第45話 デルイの憂鬱

「そこのキミ、ストップ」


 第四ターミナルの一角で、デルイは待合所にいた冒険者を一人呼び止めた。体長三メートルはあろうかという大男で、全身が鱗で覆われている。蜥蜴と人間のハーフ種族だ。男は呼び止められた事を不快に感じたのか、ぎろりとデルイを睨めつける。


「あぁ? なんだ、テメー」


 一メートル以上の高みから迫力のある顔で見下ろされ、どすの聞いた声を出されてもデルイは一向に怯まない。隣にいるルドルフもそうだ。つつがなく業務をこなすために定型文句を切り出す。


「その鞄にしまってある物騒なものをこちらへ渡せ。魔物の卵を許可なく他国へ持ち出すことは禁止されている」


「とんだ言いがかりだな。そんなもん持ってねえよ!」


 短気なのか、蜥蜴男は注意を促したルドルフに向かって何の予備動作もなく拳を打ち付けた。その巨体からは考えられないほどの速度をもって繰り出された拳はしかし、ルドルフの右手一本で止められてしまった。動かそうにも拳を握られ、動けなくなる。


「てめぇ……!」


「持ってんじゃん、これ」


 その隙にデルイが男の鞄に手を突っ込み、素早く目的のものを抜き出した。瓶の中に小指の爪ほどの白い卵がびっしりと入っている。


「毒蛾の卵だ。こんな危ないもん持ってどこに行くつもりだったんだか」


 毒蛾は森に生息するBランクの魔物で、鱗粉からは神経を麻痺させる毒をまき散らす。知らずに縄張りに入っていけば、その鱗粉を吸い込み体の自由を奪われた挙句に捕食されてしまうため、注意が必要な魔物だ。錬金術の素材になるためしかるべき手続きを踏み、安全な輸送手段を確保していれば持ち運ぶことが可能だが、こうして個人が瓶などに入れて運ぶのは極めて危険なために禁止されている。


「知らねえよ、そんなもん。勝手に鞄に入ってたんだろ!」


「言い分ならゆっくり聞く。ひとまず一緒に来てもらう」


「知らねえって言ってんだろ!」


 有無を言わせぬルドルフの物言いに激昂し、蜥蜴男は封じられた片腕から魔法を繰り出そうとする。デルイはそんな男の後ろから手刀を繰り出し、首筋に当たった攻撃で男はあっさりと意識を手放した。


「じゃ、運ぶか」


 瓶を小箱に慎重にしまい、デルイは気軽にルドルフに言う。詰め所に戻ってこの男の話を聞き、王都の騎士団に引き渡さなければ。図体がでかいだけで全く大したことのなかった男をひょいと片手で持ち上げると、デルイは詰め所へと足を向けた。


+++


「はぁ……やっと終わった」


 デルイは仕事終わりにロッカーの前でため息をついた。憂鬱そうな表情をしている。


「お前、最近元気ないな。何かあったか?」


「んー、ちょっと。ソラノちゃんが誘っても誘っても断ってくる」


 ルドルフは呆れた顔をしたが、デルイは真剣だった。


「俺、今まで女の子にこんなに断られたことがない。ショックだ」


「何か理由があるんじゃないのか? 聞いてみたのか」


「聞いたよ。何でも、店の改装案を考えるのに忙しいらしい。あとは料理の勉強をしてるとか」


 誘拐事件から数か月がたったわけだが、ソラノとデルイの仲は特に何の進展も見せていなかった。一度だけ、「お礼がしたい」と言われたので一緒に食事に行ったのだが、それきりプライベートで会うことすらできなくなってしまった。

 揃いのピアスの存在は渡した現場に居合わせた女子職員が噂を広めてくれたおかげで空港中に知れ渡っており、ソラノにちょっかいを出そうとする男の存在に牽制をかけていた。別にあの場で渡したことは、早く身に着けて貰って安全を確保したい以外の何の意味もなかったのだが、思わぬ副産物となったようだ。

ソラノはその明るいトークと屈託のない笑顔で仕事に疲れた職員たちを惹きつけているのでデルイとしては面白くなかった。最近では襟足までの髪をハーフアップにしていて耳が出るようにし、店に行く度嬉々として他の男にお揃いピアスを見せびらかしている。結構性格の悪い男だ。

 けれど肝心のソラノとの仲がちっとも縮まらない。それはソラノが勤務時間外の持てる時間のほとんど全てをバッシとの勉強兼改装案の考案に充てている為であって、デルイとしてはもう少しなんとかしたいと思っているのだが、なかなかこの二人の強固な絆を前に割って入っていくことができずにいた。思わぬ伏兵の出現にどうすれば良いかわからない。


 デルイは少し自棄になった気持ちのまま、ルドルフを誘った。


「なー、ルド、久々に飲みに行こうぜ」


「ダメだ。お前どうせ、寄ってくる女を口説くだろ」


「なんで口説いたらダメ? 後腐れないような相手を選んでるからいいじゃん」


「ソラノさんに知られたら幻滅されるぞ」


「うっ……」


「飲むなら俺の家かお前の家かどっちかにしろ」


「あーあ……行きつけの店も持てないなんて俺は悲しい。何のために働いてるんだか」


「今までの女癖の悪さのツケが回って来たんじゃないのか」


 この問題に関してルドルフは一切の容赦をしなかった。なぜなら彼は、過去にデルイの女関係で多分に迷惑を被ったことがあるからだ。デルイはその顔の良さから、或いは貴族の出身という肩書から、そこらへんの店で飲んでいるだけで相手の方から勝手に言い寄ってくる状態にあったし、彼の方も相手を選んでいる節はあったが嬉々として口説いたりするものだから始末に負えなかった。恐ろしいことに、時に立っているだけで相手を陥落させることすらあるデルイを前に、ミルド部門長すら困って「あいつが来てから保安部の風紀が乱れた」と言わしめることさえあった。ソラノのようにデルイの見た目や肩書に好意を示さない人間は初めてだ。

 あそこまで過保護にされておいて,「どんな関係!?」と言いよる女子職員に「いや、ただの常連さん」と言っている様はデルイに多かれ少なかれショックを与えていたし、たとえ照れ隠しだとしてもその言いようは散々女遊びをしていたところを見てきたルドルフに胸のすく思いだった。


「そもそも、簡単に落ちるような相手ならこんなに興味持っていないだろ」


「まあ、そりゃそうかもしれないけどさ」


 それにしたってあまりにも眼中にない状態が続くとさすがのデルイもへこむ。もう少しオンとオフの切り替えができてもいいんじゃないかなと思ってしまう。というかなぜこんなにも彼女に入れ込んでいるのか、時々デルイ本人にもわからないようだった。


「俺はいい加減お前に落ち着いて欲しい」


 ルドルフは本心から言った。ルドルフはデルイの三つ年上で、デルイが空港で働き始めてからほぼずっと組んでいるのだが、本来は一年ごとにバディは入れ替わることになっている。デルイが女を落とすのみならず、組んだ男に女遊びを教えてしまって堕落させてしまうことから、ルドルフ以外の人間と組めずにいたのだ。「別に教えてない。寄ってきた面倒そうな女の子の相手を押し付けただけ」と真剣に言っているのだから始末に負えない。しかも職員に手を出すわけではなく、仕事においては優秀なので部門長ですらあんまり強く言えずにいた。しかしあまり長く同じ人間とばかり組むのはいいことではない。ここらでデルイに落ち着いてもらって、バディを解消したほうがいいというのがルドルフの密かな考えだった。


「あーあ、早いとこ帰って飲もうぜ」


「あんまり遅くまで居座るなよ」

 

 なんだかんだデルイの愚痴に付き合うあたりルドルフの懐の深さが窺い知れる。

 そうして職員用通路を通って帰途につく二人だったが、このあと目当てのソラノの世紀の大勝負を目の当たりにするとは、まだこの時には露ほども思っていなかった。

 


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