第43話 改装資金
「貯まったな」
「貯まったねえ」
「貯まりましたね」
帳簿を囲んで顔を突き合わせ、三者三様にそう言った。ここはカウマン料理店、現在昼を回った店内でカウマン夫妻とソラノは一種の達成感に包まれていた。
ソラノがこの世界に来てからおよそ十か月。カウマン料理店の立て直しを図り、サンドイッチやお弁当を販売し、売り上げはここ数年のうちで最高利益を叩きだしていた。そして貯まった改装資金はーー四百万ギール。
「こんだけあれば店を一から作り替えることができるな」
「壁を塗り替えて床を張り直して、テーブルセットも一新できるね。キッチンも最新のものにできるかもねえ」
「どういう感じのお店にするか本格的に考えましょうよ」
「そうだなあ」
「いよいよバッシを呼ぶ時が来たねえ」
カウマン夫妻の一人息子のバッシは現在王都の超人気店で働いているが、改装資金として四百万ギールが貯まったらこちらに来るという約束をしていた。ソラノがカウマン宅に引っ越して以来、彼女に富裕層の好みの何たるかを教える為にしばしば実家に帰って来てはテーブルマナーからコース料理の種類、ティータイムの作法や果ては酒の種類についてまで様々な知識を披露していた。四人で夜更けまで店をどのように改装するかを話し合い、時には明け方まで新たなメニューを考えることさえあった。もはやカウマン一家とソラノの間には家族以上の絆が生まれており、並々ならぬ仲の良さを見せつけていた。
店を改装し、店内にも客を呼び寄せるとしたらどうしても人手が足りなくなる。現在の体制だと朝の6時には出勤してサンドイッチや弁当の用意をし、昼頃に売り切ってそこからは後片付けや翌日の仕込みの時間となっている。空港職員を顧客に取り込んだおかげでカウマン料理店は安定したリピーターを獲得しており、現在日に二百食は作って売り捌いている。これ以上の負担は三人ではとてもではないがかけられなかった。
「今日の夜にでも通信石使って聞いてみるか」
店の今後を左右する重要な議題だ。すぐに店を抜ける事が難しくても、是非とも色良い返事が欲しい。
そんな風に三人が、貯まったお金で店をどうするのか話し合っている時だった。扉が開き、来客を告げる音がした。
「お邪魔するよ」
「はい、いらっしゃいませ」
「ああ、食事をしに来たわけじゃないんだ」
入店してきた男は後ろに、空乃の友人にして空港職員のアーニャを伴っている。彼は首から下げている職員証を見せて言った。
「私はガゼット。当港の商業部門、冒険者エリア部飲食課で主任をやっている者でしてね。あなた方カウマン料理店の担当をやっている」
そうしてカウンターに座り込み、カウマンと向き合った。
「ちょっと話がありましてね。以前からお伝えしていた、この店の撤退についてなんですが。急なんですけどねえ、来月には退店していただけないかと思いまして」
「はあ!?」
衝撃的な内容に三人そろって大声を上げた。アーニャは後ろでカウンターにそっとお弁当の容器を置いて、地蔵のように立っていた。ガゼットは中途半端な笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「部門長直々の判断でしてね。理由は、空港の求める顧客を獲得出来ていない為だと。まあ、最近は頑張って売り上げも上げているようでしたけど、やはり他の店舗に比べれば微々たるものですからなあ。仕方のないことだと思いますよ」
「そうは言っても……ちょっと急すぎやしねえか」
「そうさ。長年頑張ってきた店を、そんなに簡単に切り捨てていいものなのかい?」
「ですが、部門長の判断なのでね。私どもにはどうすることもできませんよ」
「そんな……」
「ちょっと待ってください」
言葉を失うカウマン夫妻に代わり、異議を唱えたのはソラノだった。
「空港の求める顧客を獲得出来ていない為に駄目だっていうんですか?私たちは改装資金を貯めて、まさにこれから店を改装して空港の利用客を客に取り込もうと考えていたところだったんですけど」
「それは少し、遅かったみたいだね」
「結果を見てから考えていただくのではいけないんですか?」
「部門長の判断なのでね」
「じゃ、せめて改装計画を聞いてから判断してもらえないんですか」
「どうかな。部門長は忙しい方だからね」
駄目だ。このガゼットという男、暖簾に腕押しで何を言ってもはぐらかすばかりだ。後ろのアーニャも神妙な面持ちで頷くばかりでまるで頼りになりそうにない。
「じゃ、そういうことなので。来月末には退店の方向で手続きを進めるから、そちらもそのつもりで準備をお願いしますよ。必要書類はこのアーニャに持たせてあるから、受け取ってください。アーニャ君、俺は先に戻るからあとよろしくね」
そう言ってガゼットはそそくさと店から出て行ってしまった。
「ごめーんっ、ソラノ! 私にはどうにもできなくて!!」
ガゼットがいなくなると、アーニャが勢いよく謝ってきた。
「まあ、お嬢ちゃんの友達のせいじゃないわな」
「何だってこんな急に退店だなんて……」
カウマン夫妻はそろってため息をついた。
「ま、でも、ここらで潮時かもな。お嬢ちゃんには色々と頑張ってもらったが……これだけ金がたまったんだから、下に降りてどっかで店始められるってもんだ。そこで一からやり直せばいい」
「そうさね。そん時はまた、ソラノちゃんと三人で頑張れば何とかなるよ」
「おじさんおばさんもごめんなさい! 新しくお店を始めたら教えてください。私、食べに行きます!」
「おう、じゃ、お客第一号だな」
「友達誘っておいで」
三人はすっかり諦めモードになって、店を閉じた後のことを話し合い始めている。ソラノははらわたが煮えくり返りそうだった。
「ちょっと、何をあきらめてるんですか!!」
久々にソラノはカウマン夫妻に喝を入れた。たった一度の退店勧告で諦めるのが早すぎる。
「私はまだ全っ然、諦めていません。ていうか、こんなにすぐ諦めたらバッシさんにも失礼でしょう!」
「あいつはちゃんとした店で働いてるから、ここがなくなっても大丈夫だ」
「そうそう。今回は残念だったけど、いずれ独立すればいいさ」
「あんなに色々話し合って、それってどうなんですか!? いやいや、どうにかしましょうよ!」
「どうにかって、どうすんだよ」
「そうさ。どうすんのさ」
「そうよ。ソラノは知らないだろうけど、部門長の命令は絶対! なんだからね」
三人の意見の合いっぷりに、ソラノの怒りはうなぎのぼりだ。何故そう簡単に諦めてしまうのか。部門長が何だというのだ。
「じゃあその……部門長とやらを納得させればいいんでしょ!? やってやりましょうよ!」
「えっ……何言ってんのよ。無理に決まってるでしょ」
「そうだ。お嬢ちゃんは知らないだろうが、世の中には逆らってもどうしようもないものがあるんだよ」
「長い物には巻かれろっていうしねえ」
「無理かどうかは、やってみないとわからないと思いますよ。私は……諦めない!」
ソラノは使命感に燃えていた。苦労して改装資金をためたのに、話も聞かずに退店しろだなんてあんまりだ。これまでの苦労が水の泡だ。何のために走ってまでサンドイッチを売ったというのか。何のためにバッシと夜通し語り合ったというのか。全ては店をより良くするための努力だったはずだ。ソラノの意志は固く、その場の全員に確固たる決意をもって宣言した。
「部門長に直談判しに行きましょう」
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