第48話 女王のレストラン

「なるほどなあ、話はわかった」


 バッシは職場の休憩室で通信石を起動し、ソラノから事情を聞いていた。大層な大口を叩いたようで、後に引けない状況らしい。まあソラノらしいといえばソラノらしいし、それ程までに自分の事を信用してもらっていると思えば悪い気はしない。何よりソラノはその大口に見合うほどの努力を今までにしてきている。


「バッシさん、いつからこちらに来てもらえますか?」


「そうだな」


 バッシは言葉を切って考える。近々店を辞めることになるかもしれないという事は、実はオーナー兼総料理長に既に伝えてあった。マキロンに見せてもらった帳簿では四百万ギールなど数ヶ月で貯まるという事は目に見えていたし、ソラノのあの情熱を前にして自分も黙っていることなど出来はしない。ただ勿論、まだこの店で働き、学ぶ事がたくさんあるとも感じていたのも確かだ。

 女王のレストラン。その名は「女王陛下にお出ししても恥ずかしくない料理を提供する事」をコンセプトにつけられた名前だ。ここのオーナー兼総料理長はエルフの男性であるスーリオンで、二百歳を超えている。長命種族の利点を存分に生かして、長年料理を作り続けている彼の技量はもはや別格であり店の人気が出るのは当たり前のことだった。

 ちなみにこのグランドゥール王国を現在統治しているのは国王陛下だが、国王より女王の方が響きがいいからという理由で女王のレストランという名前がついている。レストラン、と冠している通りここはそこそこの格式を保っているが、さほど気取った店ではない。

 美味しく見た目も美しい料理を、少し背伸びした庶民にも食べられる価格で提供しているというのが一番のミソだ。朝はモーニング、昼は少し高めのワンプレートランチ及びアラカルト。アフタヌーンティーを挟んでの夜はそこそこの値段のコース料理。お酒の種類も抜かりはない。ドレスコードは夜はジャケット着用が基本だが、朝昼はそこまで厳密な服装指定は設けていない。設けずとも少しおしゃれな格好をしてやってくる人が多いということもあるが、別にこの間のカウマン夫妻のように垢抜けない格好で来るお客がいても追い返すような失礼なことはしない。このレストランのこういった姿勢をバッシは非常に気に入っていた。


「ひとまず料理長に相談してみるよ」


「はい。お返事待っています」


 そうして通信石を切れば、なんともタイミングよく料理長が入ってきた。


「バッシ、難しい顔をしているな。どうしたんだ」


 すらりと背の高いスーリオンがバッシに問いかける。


「例の独立の話が、ちょっと急展開を迎えましてね」


 かいつまんで説明をすると、スーリオンが腕を組んで話を真剣に聞いてくれた。


「なるほど、店の危機なのか」


「ええ。俺としては助けに行ってやりたいと思っています」


「確かにな。店というのは料理人の……命だ。そうやすやす手放せるものではあるまい」


 バッシがここで働き始めて六年が経過するが、料理における方向性がスーリオンとマッチしていたおかげでとても充実した時を過ごせていた。早々にサブチーフへと抜擢され、メニュー開発を任され、それが店の看板メニューにまでなった時には感動したものだ。しかし別れというのはどんなものにも存在する。スーリオンは納得したように頷いた。


「行くがいいさ。やめるかもしれないという話は前々から聞いていた。後任の準備もしてある。何より君を待っている人がいて、君も行きたいと思うのならば私に止める権限はない。まあもしもプレゼンがダメだったら、その時は戻って来るがいい」


「料理長」


「君と働けたこの六年間、非常に楽しかったよ。改装した暁にはプレオープンに呼んでくれ」


 さすが二百年も生きていると、物事を達観した目で見られるのか。スーリオンは些かも迷うことなくバッシを送り出す言葉をかけ、そして右手を差し出した。バッシはその手を固く握り締める。


「お世話になりました」


「君の成功を祈っているよ」



+++




「というわけで、俺も参戦だ」


「バッシさん!」


 通信石で参戦の旨を伝えるバッシ。ソラノの嬉しそうな声が聞こえて来る。


「引き継ぎを終わらせて三日後からそっちに行く。それまでにお嬢さんにお願いしたいことがある」


「なんでしょうか」


 真剣に自分の言うことを聞いているソラノに、バッシはふっと笑って言った。


「空港にある富裕層向けの店をいくつかピックアップしておいてくれ。モーニング、ランチ、アフタヌーンティー、ディナーそれぞれの分野で有名な店があるだろう?敵情視察に行こう。お嬢さんの服もちゃんと用意しておくんだぞ」


「敵情視察……」


 ソラノの声から緊張が伝わって来る。無理もない。空港に出店している店はどれも一流の店ばかりだと聞いている。数ヶ月前のソラノなら足を踏み入れることすらできなかっただろう。だが今は違う。彼女はこの自分との特訓を経て、完璧なテーブルマナーとコース料理の知識を身につけている。こと食事に関してのみ言えば、どこに出しても恥ずかしくない淑女の出来上がりだ。


「お嬢さん、特訓の成果を見せる時が来たようだ。目にものを見せ、一泡吹かせてやろうぜ」


「っはい!」


 力強い返事とともに通信石からの連絡が途絶えた。


「三日後が楽しみだ」


 バッシも心が高揚しているのを感じた。店を持つ前に、オーナーを説得させる。ハードルは高いがやりがいがある。これでダメなら自分もまだまだだと言うことだ。

 今までの料理の知識を、技術を存分に活用し必ずや勝利をもぎ取って見せる。そのために必要なのは、まずはライバル店舗を知ることだ。ソラノと二人でならば、必ず出来る。


 もはやカウマン夫妻を置き去りにして、話はどんどんと転がって行くのだった。

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