第38話 事の終わり

「ソラノちゃん、弁当二つちょうだい。コロッケとハンバーグね」


「はーいっ」


「こっちは三つ。全部照り焼きチキン」


「俺はハンバーグ弁当とご飯」


「はい、ただいま用意します!」


 あれから十日がたち、ソラノは普通に店に立って元気に売り子をしていた。

 直後は大変なバタバタで、ソラノとフーシェも体の異常が無いかをチェックされたり、空港の保安部と王都の騎士たちに事情を聞かれたりと大変な目にあった。船内にはデルイもいたから、彼も一緒に事態を報告していた。船内を海水で破壊しながら移動していたと聞いた時、デルイはとても微妙な表情を作っていた。

 ソラノとフーシェを誘拐したラヴィル男爵というのはどうやら人魚族の誘拐の常習犯だったらしい。ただ一族でやっていたわけではなく、男爵の単独犯だったらしいので、彼一人が投獄されれば事足りる話のようだった。男爵領は他の者が引き継ぎ、農産物や葉巻などはこれからも世界各地に輸出されるそうだ。

 男爵は人魚誘拐以前に珊瑚を乱獲していたらしく、海の生態系に悪影響を与えそれが南方の国で問題になっていたらしい。ただ、なかなか尻尾を掴めずにいたのだが今回の件で投獄されるに至り、あちらの国に感謝されたということだ。

 事が落ち着いたら今度は南方の国に連絡してフーシェの帰る算段をつけたり、やることは山積していた。フーシェは王国の港から出る、海の方の貨物船にくっついて帰ることにしたそうだ。護衛がたくさんつくらしい。


「飛行船のほうが早いのは知ってるけどね。やっぱり海のほうが落ち着くから」


 彼女はそう笑って言っていた。


「そういえばフーシェはどうして捕まったの?」


 ふと疑問に思い、ソラノはそう尋ねた。あれだけ強いなら、めったなことでは捕まりそうにはないのに。


「あー……ネレイドと浜辺で日向ぼっこしていてね。それが男爵領の近くだったからいけなかったわ。気がついたら捕まっていて」


 彼女はため息をついて、綺麗な金髪をかきあげた。


「ソラノも気を付けてね。あなたってばすごい弱いんだから。デルイさんだっけ? あの人にしっかり守ってもらうことね」


「それは申し訳ないから、自分で頑張りたいかな」


「え? だってあの人、彼氏じゃないの?」


「違うよ」


 そう言うとフーシェはものすごく驚いた顔をした。


「違うの!? あんなに心配されていたのに? じゃあ一体、ソラノの何なわけ?」


 何と言われると困るが……しいて言うならば、


「仲のいい……常連さん?」


 照れ隠しにしたってあんまりな言い草だった。フーシェはツボにはまったのかしばらく笑っていた。


「じゃあまたね! 今度、南にも遊びに来てよ。海の中を案内するわ!」


 そんなこんなでフーシェを見送り、ソラノは体は何ともないので早々に店のほうへと復帰した。


「ごめんなさい、お弁当売り出したばかりでこんなに仕事に穴をあけて」


 ソラノは九十度の姿勢で頭を下げてカウマン夫妻に謝ったが、二人は首をぶんぶん横に振ってソラノを抱きしめてくれた。


「無事でよかったよ!」


「お嬢ちゃんに何かあったら俺たちのせいだ」


 二人はずいぶん気をもんでいたらしい。本当に申し訳ないことをしてしまったなと思う。それもこれもソラノが弱すぎるせいだ。危ないからふらふらするなと散々言われておきながらのこの体たらくとは、自分で自分を許せそうにない。


「でもソラノがちゃんいなかったら人魚の子も助からなかったろ?結果的には良かったんじゃないか」


 そう言ったのはカウマンだ。


「今回の件でアタシら一つ考えたんだけどさ」


 マキロンは目じりについた涙をぬぐって言葉をつづける。


「ソラノちゃん、うちに一緒に住まないかい?」


 ソラノは驚き、二人の顔をまじまじと見た。それっていうのはつまり。


「お嫁に来いってことですか?」


「断じて違う」


 カウマンが即座に否定した。


「若い子が一人で夜にウロウロするのは危ないからね。一緒に住めば仕事終わりで遅くなっても一緒に帰れるから安心だろ。部屋は余ってるから大丈夫さ」


「どうせ国からの保護が受けられる半年はもうすぐおしまいだろ? だったらウチに住んじまえばいいよ。住居費も浮くしな」


 ソラノは感動した。こんなにいい人に巡り合えた自分は幸せ者だ。


「ありがとうございます! 二人とも……大好き!!」


 二人の首に抱きついた。


「お仕事頑張ります!」


 こうしてソラノはカウマン夫妻の家にお世話になることになった。


「ソラノ、幕の内二つ貰える?」


「アーニャ。はいはい、いま用意するね」


 商業部門のアーニャが休憩時間にやって来る。事務職員の休憩時間らしく、後ろにぞろぞろ女子職員がやってきた。幕の内はこの時間に一気に売り切れるのだが、倍率がすごく争奪戦のようになっていた。売れ筋なので早いところ生産体制を強化したい。


「ソラノちゃん」


「あ、デルイさん。お久しぶりです」


 お弁当を着々と売りさばいていると、デルイがやってきた。どうやら彼は事後処理に追われまくっているらしく、この十日間姿すら見かけなかった。わざわざ来たということはよほどの用があるのだろうか。ちらりとマキロンを振り返ると、事情を察したのか接客を変わってくれる。


「この間は本当にありがとうございました。何度お礼を言っても足りません」


 デルイが何かを言い出す前に、ソラノは腰を折ってお礼を言った。ちゃんとお礼が言えていなかったのが気がかりだったので、これで少し肩の荷が下りる。


「いいって。忙しい時間にごめんね」


「いえ、デルイさんの方こそ忙しいでしょう?」


「んー。まあまあかな」


 嘘だ。ルドルフがこの間言っていたが、ずっと家に帰るのすらままならない状態らしい。


「こんな場所であれなんだけど、早く渡しておきたくて。これ」


 そう言ってデルイは手に持っている小さな箱を開いて見せた。そこにはピアスが一つだけ入っている。シンプルなデザインで、金色の縁取りの中央に小ぶりのきれいな石がついている。全く時間などなかった筈なのに、いつ用意したんだろうか。


「ソラノちゃん穴開いてるでしょ?」


「よく気づきましたね」


「俺、目ざといからね。耳貸して」


「貰っていいんですか?何か高そう……」


「いいのいいの。俺があげたいんだから」


 箱から出すとソラノの片耳に着けてくれた。


「魔法石が嵌ってるんだ。何かあれば守りの魔法が発動するし、危険があれば俺にもわかる。いつも一緒にいて守ってあげられればいいんだけど、そういうわけにもいかないから。外さないでずっとつけておいて」


 つけたところを「よしよし」と言って満足そうに眺めている。


「ほら見て」


 そうしておもむろに自分の髪をかきあげ、露わになった耳を指さした。今までの沢山のピアスは相変わらず全部外されていて、一つだけはまっているのはたった今ソラノの耳に着けてくれたのと同じデザインのものだった。


「俺とお揃い」


 少し悪戯っぽい笑みを浮かべて言うデルイに、絶句するソラノ。後ろから、女子職員たちの黄色い悲鳴が上がった。



第二章 終



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お読みいただきありがとうございます。

デルイとルドルフが主人公のスピンオフ小説の掲載告知です。

今より四年前の空港を舞台に、破天荒なデルイにルドルフがめちゃくちゃ振り回されて苦労する話です。

この第二章で出てきた空賊襲来について書かれており、この後に本編で出てくる人物たちも先行で登場しております。

なろう版とは結末を大きく変えており読了済の方にも楽しめる作りとなっております。

イケメン中編コンテストにもエントリーしておりますので、是非読んでフォローや☆、♡での応援をよろしくお願いします!

「異世界空港のお仕事!〜保安部職員は日々戦う〜」

https://kakuyomu.jp/works/16816927860353782725

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