれが冒険者向けの店と混ざっていたら渾然一体としすぎていただろう。

 しかし、目の前のサンドイッチやデザートを前に、思わず考えてしまうことがある。


「どれもお洒落ですけど、いまいち……写真映えに欠けますね」


「シャシンバエ?」


「私のいた世界の流行りで、見栄えがするもののことです。例えばこのサンドイッチ。きゅうりしか挟まってないから……地味」


「きゅうりのサンドイッチは伝統的なものだよ」

 

「それにしたって、もう少し何とかなるんじゃないですか?ケーキにしても色味が微妙ですし。せっかくの三段重ねのティースタンドが輝きません」


「お嬢さんの審美眼は厳しいな」


 確かに、日本では様々な見た目の工夫が凝らされた料理が気軽に楽しめていたから目が肥えてしまっているのかもしれない。


「ずっと思っていたんです、昨日も一昨日も。女王のレストランでバッシさんが出したワンプレートランチはテーマがあって、それに沿った作りと盛り付けになっていたでしょう?でも今回行ったお店にはそれがなくって。食材が高級なのはわかったんですけど、それだけっていうか。勿論見た目が悪いわけじゃなくて、綺麗に盛り付けられているなとは思うんですけど」


「ふむ」


 バッシはティーカップをソーサーに戻し、少し考えるように言った。


「お嬢さんと俺はよほど気があうようだ。俺も、女王のレストランの総料理長もお嬢さんと同じ考えを持っている。料理とはまず……見た目だ。一枚の皿をキャンバスに見立て、そこに理想とする絵画を描く。そして口に入れればその見た目以上の驚きを食べる人に与える。料理というのは見た目、味、その両方を兼ね備えて初めて完成すると思っているよ」


「王都といえども、そのあたりまだまだ発展途上ということですね」


「だとすればだ」


 バッシは少し身を乗り出し、面白いものを見つけたというような表情を浮かべた。


「そこに、俺たちの勝機があるんじゃないか?」


 目指す方向性に目処をつけた二人は、高級アフタヌーンティーをさっさと平らげて店へと戻る。


「おう、おかえり」


 店ではカウマンがすごい勢いでジャガイモの皮をむいているところだった。むいた皮がくるくると回って流しの下にある生ゴミ入れに入っていく。ただ芋の皮をむいているだけなのにエンターテイメントと化している。


「一昨日から贅沢三昧だが、なんかわかったことはあったか?」


「バッチリだ」


「そりゃ頼もしい」


「他人事っぽく言ってるけど、父さんだって関係あるぞ」


「若いもんに任せる。俺はなるようになればいい」


 自分の店だというのに、カウマン夫妻はどうも当事者意識に欠けていた。息巻いているのがソラノとバッシの二人ではよろしくない。一丸となって挑まなければ、此度の敵に勝つことは難しいだろう。


「父さん、俺は父さんの料理が旨いと思っている」


「それはどうも」


「原価の安い食材を美味しく仕上げるのは並大抵のことじゃない。ここにある店のほとんどは、素材からして高級食材ばかりだが、この店は違う。料理の腕で勝負している。じゃなきゃ空港職員の皆さんがリピートしてくれるはずもない」


「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか」


「じゃ、そんな料理が旨い店に客をもっと呼び込むにはどうすればいいか。俺たちは掴んできた」


「ほう、何だ?」


「見た目だ」


 カウマンは芋を向くてをピタリと止めて、バッシの方を見た。


「何だって?」


「見た目だよ。料理にテーマを持たせ、見た目でまず客を引き寄せるんだ」


 戸惑うカウマンとマキロンに、ソラノもバッシの意見を肯定するように頷いた。それはSNS文化が過剰に発達した日本ではごくありふれたやり方だった。もっと美しく、もっと美味しそうに。綺麗な写真を撮りたい人たちを集めるために店側が工夫を凝らし、それに賛同する人たちが客となってやって来る。けれどこの世界で見た目にそこまでのこだわりを見せる店はほとんどない。美しくないわけではないが、盛り付けはいたってシンプルだ。


「女王のレストランでは、見た目からまず追求していたのは知ってるだろ。ここでも同じだ。テーマを持たせよう」


「テーマったって、どうすればいいさね」


 マキロンが疑問の声を上げる。これに関して二人はもう、共通の意見を以前に持っていた。夜通し語り合った時に出ていた考えだ。


「ここは空港なので、帰郷を思い起こすようなお店にしましょうよ。遠い異国から帰ってきた人に中心街まで行かなくても王都に帰ってきたと感じさせるような、これから異国へと旅立つ人に故郷を思い起こすひと時を過ごせるような。王都へ旅行に来た人にとっても思い出に残る味にして……この花と緑の都を、料理で再現するんです」

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