第47話 帰りの飛行船で

「お嬢ちゃんは無茶ばっかするな」


「あたしらの心臓がいくつあっても足りないよ」


 カウマンとマキロンは心臓のあたりを押さえながら互いに呟いた。一方デルイとジョセフは少々ズレた視点で言い合いをしている。


「ソラノちゃん、仲のいい男がいたんだな……夜通し語り合うほどの仲だなんて俺はショックだ」


「ジョセフ君、ちゃんと話聞いてた? カウマンさんの息子だって言ってたじゃん。もう四十くらいになるおっさんだよ」


「ソラノちゃんはおっさんが好みなのか。ノブ爺とも仲良いしな……俺にはわからない話で盛り上がってるとこ、よく見かけるし」


「ありゃ向こうの世界の話だよ」

 

 どんどん落ち込むジョセフにノブ爺自らツッコミを入れた。デルイも鼻で笑っている。


「そんな訳ねーだろ。ソラノちゃんの相手は俺だけだ」


「お前みたいなチャラチャラした奴、相手にされるわけないだろ! ってか遊び半分で手を出すなよ!」


「遊び半分の子に魔法石の嵌ったアクセサリー渡さないよ」

 

「いいなあソラノ、私もイケメン二人に取り合われたい!」


 バチバチと言い合うデルイとジョセフに、アーニャが心底羨ましそうな顔をする。そんな時。ソラノがみんなの前まで帰ってきた。


「やりました。譲歩案をもぎ取ってきました」


「ソラノってばすごいわね! あの部門長相手にここまで言い合えるなんて、只者じゃないわ!」


「でも大丈夫かい? プレゼンだなんて……アタシらで何か役に立てることはあるかい?」


「とりあえずバッシさんと話をしないと……もう帰りましょう。早く通信石で現状を伝えないと」


「ソラノちゃん、あんな無茶苦茶しなくても俺に言ってくれればエアノーラさんくらい言いくるめられたのに」


 デルイが心配そうな顔で言ってくる。何気なく肩まで抱いていた。ソラノはキョトンとした顔でデルイに問いかけた。


「デルイさん、商業部門に顔が効くんですか? どうやって言いくるめるんでしょう」


「一回食事でもすれば、なんとなくその場の雰囲気で丸め込められるよ」


 大した自信だが、その意味はソラノには正しく伝わっていない。


「そんな迷惑かけられません。それにこれは……お店の問題です。お店の問題は、店にいる人たちで解決するべきです」


「あ、そう? 相変わらず頼もしいね」


「じゃあそういうことなので。私たちは次の飛行船に乗って帰ります」


 エアノーラが乗った飛行船はとっくに飛び立ってしまっている。次を待ち、さっさと帰らなければ。


「いや、俺たちも帰りだから一緒に帰るよ」


「俺だって帰るよ!」


「私もよ!」


 結局ワイワイ言い合う外野とともに、全員で帰ることになった。船内の丸々一角を陣取って雑談をしながら帰宅の途につく。


「にしてもバッシさんだっけ。女王のレストランのサブチーフだなんてすごい人ね」


 アーニャがソラノの隣の席に座って、感心したように言った。ソラノは頷く。


「そう、すごい人なの。知識も豊富で料理も上手くて、しかも熱血漢。あんな人が身近にいてくれてすっごいラッキー」


「ソラノちゃん、もしかしてその人のこと好きになったりしないよね」


 ジョセフが恐る恐るといった風に尋ねてくる。ソラノは一蹴した。


「バッシさんは私の師匠であり盟友です。そんな目で見たことはありません」


「そういうもんなんだ」


「ジョセフ君さ、自分に自信なさすぎ。そんなくだらない質問するくらいならもっと積極的にアピールしたら?」


 ライバルであるはずのジョセフにアドバイスするあたり、デルイの自信が窺える。これでもしジョセフがソラノに積極的になったところで負ける気などさらさらないということか。


「にしても部門長、プレゼンの許可なんてよく与えたわよね」


「あれだけギャラリーが増えていたら、何か譲歩案を出さないとマズいですからね。ソラノさんの意見がよっぽど聞くに耐えない感傷的なものだったならともかく、あそこまで理にかなったことを言われて一笑に伏せば部下からの信頼を無くします」


「なるほど。さすがルドルフさんはよく物事を見ていますね。ってかソラノ、なんでその年であんなに立派な意見が言えるのよ」


「お兄ちゃんの受け売り」


 ソラノの兄は十歳年上で、ソラノに色々なことを教えてくれていた。そのうちの一つが「論理的な意見の言い方」で、それはソラノが確か十五歳の時だろうか、夕飯を食べながら話してくれたことがあったのだ。


「いいか空乃。上司やお客を説得する上で必要なことはなんだと思う?」


「え? 気合い?」


「違う。いいか、それはな、「論理的な意見を述べること」だ。これに尽きる」


「論理的な意見って……何?」


 空乃は夕飯に自分で作った肉じゃがを食べながら兄に聞いた。ちなみに肉じゃがは週に一度か二度作っている。料理は長らく兄の担当だったのだが、働き出すと作れない日が多いので自然に空乃の担当になってしまった。母が作る日もあるが、母も仕事で遅くなる日は空乃が作る。最初はカレーかシチューしか作れなかったが、今はレパートリーもそこそこ増えている。なのになぜ肉じゃがばっか作っているのかというと、兄の好物だからだ。

 兄はこの時新卒入社三年目で、商社の営業として慣れてきてやっと一人で担当を任された頃だった。


「空乃が誰か説得したい相手がいたとする。そうしたら、自分の意見を結論から述べるんだ。そしてなぜその結論に至ったのか、具体的な筋道を提示する。そしてその案が可能であることを述べる」


「お兄ちゃん、さっぱりわからないよ」


「例えば空乃が学校行事の打ち上げを担当することになったとする。そしたら空乃はどこに行きたい?」


「じゃあ、お好み焼き屋さん」


「なんでお好み焼き屋さんに行きたいの?」


「うーん。大人数でも入れるし、みんなで焼いて食べるのが美味しいから」


「みんなでいけると思う?」


「思うよ。だって前にも行ったことあるし、割り勘にすると安いから」


「じゃ、それを順番に言っていけばいいんだ。空乃は打ち上げでお好み焼き屋さんに行きたい。なぜなら大人数で入れるし、みんなで食べると美味しいから。それに前にも行ったことがあるから行きやすい。こんな感じで、「まず」何がしたいか、「なぜ」そうしたいのか、「どうして」それができると思うのか。これを伝えれば相手を納得させやすい。

 あとはその場の雰囲気も味方につけて、相手を自分のペースに巻き込む。そうしたらこっちの勝ちだ」


「なるほど、今度はわかりやすい。さすがお兄ちゃん!」


この一年後くらいに兄は結婚して空乃の決して手の届かない場所へと行ってしまった。兄のお嫁さんの作った手料理を食べた事があるが、とても美味しい肉じゃがだった事を覚えている。出汁から取っていると言っていたし、彩に茹でたさやいんげんが散らしてあってまるで料亭で出て来るかのような出来だった。空乃なんて顆粒のだしの素しか使ったことがないし、調味料の分量が適当だから味がいつも違うし、おまけにしいたけ以外材料がカレーと一緒だった。兄の好物なんだから、もっと気合いを入れて勉強して作ればよかったと、その料亭肉じゃがを食べながら後悔したものだ。

 互いの父と母、そして兄弟を含めたこの大晩餐会において、兄とお嫁さんの間に漂う空気はとても穏やかで、二人がお互いをとても大切にしていることが窺い知れるものだった。おもてなしの心が現れた料理はどれも美味しかったし、手伝いを買って出た空乃に対し優しく接してくれた。このお嫁さんは空乃と対照的な性格をしており、優しさと気さくさ、そして兄と同い年という年相応の落ち着きをその身に備えていた。

 空乃は兄への思いで今まで誰にも負けることはないという自信を持っていたが、このたった一度の晩餐会は空乃のそんな自信を木っ端微塵に打ち砕いてくれた。肉じゃがはトラウマの料理となり、これ以降空乃は肉じゃがを作ることはおろか食べることすらしなくなってしまった。


 なんだか思い出したら切なくなってきた。

 そんなソラノの心中を察したのか、前に座っていたデルイが振り返って頭を撫でてくれる。こういう彼のお兄ちゃん気質なところにソラノは弱い。デルイは兄と見た目も性格も似ても似つかないのだが、彼が見せる優しさが兄のそれと酷似していた。ソラノにはそれが怖かった。今まで大切に守ってきたものが塗り替えられそうな気がして、あんまり心を許しすぎてはいけない気がしている。最近誘いを受けても断っているのは、まあ忙しいというのも事実だったが、それだけが理由ではなかった。少なくとも店がもう少し落ち着くまではあまり近づきすぎないほうがいいだろう。

 まあ、それはとかくとして。


「ちゃんとした改装案を練らないと、今度こそ店が潰れます。船がつきましたよ。それじゃみなさんお疲れ様でした。さよなら!」


 船が王都の空港に着くや否やソラノはカウマン夫妻の手を取って猛ダッシュをかました。


「逃げられた」


「お前、ソラノちゃんにベタベタ触りすぎだ」


「やっぱ照れ隠しじゃないですか? 私はデルイさんを応援してます!」


「ありがとう、アーニャちゃん」

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