第44話 直談判

というわけで、直談判に行くことになった。


「ねえソラノ、本当に行くの? やめようよ……」


 後ろをついてくるアーニャはとても嫌そうだ。別にアーニャに一緒に頼んでもらうわけではない。彼女は商業部門の事務職員なので、行き先が同じなだけだ。カウマン夫妻は来なかった。現実逃避にともかく明日の仕込みを進めるということだった。


「とにかく話を聞いてもらわないと」


「でも、相手はあのエアノーラさんよ? この空港の商業部門の最高責任者で、やり手で、数字の鬼って呼ばれている誰も頭が上がらない人なのよ。私なんて対面しただけで口から心臓が飛び出そうだったわ」


 組織社会で働いたことのないソラノには、アーニャがなぜそんなにビビっているのかわからなかった。偉い人だというのはなんとなくわかるが、話をするだけでそんなに委縮するようなことなのか。随分脆弱な精神をしているなと思う。


「言っておくけど、私はなにも手伝えないわよ。私だって自分の身が大切だもの、一緒になって直撃したら今度は私の首まで危ないわ」


「大丈夫。アーニャに手伝ってもらおうなんて毛ほどにも思っていないから」


「それはそれでちょっと傷つくわね」


「ところでそのエアノーラさんってどんな見た目?」


「どんなって、四十代のキャリアウーマンよ。いつもおしゃれな格好して踵の高いヒールを履いて、藍色の髪を巻いていて、化粧を完璧にしている、女子職員の憧れみたいな人。そういえばお昼時にお店にも来てたわよ」


「ああ……」


 ソラノは思い出した。そういえばなんか偉そうな態度の女の人が来ていたな。


「思い出したけど、お弁当の容器を返す時に伝言を頼まれてたわ」


「伝言?」


「「ご馳走様、味は良かったわよ」って」


「……!」


 その上から目線な物言いにソラノの鎮まりかけていた怒りはまたも再燃した。


「絶対に、会って話をつけてやる」


「でも、無策に突っ込んでいって勝てる相手じゃないわよ? 感情に訴えても相手にされないだろうし……頑張ってますアピールは効かないわ」


「誰がそんなアピールするか!」


 ソラノがツッコミを入れた。


「必要なのは、相手を納得させる論理的な説明とその場の雰囲気を味方につける事! 見ていてアーニャ、私、その部門長とやらに退店を撤廃させてやるから」


 そうして鼻息も荒く商業部門にやってきて、窓口にいる事務職員へと話しかける。アーニャはそそくさと自席に戻っていった。よっぽど関わり合いたくないらしい。


「すみません、商業部門長のエアノーラさんにお目にかかりたいんですけど」


「部門長ですか? 現在、重要な会議に出席されています」


 近くにいる職員がスケジュールを確認してから応対してくれる。


「いつ頃終わりますか?」


「今日は終日会議室から出てこないと思いますよ」


「なら、明日の予定はわかりますか」


 食い気味のソラノの質問に職員が怪訝そうな顔をする。


「失礼ですが、アポイントメントは取ってありますか?」


「いいえ」


「では部門長にお会いすることは難しいと思います。忙しい人ですので、まずは約束を取り付けていただきませんと」


 にべもなくそういうと、職員は自席へと戻って行ってしまった。アーニャがこちらを見て、それ見たことか、というような表情を浮かべていた。


 なるほど、そう来たか。


 よくよく考えればこの結果は分かり切っていたことだ。お偉いさんに突撃していきなり会えるほうがおかしいだろう。だがソラノはこれしきの事で諦める根性の持ち主ではない。これでだめなら次の手がある。ここは上空一万メートルに位置する空の上の空港だ。帰るためには皆、第一ターミナルから就航する船に乗らねばならない。ということは、だ。


 第一ターミナルの待合所で張り込んでいれば、犯人ホシは必ず現れる。


 ソラノは踵を返して第一ターミナルへと戻っていった。


「会えたのかい?」


「会えませんでした」


 一旦店に戻ったソラノに、淡々と仕込みを続けていたマキロンが訪ねる。ソラノは正直に答えた。


「多分何度行っても会えそうにありませんでした」


「そうだろうねえ。何せ偉い人っつーのは、ただ会うだけでも一苦労だ」


「だから、定時後からここのターミナルの待合所で来るのを待ちます」


 終日会議ということは、職員の定時になるまでは戻ってこないと考えていいだろう。ならばソラノもそれまでは店の仕事をしていたほうがいい。


「大体、会ったところでなんというつもりなんだ?」


「よくぞ聞いてくれました」


 返却されたお弁当の容器を洗いつつ、ソラノは答える。


「説明をするんです。まず、空港の望む顧客を獲得出来ていないことに関しては、この一年で貯まった資金を使って改装をすることで呼び込む予定だと説明します」


「ふむふむ」


「富裕層及び高ランク冒険者の来店を望む店づくりをして、そのためのメニューも考えています」


「ほうほう」


「現在の人数だと店を回すのに不足があるので、外部から料理人を一人呼ぶ予定だと伝えます。それこそがバッシさんです」


「いや……いつ来られるのかわかんねえぞ、あいつだって働いてるんだから」


「まあそうなんですけど、早いところ来てもらわないと。それこそ店の存亡がかかってるんですから」


「お……おう」


 ソラノの勢いに押されてカウマンが頷いた。この人、やる気あるんだろうかとついソラノは思ってしまう。


「店がここまで持ち直したのはソラノちゃんのおかげだから、直談判するのはまあ、ソラノちゃんの気のすむまでやるといいとして。あたし達は近くから見守ってるだけでいいかい?」


「十分です。いてくれるだけで心強いです。でもバッシさんの説得は一緒にお願いしますね」


「それはもちろん一緒にやるさ」


「じゃあ、定時が来たら張り込みスタートですね!」

 

 ソラノは少し高揚する気持ちでそう言った。

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