第42話 アーニャの当惑

「ちょっといいかしら」


 商業部門冒険者エリア部飲食課の末端席次に、エアノーラがやってきた。それはアーニャの度肝を抜く出来事だった。エアノーラは今日も最先端のファッションを着こなし、頭からつま先まで隙の無い出で立ちでそこに立っていた。彼女がそこにいるだけで、アーニャが今朝気合を入れてセットした金髪のボブカットなどただのキノコヘアーに見えてしまうし、頭から生えたウサギの耳は意味もなくピンと立ってしまう。二十三歳という年齢を活かした少し大人っぽいメイクを施した顔立ちも、ただのありふれた顔になってしまった。エアノーラのオーラはそれほどまでに半端が無かった。


「はっ、はいぃ!」


 自席で先ほど買ったお弁当を食べていたアーニャは即座にスプーンを置いて立ち上がり直立不動の姿勢を取った。さきほどカウマン料理店で会った時も驚いたが、本日二度目の邂逅にアーニャの口から心臓が飛び出しそうだった。考えても見てほしい。大手大企業に入社して、新卒四年目。出入り口に近い席に座って毎日雑用ばかりさせられていたらいきなり部長がやってきて話しかけられてしまったら、誰だって衝撃を受けるだろう。中小企業ならまだしも、大企業の部長というのは雲の上の人物で、ともすれば部屋だって分かれている可能性がある。当空港ではフロアは同じだがエアノーラはみんなが見渡せる窓際の最奥にデスクを構えていて、アーニャはそこに近寄った事すらなかった。


「この席に座っているガゼットが担当している、カウマン料理店という店があるでしょう?彼にあの店の退店勧告をするように伝えておいて頂戴。退店期限は・・・来月末。理由は、空港の求める顧客を獲得出来ていない為。部門長の判断だと伝えて」

 

「え……で、ですが」


 あのお店にはアーニャの友人であるソラノがいて、ソラノが頑張って店の売り上げを上げているのに。歯切れの悪い返事にエアノーラの瞳がきらりと光った。


「何か言いたいことが?」


「恐れながら、カウマン料理店の売り上げは右肩上がりで、堅調な推移を見せています。何もそこまで急いで退店させなくても良いんじゃないかと・・・」


「そう。言いたい事はそれだけかしら」


「あの……はい」


 エアノーラに詰問され、アーニャの言葉は尻すぼみに終わった。こんな風に聞かれて、意見が言える者などいるのだろうか。少なくともアーニャには無理だった。


「さっき言ったけれど、あの店は空港の求める顧客を獲得出来ていない。いくら売り上げが上がっていようと、今のまま店を続けさせるわけにはいけないわ。それと」


 エアノーラは手に持っていた空の容器をアーニャのデスクに静かに置く。


「これ、ついでだから返して置いてもらえるかしら。ご馳走様、味は良かったわよと伝えておいて」


 呆然とするアーニャを気にする風もなく、エアノーラはヒールの音を響かせながら去っていく。入れ替わるように、エアノーラに気づかわし気にお辞儀をしながらガゼットが戻ってきた。


「今、もしかして部門長来てた?今度は何?」


 ガゼットは本日、各部長と課長が集まる年度末の重要な報告会議の只中に呼び出された挙句、カウマン料理店の半年分の売上報告書を作るよう指示されて這う這うの体だった。部門長直々の指示に冷や汗を流しながらアーニャと二人でものすごい勢いで報告書を作り、提出したのがつい一時間ほど前の話だ。少し落ち着こうと昼休憩に入り、戻ってきたらまたエアノーラとすれ違ったのだからたまったものではない。アーニャ同様、彼も主任と言っても末端職員もいいところなので、こう何度もお偉いさんに話しかけられては心臓に負担がかかりすぎる。


「あの、カウマン料理店に退店勧告を促すようにと。退店期限は来月末で、理由は、空港の求める顧客を獲得出来ていない為。部門長の判断だと伝えるようにと」


「え、ええーっ!? いきなりだな……さすが部門長、数字の取れない店は容赦なく追い出す」


「でも、数字なら取れてるじゃないですか。最近とても頑張っていると、ガゼットさんもおっしゃっていたでしょう」


「まあなあ。でも、全店舗の売上高で言ったら微々たるもんだしな。まあ、部門長がそういうなら仕方がない。勧告に行くとしよう」


 ガゼットはタオルで汗をふきふき言った。


「いやもう、参るなあ。まさか部門長の目に留まるとは……しかし、二千パーセントだもんな。気にならないほうがどうかしている」


「おかげで退店騒ぎになってしまいましたね……」


「随分前からその話は出ていたからな。仕方がないよ」


 「仕方がない」を連呼しながら、ガゼットは早速カウマン料理店へと行く準備をする。


「アーニャ君もついてくるんだよ」


「ええ、私もですか?」


「君が部門長からお言葉を聞いたんだから当然だろう。さっさと食べて」


「はい……」


 アーニャは急いでお弁当を掻き込むと、空になった二つのお弁当をもってガゼットの後ろをついていく。


(ソラノ、ショック受けるだろうな……お弁当美味しいのに。うう、どんな顔して会えばいいのよう!)


 ショックでウサギの耳がへにょんと下を向いて垂れている。アーニャがどんなに頑張ったところで、この決定を覆す力は持っていない。組織社会のつらい所だ。


(落ち込んじゃったら、せめて慰めてあげよう……)


 アーニャは既に諦めモードでとぼとぼとガゼットの後をついて通い慣れたカウマン料理店までの道のりを進むのであった。

 

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