第46話 直接対決の行方

 時刻は夕刻をとっくに過ぎ、第一ターミナルには私服に着替えた事務職員がぞろぞろとやって来て帰宅の途に着いている。そのなかにアーニャもいて、彼女は彼女なりにソラノを心配してくれているのか、駆け寄ってきてくれた。


「私には何もできないけど、おじさんたちと一緒にこの事態を最後まで見届けるわ!」


「ありがとう」


 待合所の一角、一番職員用出入り口が見えやすい場所に四人で陣取って座る。他の職員たちに声をかけられつつ、四人はエアノーラが出てくるのを待っていた。


「あ、ソラノちゃんだ」


「明日もお弁当買いに行くわね」


「ありがとうございます。お待ちしています」


 カウマン夫妻がいるおかげか、多分に注目を集めていた。見知った船技師もソラノを見つけてこちらにやって来る。


「ノブ爺さん。ジョセフさん」


「よお嬢ちゃん、んなとこ座って何してんだ」


「今から帰りなら、よかったら一緒にどうかな?」


「すみません、今ちょっと忙しくって。また今度お願いします」


「あ、そうなんだ」


 どこかの保安部員とは違い女性慣れしていないジョセフは、ソラノとの距離をどう縮めればいいかわからずにいた。しかしこのまま帰るのも惜しい気がして、なんとなくその場にとどまってみる。

 今度はルドルフとデルイが出てきた。今日は仕事が終わったところなのだろう。ソラノを見かけるとこちらにやって来る。


「こんばんはソラノさん」


「こんばんは、ルドルフさん。お仕事お疲れ様です」


「ソラノちゃんは何やってんの?」


 デルイが会話に割って入ってくる。


「犯人を確保するために張り込んでいます」


「!」


 そうソラノが言えば、二人はさっと目の色を変えて一緒に座り込んでくる。ジョセフはナチュラルにどかされていた。


「今度は何されたの? 食い逃げ? 痴漢? ひったくり?」


「デルイの守りの魔法が発動してない所を見ると、身体に傷害を負わされたわけではなさそうですね」


 仕事は終わっているがソラノと一緒に犯人を検挙したってかまわないだろう。至って真面目な仕事モードで二人が質問すると、ソラノは予想をはるかに裏切った回答を出してきた。


「犯人は、商業部門の部門長エアノーラさんです」


「は?」


「どういうことですか」


 あまりにも予期していない答えすぎて、二人は間抜けな声を出す。美形が台無しだった。


「エアノーラさんは今日、ウチへ来月末に退店するように指示をだしたんですよ。そんなのって許せないーーーあ、来た!」


 職員用扉が開き、目当ての人物が登場したことで皆まで言わずにソラノは走り出した。


「えっ?」


「あーあ、行っちゃった」


 事態を全く把握していない二人はどうすればいいのかわからないし、一体何が始まるのかもわからない。ソラノが行ってしまった隙を狙い、ジョセフが二人に苦言を呈した。


「お前ら、保安部の人間だろ。ソラノちゃんにちょっかいだすなよ」


「ん? 誰、キミ」


「船技師のジョセフだよ! お前らが船やら備品やら壊すたびに修理させられて困ってんだ。もっとスマートに検挙しろよ」


「ジョセフって、あれじゃん。ラヴィル男爵船に乗っていたフーシェちゃんの声を聞いてた奴だろ。あの時お前が空港にいたらもっと楽に捜査が進んだのに。肝心な時にいないなんて役に立たねー奴」


「おい、デルイ。むやみに人にケンカを売るのはやめろ」


 やたらに挑発するデルイを止めるルドルフ。こっちの話も面白そうだが、今はソラノとエアノーラのほうが重要だ。一触即発状態の二人に、アーニャは空いた席をポンポンと叩いて促してから言った。


「まあまあお二人とも落ち着いて。折角だから皆さんで、ソラノと部門長の一騎打ちを見届けましょうよ」




 ざっ、と靴音を立ててソラノはエアノーラの前に立ちはだかり行く手を遮る。対してエアノーラは、自分の行動を阻害されたことに若干の不快感を見せながらも止まってくれた。十センチはあるであろうハイヒールの踵がカツン、と音を立てる。



「商業部門長エアノーラさんでお間違えないですよね」


「ええ、そうだけど。何か用かしら」


「私はカウマン料理店で働いているソラノです。今日の退店勧告に意義があるので直訴しに来ました」


「ああ、その事ね」


「少しお話しする時間をいただけますか?」


 エアノーラはソラノをじっと見つめる。決して大柄なわけではなくむしろエアノーラは細身だが、その肩書が、実力が、彼女を大きく見せていた。そうやって立って見つめるだけで商業部門の部下たちが軒並み委縮してしまうのだが、ソラノは違った。決して瞳をそらさずに静かな闘志を燃やすソラノにエアノーラは言った。


「五分だけよ」


「ありがとうございます。退店理由は空港の求める顧客を獲得できていないことだと聞いています」


「その通りよ。加えて売上も、他店舗に比べると圧倒的に低い。これ以上ここで存続させるメリットを感じさせないわ」


「私たちはそのことを百も承知で、今まで職員さん向けにお弁当を売ってきました。なぜかって? 改装資金が足りなかったからです。けれどその問題は今日、解決しました。目標とする資金を貯め切ったからです。そして私たちはこれを元手に店の改装を進め、新たに料理人を一人迎えて富裕層と高ランク冒険者、そのどちらも顧客に取り入れようと考えていました。その矢先の退店勧告です」


 ソラノはエアノーラに対し怯む様子を全く見せず、淀みなく訴える様は堂に入っている。成る程、ただの売り子ではなかったというわけか。けれどこのくらいで現状を打破できると考えているのならば、それは非常に甘いと言えよう。


「なるほど。考えなしってわけではなかったのね。でも、たかが料理人を一人雇っただけで相反する二つの客層を同時に店に取り込めると思っているの?随分楽観的な考えだと思うけど。私たちがなぜ、この二つの利用客をエリアごとに分けているかわからない?富裕層と冒険者は、相容れない好みをもっているからよ」


「本当にそうでしょうか」


 ソラノの目がきらりと光る。 


「私が王都中心街へと行ったとき、どちらのお客さんも来ているお店を何件も見ましたよ。お嬢様はお忍びで、冒険者の方たちは羽休めなのか、すこしおしゃれな格好をして人気のレストランに入っていました。足りないのは、どちらのお客も取り込むという気概なのではないでしょうか。私はそう思います」


「へぇ……随分、自信のある言い方じゃない。貴方にならそれができるというの?なぜ出来ると思うのか根拠のある理由を言ってみなさいよ」


「出来ますよ。だって、これから雇う予定の料理人はーー女王のレストランでサブチーフをやっている人なんですから」


「なんですって?」


 エアノーラがわずかに動揺を見せた。交渉が難航している女王のレストラン。そこのサブチーフを引き入れる?大口を叩くにも程がある。


「そんなことができると思ってるの?あそこは超がつくほどの人気店よ、貴方みたいなのが行ったところで相手にされるはずがないわ」


「そうでしょうか?実はそのサブチーフ、ここにいるカウマン夫妻の一人息子なんですよ。いずれ店を継ぐつもりで今は修業に出ているんです。そんな人が店の窮地を知って、黙ってみていると思いますか?」


 息もつかせぬ舌戦に見守る七人は固唾を飲んで見守っていた。帰宅の途に着く空港職員、主に商業部門の職員が何事かと一人また一人と足を止め、ギャラリーはいつの間にか増えていて二人を中心とした輪が形成されていた。アーニャは見ているだけで気を失いそうだった。なぜソラノはエアノーラを前にしてこんなにも言い合いを繰り広げられるのか、全く理解できない。


「継ぐはずの店が潰れそうだと知った時、料理人ならどうするか。私は彼のことをよく知っています。彼はとても情熱的な人です。改装計画を夜通し話し合った事もありますし、新メニューの開発だって一緒に取り組んできていました。今後の計画も聞かずに退店を促すなんて、オーナーというのはテナントに対して随分横暴なやり方をするんですね」


「…………!」


 この娘ただの小娘じゃない。言っていることは根拠のないものが多いし、不確定要素を多分に含んだ計画状態でよくもこの自分の前に立ちふさがったものだと思うが、しかしその度胸は賞賛に値するものがあった。さすがあの落ちぶれた店の売り上げを二十倍に伸ばしただけのことはある。この大勢のギャラリーに囲まれた中、格上に対して自分の考えを堂々と言い切れる人間がどれほどいるだろうか。ともすればその姿は、若かりし頃の自分に通じるものがある。

 そう、相手を説得する上で大切な事はーーいかに相手を自分のペースに巻き込むかと言う事だ。その点このソラノという娘は素晴らしい成果を発揮していた。店の売り上げを伸ばし、人気料理店のサブチーフと懇意にしており、改装計画までも練っていたという。これを無碍にする事は出来ない。少なくともここまでのギャラリーが出来上がってしまっている以上、こちらとしても誠意を見せなければ今後の部下との関係に軋轢が生じてしまうだろう。

 エアノーラはふっと笑い、言った。


「そこまで言うなら猶予を上げるわ。そのサブチーフとやらを雇い入れ、改装計画をプレゼンしなさい。期限はーー今月末までよ。それまでに私を納得させる計画を練り上げられたら退店を撤回してもいいわ」


「言いましたね。絶対、守ってもらいますよ」


「二言はないわ。但し、中途半端なプレゼンだったら当初の予定通り来月末に退店してもらうわよ」


「望むところです」


 かくしてここに、女二人の約束が相成った。

 見ていたギャラリーから、誰ともなく拍手の音が聞こえてくる。それはだんだんと大きくなり、空港の利用客が何事かとこちらを見てくる。いったいこれは何の拍手なのか。それは恐らく、ソラノに対する称賛の拍手だろう。あのエアノーラ相手に全く怯むことなく言い合いを繰り広げ、譲歩案をもぎ取った。見ていて胸のすく思いだ。自分もこんな風に意見の言える人間になりたいーーギャラリーの胸の内はそんなところだろう。


 踵を返したエアノーラはカツカツとヒールの音を響かせながら着港した飛空船へと消えていき、ソラノはこの戦いを見守っていた仲間の所へ戻っていく。

 

ーー戦いの火ぶたは今、切って落とされた。

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