第40話【閑話】地獄の歓迎会

「アミューズ・ブーシュはチーズとベルマンテのサンドだ」


 白と紫の鮮やかな二層になったサンドイッチのようなものが供される。


「ちなみにベルマンテは王国の北西地方でとれるフルーツだよ。冬でも実が生るその果物はさわやかな酸味と旨味が果肉に凝縮されていてチーズにとても合うんだ」


「はあ……いただきます」


 その前にアミューズ・ブーシュとは何なのかの説明も欲しかった。前菜の前に供される軽いものという意味なのだが、ソラノがそんなことを知っているはずがない。ともかく口にしてみたそのサンドは、濃厚なチーズの味と果物の酸味が確かにとてもマッチしていた。


「ではアントレ、いってみようか」

  

「バッシさんは今日、一緒にお食事されないんですか?」


「俺は今日は接待ホスト役だ。美味い食事でお嬢さんをもてなすためにここに来た」


 バッシは何やら揚げ物をしていて、揚がったものを油を切って生野菜とともに皿に盛り付けている。


「クロメスキだ」


「クロメスキ?」


 またもやハテナだ。カウマンも「コロッケに見えるな」と呟いている。


「牛肉は使ってないから安心してくれ。俺たちは……同族を調理しない。女王のレストランでも、牛肉を使った料理は他の料理人が担当している。本当はメニューに入れてほしくないんだが、こればかりは仕方がない」


 中を割ると何かの肉が団子状になったものが揚げてある料理のようだった。バッシの料理はソラノになじみが無さすぎる。名前からして理解できず、対応に困る。折角作って貰っているのに適当に相槌を打つのも忍びないので、ソラノは遠慮せずに質問することにした。


「次はメインのポワソンだよ」


「すいません、ポワソンって何ですか」


「魚料理の事だ。今日はタラの衣焼きにした。ガルニチュール、つまり付け合わせは人参のグラッセだ。白ワインは今日は俺が勧める一本を持ってきた」


 そういってバッシはグラスに白ワインを注ぐ。ラベルを見せて得意げに笑ってくれた。


「ヴィンテージワインだ」


「ヴィンテージワインって何ですか」


「ラベル表記が十五年以上前のワインの事だよ! お嬢さん、さっきからおかしいとは思っていたがーーさてはコース料理の事を何も知らないな!?」


「はい……あんまり馴染みのない世界です」


 ソラノは正直に答えた。コース料理など、兄の結婚式のときに一度食べただけだ。バッシはものすごい勢いで首を左右に振り、カウンターに勢いよく手をつく。


「駄目だ駄目だ! そんなんで、あの空港を利用する富裕層を客に引き入れるだって!?世間知らずにもほどがあるぞ。お嬢さん、相手の事を知るには、まずは相手の土俵に立たないと!」


 ソラノははっとした。確かにその通りだ。ソラノは、金持ちの世界の事を何も知らない。冒険者の世界のことだって何も知らないが。彼らが普段何を食べ、何を飲み、どういうものを好むのかーー何も知らない。だからあの場所にあって、無意識に自分に最も近い人種の、低ランクの冒険者や空港の職員を味方につけようとしたのだろう。だがこれから先はこのままでは駄目なことが明白だ。


「バッシさん、その通りです。私は……何もわかっていない」


「いや、俺だってわかんねえよ」


「あたしだって」


 カウマン夫妻が横から突っ込みを入れてきた。そう、三人ともわからなかった。そしてそれはとても不味い事態だ。バッシがいなかったら詰んでいた。


「バッシさん、私に、お金持ちの人が何を好むのか教えてください!」


「望むところだ! いいか、まずはテーブルマナーを身につけよう。背筋を伸ばして、手元を優雅に、音を立てずに食事をする」


「はい」


「そして次はメインのヴィアンドだ。肉料理の事だ。ファルシー!」

 

 バッシは呪文のような言葉を次々に繰り出してはソラノの前に料理をサーブしていく。


「ファルシーは中に詰め物が入っている。トルメイを使うのがポピュラーだな。いいか、俺は薄切り子牛の包み焼きポピエット・ドゥ・ヴォー牛肉の赤ワイン煮込みブフ・ブルギニョンは作らない。これらは全部牛肉を使うからだ」


「牛人族の人がお料理をするって大変なんですね」


「そうだ。だがその不便さが逆に面白いと思っている。ヴィアンドには赤ワインだ。これももちろんヴィンテージワインを用意している」


 バッシの料理における知識はすさまじく、しかも彼は料理を作りながら自分たちのために様々なことを教えてくれていた。これに報いるためには、ソラノたちも彼の知識を吸収し、テーブルマナーを身に着けるしかない。


「メインの次はチーズ! そしてその後がいよいよデザートだ。お嬢さん、背筋が曲がってきている。そんな風に口を大きく開けるな。カトラリーを使うときに音を立てるな。もっと優雅に笑うんだ!」


 料理が進むにつれてバッシの熱量もますますヒートアップしてきた。食べ終わる頃にはソラノの背筋が筋肉痛になりそうだ。今日は待ちに待った引っ越しの日で、楽しい歓迎会のはずだったのになぜこんな事態になっているのだろう。しかしソラノは何の不満も抱かず、むしろバッシのくれる指摘のひとつひとつに真面目に対応していた。

 デザートの最後のひと口を食べ終えた時、ソラノの心は達成感でいっぱいだった。


「よくやった、お嬢さん」


 バッシもどこか満足げだ。


「決めたぜ。俺は……時間の許す限りここへきて、お嬢さんに俺の知識を伝える。そして一緒に店の改装案を考えよう」


「! バッシさん」


 ソラノはバッシを見つめた。二人は片手を出し合い、ガシッと固く握りしめる。ここに異種族同士、異性同士の固いきずなが結ばれたような気がした。


「休日には一緒に人気の店の視察に出かけよう。お嬢さんのやる気、俺に届いたぜ」


 これがラブコメならばバッシはイケメンの好青年になるのだろうが、残念ながらそうはならない。バッシは齢四十になる大柄の牛人族で、この二人の間に決して恋愛感情は生まれないだろう。生まれたのは戦友とも呼べるような友情の類の絆、或いは師弟関係だ。


「一緒に頑張りましょう」


「ああ!」


「一応俺の店なんだけどな」


「ソラノちゃん、本当にお嫁に来てくれればいいのに」


 カウマン夫妻を置き去りにし、二人は店の再建に向けて着々と計画を進めるのだった。



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